007

 先日の忙しさは完全に落ち着いて、ようやっとイリアルもスタッフもゆったりとした時間を過ごせるようになっていた。……とはいえ、嫌な事柄は続くものだ。





「サイッテー!」


 そう叫んでギルド「龍の息吹ドラゴンズブレス」の入り口を荒々しく開けたのは、魔法剣士の育成で有名なリトルブレイブズ学園の卒業生・エレーヌである。

こうなったのも遡ること十数時間前。


 彼らはいつもどおり、ギルドでクエストを受注して依頼主の元へと向かっていた。指定された場所は、少し街から外れたカフェ。外れたとはいっても、資金のない彼らが馬車を使うほどでもない距離だ。

指定時間も昼過ぎだったため徒歩でも優にたどり着けた。

到着するまでは問題はなかった。そこからが問題だったのだ。

 カフェにいた依頼主は気さくそうないい人間だった。依頼も数ヶ月前まで学生だった彼らを考慮した少し易しめなもので、多少不服ではあったが報酬につられてついつい受けることを決めてしまった。


 内容は激化している荒くれ者を排除することだった。対人は少しまだ慣れていないという点もあったが、敵のレベルを聞けば、50程度だということで了承した。

彼らは若いながらも、パーティでの平均レベルは175と非常に高い。とはいえ、この世界の最大レベルに比べると遥かに低いのだが、それはまだ若いからということで容赦頂きたい。


 さて話を戻すが、単刀直入に言えば彼らはこの気さくで優しそうな男にまんまと騙されたのである。たかだか田舎の荒くれ者退治に、一年は遊んで暮らせるほどの金を用意する人間がどこの世界にいようか。

 何を隠そうこの男は自分のシマを荒らしていた人間を排除したかった、いわゆるギャングであった。


 そして優秀で天才ばかりのパーティ・蒼き疾風ブルーウィングは、まんまとギャングの演技にそそのかされ、結果的にタダ働きをさせられた。

「報酬は後払い。終わり次第ここに来てくれれば、支払おう」そう言っていた紳士は、カフェが終わる時間まで現れなかった。

更には最悪なことに彼らは、今日宿泊するための金銭を持ち合わせていなかった。


 パーティ内で相談しあって、とりあえずギルドになにか手はないか聞いてみることにした。

そして冒頭に至る。


「そうねえ……」


 相談を持ち掛けられたリリエッタは、頬に手を添えて考える――という素振りはしつつも、彼女の中で答えがもう見出されていた。問題はその内容だった。


「絶対に嫌だ」


 カウンターに呼ばれたのは、高級ソファをベッド代わりにして熟睡していたギルドの最高管理者。イリアル・レスベック=モアである。

リリエッタは「やっぱりね……」なんて顔をしている。

 だが不満があったのは、イリアルだけではない。蒼き疾風ブルーウィングリーダーのルシオ・ヒルベルトも、その顔に不満を表している。

だらしないくせにギルドのトップに立ってるだなんて、未だに信じれないのだ。


 そしてそんなだらしない人間に頼んでしばらくの間泊まらせてほしいだなんて、誰が言えよう。天才集団だけあってプライドは一般人に比べれば遥かに高い。

イリアルもイリアルで、よく知りもしないクソガキ共を自邸に宿泊させるのは癪であった。


「いいじゃないの。余ってる部屋がたくさんあるでしょう?」

「そうだけど……」

「貴方が面倒を見るわけじゃないでしょ?」

「まぁ……」


 イリアルとリリエッタのやり取りを、イリアルの中にいるノーンは眺めていた。ノーンは久々にイリアルの胸部にある魔法陣に入っていた。ギルドも落ち着いていたし、面白いことがなかったからだ。

だが今こうして面白い事柄が生まれてしまった。イリアルが一人になったら即出ていこう、とノーンは思った。


「じゃ、いいわね」


 リリエッタには弱いようで、結局言い負かされている。ノーンも倣いたいものだ、と感じた。もちろん彼らの絆があってこそのことなので、ノーンには到底できる芸当ではないのだが。

 とはいえリリエッタの決めた「イリアルの家に宿泊する案」は、両者ともども嫌々了承したようなものだった。しかしイリアルはともかく、ルシオ達は断るわけにはいかない。

神経質な女性もいるし、実際に怒り狂うエレーヌがいる。野宿なんてもってのほかだろう。それに中には貴族出身の人間だっている。ここでギルド側の条件を蹴れば、今後の連携に支障も出るかもしれない。


「はー……。じゃあこいつら送ってくるから。何かあったらすぐ連絡しろ」

「はいはい」





 馬車に揺られ、郊外のイリアル宅に到着する。ルシオ達は馬車から降りた瞬間目を疑った。そこには高級ホテルも驚くほどの大豪邸があったからだ。もしかしてギルド本部に勤める人間の寮なのではと思わせるくらいの大きさだ。

 だが誰がなんと言おうと、ここはレスベック邸なのである。

そして蒼き疾風ブルーウィングの貴族娘であるペトラが震えながら声を上げた。


「ま、ま、まさか、レスベックって……、もしかしてあのレスベック=モア家の……?」

「知ってるのか? ペトラ」

「ば、バカルシオ! 知ってるなんてレベルじゃありませんわ!」


 レスベック=モアの一族は、貴族の中でも最も有名で有力な貴族である。圧倒的な財力と権力を持ち、大抵の貴族であればその力に逆らうことはできない。

そこそこ名の知れたペトラの一族でさえも脅かされれば、全てを差し出し目の前から消え去らねば許されないほどだ。


「も、申し訳御座いません! 今までのわたくし達のご無礼、お許しくださいまし……!」


 プライドの高いペトラが、地面に頭を擦り付けながら謝罪をしている。仲間達もそれを見て流石に不味いと気づいたのだろう。お互いに顔を見合わせながら、「どうしよう……」なんてつぶやいている。

イリアルはそんな少年少女を見て、頭を掻いた。いつの間にか魔法陣から出てきているノーンは、イリアルの横で笑いを堪えていた。


「立って。別にとって食うわけじゃない」

「あ、ありがとうございます……」


 いつまでとか言っていなかったこのパーティを置いておくことになるとは。イリアルは先が思いやられた。

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