035
この武器屋は良いもの、つまり高いものを扱っている店ではあったが、その性能の良さから利用客は多かった。
ある時試し斬りしたいという客が現れた。そして今度は実践してみたいという客も現れた。
店主は冒険者に対して「自分の満足のいく気に入った武器を見つけて欲しい」と願っていた。だから裏の空き地に、戦えるスペースを作ったのだ。
「まあ、いい場所ですわね」
「だろう? 魔法を撃ち込んでもビクともしねぇよ」
ペトラは「ふーん」と相槌をした。ノーンを始めとした本物の魔族を見てきた彼女にとってみれば、この程度の壁であれば簡単に壊れるだろうなと感じたからだ。
その程度の魔法しか打ち込めぬような人間しか来ないのであれば、やはりこの店で武器は買うべきではない。そう判断したのだ。
「おいおい、そんな武器でいいのかよ?」
大剣を軽々しく振り回しているアツシが、ペトラに聞いた。ペトラが持つのは、店で見ていた短剣だ。暗殺向きだが大剣を持つ相手との実践向きではないだろう。
「ええ。あぁ、そうですわ。なにか条件があった方が、そちらもやる気が出ますわよね。……そうですね、貴方が
「……あぁ?」
アツシの剣を握る手が強くなる。侮辱されたと思った。訓練もさほどしておらず、平和な世界からやって来た勇者だとでも? そう思った。
額に青筋を立てて、体をふるわせて怒りをあらわにしている。コウ達もここまで怒り狂っているアツシを見たのは初めてだった。
バスケットボールの試合で相手選手と揉め事になったりすることもあるほど短気な彼だが、ここまで激高することはなかった。
逆を言えばそれほどペトラは相手を煽るスキルが高いと言えるのか。
「ふざけてんのか!?」
「いいえ?」
実際この令嬢本気である。同情や嘲笑っているのではなく、これはハンデだ。ペトラは本気でアツシが自分に触れないと確信しているのだ。
特に悪意もなくニコニコと笑っていれば、馬鹿にされたと思ったアツシは合図を待たずに彼女の元へ突っ込んでいく。
「ぶっ殺す!!!」
それを心配そうに他の仲間達は見つめている。
少し遅れて、店を一時的に閉めてきた店主がやってきた。勇者と令嬢の戦いだなんて、面白くて見るしかないだろう。
だが会場に入った時に、その面白さというものは全て消えた。
彼は思い出したのだ。
ペトラ・レスベック=モア――もとい、ペトラ・ヒルシュフェルトを。
「あ、ま、まさか、あれはヒルシュフェルトのお嬢さんか!?」
「? ヒル……?」
「リトルブレイブズ学園、第五位卒業生徒……! まさかこんな近くで戦闘を拝めるとはな……」
「ゆ、有名なんですか?」
コウが食い気味に聞く。すると店主は目を見開いて「本気で言ってんのか!?」と怒鳴った。
店主は彼らにリトルブレイブズが何かと説いた。少数精鋭の優秀な人材だけが残される超強豪校。
そしてペトラは力こそ無いものの、スリで磨いた隠密と素早さで五位に留まっていた。
ただの令嬢ならばまだしも、このペトラの本気に指一本触れられるのはごく少数だろう。
このアツシも例外ではなく、彼女がミスをしない限り触れることなど一生無理だろう。
「見てみろ」
ペトラからは一回も手を出していない。ギリギリ当たりそうで当たらないように避けている。
こちらから見ていれば、当たったか当たらないか分からないほどの僅差。だが実際剣を振っているアツシはよく分かっているはずだ。
「クソッ、なんで、ぐっ」
「無闇矢鱈に振るだけではいけませんわよ」
大剣を避けながら、ふあぁと欠伸を漏らす。避けた時にサラリとなびく長髪ですら、アツシの大剣が触れることは許されない。
アツシも心身ともに疲弊し始めた。振りかぶる速度は遅く弱い。これであれば、メンバーでも避けられるほどだ。
今までバスケットボール部でエースとして活躍し、クラスでもムードメーカーとして盛り上げてきた彼にとって、心が折れるというのは案外早いものだった。あとひと押しで完全に折れる。そう見切りをつけたペトラは、仕上げに入った。
少し本気を見せて隠密を発動すれば、その場にいた全員が驚き、そして口を揃えて言う。
「消え……た?」
次の瞬間、アツシの目の前にいたペトラは、背後に回って微笑んでいた。背中を指先で突けば、死角に回られたアツシですら気づく。振りかぶろうとしていた大剣を床に落として、自身も膝をついた。
荒い息を整えながら、俯く。表情は見ずともわかるだろう。恐らく絶望しているのだと。
ペトラは慣れた手付きでナイフを扱い、店主に刃が向かないよう配慮しながら商品を返す。店主も受け取りながら「間近で見れて光栄です」だなんて言っている。
ようやくペトラに気づいた店主は、先程の態度が何だったのかと問いたくなるほど媚びへつらってきた。ペトラに、レスベック=モアの名前の人間に、自身の作品を売り込みたいという魂胆だろう。
当然だがペトラはこの店の商品を買う気はない。適当に笑顔であしらいながら、訓練場を出ようとしたときだった。
「待ってください」
声を上げたのは、俯いていたアツシでもなく、リーダーであるコウだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます