019

 さて先程の横暴貴族だが、イリアルの頼みで強制退店。更には出禁になるという二段構えが用意されていた。イリアルとしては殺さずに済んだのは平和だろう。


 イリアルは「シェフと話がまだ残っている」、といって再びテーブルから消えた。ペトラは再び着座して、本を開く。

その姿に様々な場所から視線が注がれた。先程の一連を見ていた他の客からだ。きっとペトラのことは、明日には街に広まっているだろう。イリアルの関係者。イリアルに臆することなく会話をする少女。

 今度同じようなことがあっても、ペトラの顔を見ただけで誰もが気付くだろう。自分のしでかした過ちに。


 イリアルは20分程してようやく席へ戻って来た。普段からやる気のない彼女であったが、眠りと食――そして殺人には妙なこだわりがあるようだ。

イリアルの願いがどんな無理難題だとしても、やり遂げねばレストランの存続に関わる。相手はあのイリアル・レスベック=モアなのだから。


「ノーンも好きなやつだから気にいると思うよ」

「まぁ。ありがとうございます」


 人々は奇異な目で見ていた。二人にバレぬよう、隙間から覗くように。

 イリアルに怯えず、当たり前のように目の前に座る少女。先程も《保護者》と言ってイリアルを連れて来ただけでも驚きだというのに。


「見られていますわね」

「私と話してるガキが珍しいんだろ」

「ガキ……」

「冗談だよ」


 こうして冗談を言い合っているのも不思議なのだ。イリアルが優しくするのは抱く女だけ。とはいえこのペトラはイリアルの女の趣味とはかけ離れすぎていた。だから余計である。


 このレストランは個室がない訳では無い。イリアルは敢えて人の目に付く席を選んだ。

今後仕事をして行くにあたり、ペトラが単独で動くことも増えるだろう。となれば、一応ノーンに気に入られた彼女であったならば、何かあってからでは遅い。

直ぐに駆け付けられない事だってあるだろう。

 そうなれば、今のうちからペトラがイリアルの親族、もしくは大切にしている人間だと分からせる必要があった。

ノーンの力は強い。しかし、人間社会ではイリアルの権力の方が遥かに上であった。


「お待たせ致しました」


 運ばれてきた料理に、ペトラは目を輝かせた。漂う匂いから既に美味しいのは分かっていたが、盛り付けから色合い、全てが完璧だった。


「まあ、素敵ですわね」

「だろ?」


 ペトラは喜びながら料理に手をつけた。


 *


 ノーンがやって来た頃には、ペトラが美味しそうにチョコレートのデザートを頬張っている頃だった。

随分と処理に時間を掛けたことから、今までのストレスなりを発散するために相当遊んだのだろう。

 いつもなら菓子類に飛びつくノーンであったが、大人しく見つめているだけだった。相当したのだろう。


「んむ。えへーふはら……ごほん。エレーヌから通信ですわ」


 頬張っていた菓子を飲み込み、言い直す。今後の動きを見るため、ペトラはまだ王宮からエレーヌを引き上げていない。

通信に関しては、リヴァイアサンとやり取りをした時に使っていた物と同じアイテムを使っている。

 もちろん優秀なエレーヌだ。単体で通信魔法も使えるが、必要最低限の魔力だけを使わせたい、とのノーンの申告で通信機器を渡すことになった。


「なんて?」

「勇者召喚に関して、国民より先に貴族の中でもトップの権力者達を招き、紹介パーティをするらしいですわ」

「おお、なら我らは問題ないな」

「そうだねぇ、レスべック=モア家を呼ばないはずがない」

「ただし……」


 曇った顔でノーンは言う。招待に関しては問題ないだろう。問題は別にあった。

おそらくそのタイミングでノナイアスが、一度を見に来るだろう。

 目覚めてから早くも数日経過している。力がやや回復しており、長距離ワープや、ノーンの気配感知、彼女と会話するための時間停止操作も容易に行えるはずだ。


 ノーンが危惧しているのは、寝起きの頭の悪い愚息のことだ。きっとまだ力もない勇者を殺そうとするに違いない。

 本来そばにいてそれを抑制するのがノーンの仕事だったのだが、それを放棄してしまったこともある。今回早い勇者の死を望むのであれば、ノーンが止めねばならない。


「何故そこまで頑なに戻られないのですか?」

「む? 当然であろう。人間界が楽しいからだ」

「……聞いたわたくしが馬鹿でしたわ」

「諦めろペトラ」

「酷いな、貴様ら」


 魔王が生まれるのは、この世界の調整の為だ。人類をもう一度団結させ、無惨に滅びゆくのを防ぐために。

 だが《母》であり《父》であるノーンが、育児を放棄してまで人間の世界にやってきているのは、彼女が使命を守ら無い程度には魔物で悪魔だということなのだ。


 しかし母(父)とて、たまには仕事や使命を忘れて遊び呆け、美味しいだけを食べていたい時だってある。そういう事なのだ。

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