008
「一階ならどこも開いてるから好きなところを使え」
豪邸に入るなりイリアルはそう言った。既に数人の使用人が入り口で待機しており、笑顔で
開いた口が塞がらないままの首席パーティ達は、上の空でイリアルの雑な説明を聞いていた。
イリアル宅は外も豪勢なら中ももっときらびやかだった。広く取られた天井。中央には大きな両階段があり、二階の各部屋各廊下に通じていた。赤を基調としたシックな作りだ。
部屋も何部屋あるのだろうという広さで、廊下も端まで見えることがない。
「各部屋に魔法の呼び鈴がある。使用人に通じてるから、必要なものとかあればすぐに使え」
「し、使用人の部屋もあるんだろ――でしょう?」
イリアルの凄さにようやっと気づき始めたルシオは、敬語を使い始めた。ノーンは笑い出しそうなのを堪えている。
ルシオの質問にイリアルは深くため息をついた。頭をポリポリと掻いて説明をする。
「お前見てなかったのか?」
イリアルのに仕える使用人達は、専用の寮が用意されている。それもイリアル宅の真横に。これもまた高級マンションばりの大きさで、使用人が住むには大きすぎるほどの部屋が多数用意されている。
そんな寮を見てなかったのか、とイリアルは聞いたのだ。
そして更にその寮の横には、イリアルが金を出して建てた孤児院があった。街からは少し遠いものの、豊かな自然と教養のある人間に囲まれた孤児達は健やかに育っていた。
ここの使用人の中にも、そのまま孤児から使用人へ上がっていくものも少なくない。
むしろイリアルの寛大な施しを受け、自らなりたいと志願する人間だっている。もちろんちゃんと養父母が決まって引き取られていく子だっている。
流石のルシオも黙り込んだ。ペトラが自分も気付いたのが遅い割には「だから言ったじゃないの」みたいな視線を投げつけている。
ルシオにつられて他のメンバーも沈黙してしまい、イリアルは更に頭を悩ませた。
彼女は子供は得意じゃない。なぜ孤児院を経営しているかと言ったら、自分のような人間を減らすためである。とはいえ彼女は孤児だったわけではない。
何度も言っているように彼女はレスベック=モアという大きな貴族の生まれである。問題は生まれた環境ではなく、親であった。
まぁこの話はまた今度することにしよう。
「街までは少し遠いから、出るなら馬車を使え。表にそれ用の建物がある。たいていは御者が常駐しているから、声をかければすぐ馬を出してくれる」
「な、何から何までありがとうございます……」
いたれりつくせりなイリアルの対応に、エレーヌは半分引きながらも礼を述べた。イリアルはその言葉に返事をせずに、そばにずっと待っていた使用人達を一瞥した。
使用人らは小さく会釈をすると、首席パーティへ近付いた。
「お荷物は御座いますか? お部屋までお運び致します」
ニコニコと笑顔でそう言った。もうルシオ達は言われるがままである。手荷物を除いた宿泊用の荷物を使用人に預け、案内されるがまま部屋へ導かれていく。
イリアルはそんな彼らを送る。一人だけ残った年長の執事に対し話しかける。
「私は仕事があるから街へ戻る。何かあれば通信で教えろ」
「かしこまりました。お気をつけていってらっしゃいませ」
執事はお辞儀をして去っていくイリアルを送り出した。そして、執事の横にはノーンがいた。執事はノーンを見ることなく、小さくなっていく主人の背中だけを見つめながら「ノーン様はついて行かれないのですか」と聞いた。
「あぁ、我は少しあの子らと遊ぼうと思ってな」
ノーンはニヤリと不気味に笑った。
「偉い人なのはわかったけど、やっぱり怪しいわ」
イリアルには一人一部屋を用意してもらったが、彼らは二人で一部屋をもらうことにした。組み合わせは男子二人、エレーヌとアウリ、ペトラとフレデリカである。
エレーヌは荷物を置いて部屋を見渡した。今となっては二人用として与えられた部屋ではあるが、本来であれば一人部屋だったということを鑑みても、異常な広さだ。
普通に街に行けばこれくらいの広さのアパートに住んでいる人間だっているほどである。
天蓋ベッドがふたつ、窓は広く取られていて、バルコニーもついている。高級そうな家具に美術館で見たことあるような絵画だっておいてある。
いつだったか王宮へ入らせてもらった時に見た室内と遜色ない。
「エレーヌってば心配性だなあ」
同じく荷解きをしているアウリが言った。アウリは私物を適当にその辺へ放り投げると、天蓋ベッドにダイブした。
心配性なエレーヌとは異なり、アウリはだいぶ楽観的である。そんなアウリの様子をみて、エレーヌは再びため息をついた。
二人の部屋がトントンとノックされる。許可する間もなく入ってきたのは、隣の部屋を借りることにしたペトラとフレデリカだ。
「ね~ね~、みんなで~、この豪邸~探検しようよ~」
彼らは今日はもうクエストの予定はない。あとは食事なりを済ませて就寝するだけだ。……とはいえ寝るにはまだ早い。この不気味なまでに広く豪勢な屋敷に、彼らは興味津々だった。もちろんそれは、エレーヌも例外ではない。
イリアルをあれだけ恐れていたペトラでさえも、葛藤しつつも興味を持っていた。
エレーヌが「わかったわよ……」と嘆息すると、フレデリカは瞳を輝かせた。そして強引にエレーヌを引っ張って廊下へと出ていく。
それを追ってペトラとアウリも外へ出た。
廊下に出ると、ライマーとルシオがちょうど廊下に出ていた。話を聞いた二人もメンバーに加わり、
「なぁに、面白いことしてるわね」
廊下にてどう見て回ろうかと会話していると、背後から女性の声が降りかかる。皆が振り向くと、そこにいたのは金色の髪が美しい美女だった。そう、それはまさにイリアルの好み、ストライクゾーンのど真ん中。
もちろん誰がなんと言おうとそれはノーンである。幼女の姿で話しかけても邪険にされるだけであろうし、何といってもこの姿、ペトラと面識があるのである。
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