020
「誰すか、このガキ」
彼が来ることは珍しいことだった。イリアルの熱烈なファンであるが、仕事柄滅多に顔を出さない。
彼は通称《リヴァイアサン》。暗殺で飯を食う男である。こんなダサい名前で呼ばれているのは、暗殺者の職業柄本名を伏せたいという意向なのだが、周りからの反応は微妙である。
リヴァイアサンは久方ぶりにギルド長室にやって来ていた。近場に寄ったついでではあるが、心酔する《イリアル様》に挨拶をしようと寄ったのだ。
ギルドスタッフが快く通した訳ではなく、彼の仕事で使うスキルで通り抜けてきたのだ。
そんな彼は、ギルド長室で寛ぐ知らない娘――ペトラを見て驚いた。ノックもせずに入ってきた時なんて、イリアルと知らぬ女がまぐわっていたことなぞザラではあるが、それ以上に彼女を取り巻く幼子が増えたのは意外であった。
「娘だ」
「娘!? い、いつの間に!?」
「……養女だ」
「このガキが!?」
イリアルは座って紅茶を飲むペトラを一瞥する。挨拶をしろ、と目で訴えているのだ。
ペトラは了承し、立ち上がる――が、テーブルに足をぶつけ、そのままリヴァイアサンの元へ倒れていく。
リヴァイアサンも、イリアルの娘と聞いてしまったからには放置できない。その辺の娘であれば無視をしていたものたが、崇拝するイリアル様の娘なのだ。傷物にはできまい。
「……っと、大丈夫か?」
「え、ええ。ごめんなさい」
ペトラははにかみながら離れていく。そしてそこでようやくお辞儀をして挨拶をした。貴族出身だけあって、美しい動作だ。イリアルの側に置いておくにはふさわしいだろう。
「ペトラ・レスベック=モアですわ」
「なるほどね。よろしくな。ところで――財布は返してくれるか?」
「………っ!」
ペトラは目を見開いた。悔しそうにしながら、ポケットからリヴァイアサンの財布を取り出し持ち主へと返す。
そして「ふん!」などと言いながら、再びソファへ腰かけた。
「じゃ、俺行きます。何かあったらまた呼んでくださいね〜」
「とっとと失せろ」
部屋に静けさが戻ると、ノーンが口を開いた。
未だ悔しそうにするペトラを慰めるためだ。相手が本物の暗殺者だと分かっていなかった、伝えていなかったこともある。
「ペトラ――」
「はい?」
だがノーンは次の瞬間口を閉じた。いや、寧ろ口は開きっぱなしだった。ペトラがゴトン、とテーブルに置いたものを見て驚愕したのだ。
テーブルには、リヴァイアサンが愛用している短剣や毒物、その他仕事道具が置かれていく。
普通であればイリアルにすら、触らせないであろう大切な仕事道具だ。それをペトラが持っている。
「良かったですわ、気付いたのは財布の方だけで。こちらに気付くのはいつになるのかしら」
「ペトラ……」
ノーンはペトラの手を取った。真剣な眼差しを送るノーンに、ペトラは酷く驚いていた。もしや諭されるのか、悪魔に。なんて思ったりもしたが、ノーンから発せられた言葉はその真逆だった。
「素晴らしい才能だ。やはり何もしないでおくには勿体ない。我の力を少し借りぬか?」
「わたくしが借りてしまって良いのですか? こちらとしては構いませんが……」
「おぉ、そうかそうか!」
従者であるのに一応許可を取る辺り、平和ボケしているのか。ノーンはペトラに許可を求めたのだ。ペトラは別に断る理由もなかったし、彼女にとっては利益しか産まない。
スキルの貸与はものの数秒で完了した。ある意味で悪魔との契約にあたるため、ペトラの胸部には、イリアルよりは一回り小さい契約紋が設けられた。
「貸与したスキルは三つだ」
魔法の使えぬペトラを守護するための守護神である
盗んだものを隠しておけるスキル、
攻撃されればバレてしまうものの、ノーンですら感知不可になる隠密スキル
「最後の一つはわたくしに貸して良いものですの?」
「別に構わん。攻撃すれば場所はわかる。今ならその気になれば、この国全体を包み込む攻撃魔法なぞ生成できるしな」
「な、なるほど」
今まで実際やらなかったのは《ノナイアス達》を生み出すにあたって魔力を激しく消費出来ないからだ。
ノナイアスが完全に目覚めた今、魔力の供給は終えた。ノナイアスとノーンは完全に切り離されたのだ。だからノナイアスが生きている間は、ノーンは好きに自分の魔力を扱えるようになる。
まるで胎児が母体と繋がるように、場所は離れているものの、ノーンとノナイアスは魔力を共有していたのだ。
故にノナイアスが眠っている長い期間は、ノーンも満足に力が震えないというもの。
しかしながらノーンの力が強まったところで、ペトラには彼女を裏切る理由はなかった。この力も二人のために使うと決めていたし、ノーンがペトラを守るために守護神すら用意してくれたことに感謝をしつつも胸が踊った。
「イリアル、なんか届いてるわよ」
リヴァイアサンが帰ったあと、やって来たのはリリエッタだった。
敢えて、なのか。招待状はギルドに届いた。
レスベック邸は存在するし、イリアルも出入りしている。しかしそこに荷物を届けにいきたいと思う人間は少ない。
あの場所はイリアルを崇拝する使用人で溢れている。下手なことをすれば主人に伝わり、この街どころかこの世に居れるか分からない――という、噂がある。
しかし実際に邸宅に届ける人間はいるし、特に何もなく帰ってくる。行きたがらないのは、イリアルがギルドに必ずと言っていいほど居ることと、邸宅が郊外にあって他の屋敷に比べると遠いからであろう。
その噂を理由に郵便配達はイリアルの邸宅を避けることが多かった。
別段イリアルとしても、招待状の件に関してはある意味で《仕事》だ。身なりを整え外面を良くして貴族のよう振る舞う。
そんなことをプライベートの場所である邸宅に持ち込まれるのもめんどくさいからだ。
「早いな」
「何なのそれ?」
「リリに関係ないこと」
「ふーん……」
最近相手にされていないリリエッタ。拗ねてみせるがイリアルはそれどころでは無いため、その素振りに気づかなかった。
イリアルはリリエッタが消えると、ノーンとペトラに招待状を見せた。二人が寄ってきたので手紙を開くと、当然だが書かれているのはイリアルの名前だけ。
「我とペトラは隠密でついて行く。貴族王族程度騙せるだろう」
「了解」
「それと貴様」
「あん?」
びし、と指をさしてノーンが訴える。内容はリリエッタのことだった。最近は延命魔法も頼まないし、この数日身体を重ねたのも街の適当な美女だ。
あれだけ気に入っていた女だと言うのに、ここ最近は何も無い。もとより恋人同士ではなかったが、それでもノーンは腑に落ちなかった。
「最後に抱いたのはいつだ?」
「1週間前?」
「馬鹿者! それは別の女だ! 我が延命を施しておるのだから大切に――」
「じゃあもう延ばさないでいーよ」
「……は?」
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