Ⅳ
034
「あ」
「あら」
ペトラは用事があってたまたま外に出ていた。護衛もつけず完全に単独行動である。用事といっても大した事はなく、ノーンのための新しい茶菓子の開拓も兼ねた散歩である。
そこでばったりと出くわしたのは、件の勇者御一行様だった。先のパーティの件もあり、パーティの熱血漢である夏川アツシからは警戒の目を向けられている。
女性陣がなんとかなだめている横を通り抜け、リーダーである柳コウが出てきた。
「先日は多大な寄付をありがとうございました」
深々と頭を下げてお礼をする。ペトラは口を手で覆いわざとらしく「あらまぁ」なんて言ってみせた。後ろで威嚇している男とは違って、このリーダーは思ったよりも冷静に行動できるらしい。
ニコニコと笑いながら、大した事はしてませんわよオーラを出している。
「では。僕達は買い物があるので失礼します」
「勇者様がなんのお買い物ですの?」
正直コウとしても扱い辛い貴族だと思っていたため、この答えが返ってくるとは思わなかった。その微笑みには《ついて行くぞ》という意思が感じられる。
後方にいる仲間も「断れ」という圧をかけているように感じてるコウは、どう出れば良いかを探っていた。
「………そこの……武器屋に」
「ちょっとコウ!」
結局五人はペトラの同行を断りきれず、一緒に目的地までやって来た。
店はそれなりの金額がする著名店だ。冒険者でも金持ちの部類に入るような人間や手練でなければ来れない場所だろう。
かくいうペトラも冒険者時代――より以前から世話になった思い出がある。
リトルブレイブズ学園の制服を着ている人間であれば、どんな武器屋防具屋でも入店を拒まないだろう。
そもそも《リトルブレイブズ学園》とは。魔法使いや剣士になりたい人間が、一度は入学を夢見る超優秀学校。騎士団や著名冒険者の排出率は数知れず。
倍率も他の魔法剣士育成学校とは比べ物にならないほどだ。
毎年入学を夢みて他国からも含めて数千人の応募がある。しかし受かるのはたった数十人だ。少数精鋭とでも言うべきか。満遍なく優秀な人間を育成する為に、合格人数は至極少なく設定してあるのだ。
そしてその数千人の選考を受け、数十人に絞られ、そしてその中でさらにランク付けされる。
ペトラの学んでいた代では首席は勿論、ルシオ・ヒルベルトである。そして、我らがペトラは第五位であった。
「こんにちは」
「邪魔するぜー」
ドアベルが入店を知らせる。五人に続きペトラが入店した。若い男女とはいえ先日勇者と報じられた彼らに比べて、ペトラはこの武器屋に相応しくない。それは勿論今の様相である《一般的な貴族のお嬢様》だからだ。
この店主もペトラを見て「場違いなお嬢様が冷やかしに来た」と思った。が、それと同時に見た事のある顔だとも思った。
だがこんな店を経営しているような男が、貴族を相手するかと言えばノーである。すぐに勘違いだと思い込んだ。
「勇者様、これはこれは! お待ちしてました。あの、そちらは……?」
店主が聞くと、勇者一行は嫌な顔をしながら「支援者だ」と話した。余りにも抽象的な回答だった為に、店主も腑に落ちない。
そんな意思を汲み取ったのか、ペトラは微笑んで、
「ペトラ・レスベック=モアですわ」
と自己紹介する。
流石にその苗字を聞いて尚とぼけられる程店主も馬鹿ではない。武器を取り扱っていれば、冒険者の集うギルドをよく知っているはずだ。
そしてこのあたりのギルドは、イリアルの経営するギルドだけ。
「い、いつもお世話になってますうう!!」
これぞ手のひら返し。先程の怪訝そうな態度は何だったのかと問いたくなるほど。
どの世界も金は強い存在なのだ。
ふとペトラは店内を見回りながら思った。冒険者をやっていた頃とは随分生活形態が変わってきていた。そろそろ武器の新調をしようかと考えたのだ。
勿論イリアルに言えばもっと強靭で素晴らしい武器を探してくれるだろう。ノーンは魔法で生成してくれるかもしれない。
強くなるにはそれがベストだし、甘えるのもいいが、まずは欲しいものの明確なビジョンが必要だった。
(やはりドレスにも仕込めると言ったら、短剣ですわね……)
冒険者時代から愛用している短剣も、屋敷に戻ればある。しかし大分使い込んでいて、かつ
短剣コーナーを見てみるも、冒険者は好かないのか思ったよりも量がない。強いものは先に売れてしまっているのだろう、残っているのは大したことの無いものばかりだ。
「ペトラさんも買うんですか?」
話し掛けて来たのは、城木ルカ。魔法使いに向いていた彼女は、この武器屋では暇を持て余していた。
「いずれね。とりあえず目星でも付けようかと思って」
そう言うと、今度はアツシが反応した。イリアル達に敵対心を抱いている熱血漢の彼は、ペトラのような勇者でもないか弱い娘が武器を持つ事に面白さを見出したらしい。
まるで虐めるように突っかかれば、他の勇者の面々は嘆息する。
「へぇ〜、お嬢様でも武器とか使うんだな」
「あら、意外ですの?」
「どうせヘナチョコなんだろ? 折角なら俺が教えてやろうか」
ニヤニヤと笑いながら、手に持っていた片手剣をジャグリングの要領で遊べば、コウ達がさらに心配そうに見つめる。
アツシは元々バスケットボール部でエースをしていたこともあり、運動神経には自信があった。勇者として選ばれて加護があるコウを除いて、ダントツで訓練の成績も良かった。
だからこうして、挑発的な態度が取れたのだ。自分はこの女よりも劣っていないと、強いと。
「あら、いいんですの?」
ペトラは楽しそうに笑った。
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