036

「待ってください」


 凛とした表情で呼び止めたのは、勇者御一行のリーダーであり勇者の柳コウだった。ペトラとしても何故彼が呼び止めるのかわからなかった。

しかしこのあとの言葉を考えれば、ペトラは立ち止まったことを後悔するだろう。


「僕達に戦いを教えてくれませんか?」


しかしそれでも、彼女の主人達はよくやったと笑うのだろうか。



 *



 あの場の誤算といえば、武器屋の店主もその場にいた事だ。聞かなかったことにする、ということが出来なくなる。そして思いの外口の軽かった店主のせいで、またたく間に街中にその話が拡散されたのだ。

 ペトラは絶望した。もちろん、主人二人の耳にも届いて、今後の状況確認においてエレーヌを始めとするスパイを送り込まなくて済むのだ。

当然だがこの話を断るなんてことは出来なかった。

 悲しいかな翌日から、王城ではペトラの姿を見れたという。



「フフフ、本当に面白いなあの娘は」

「もうノーンはだいぶお気に入りだね」


 ペトラが城にて仕事をするようになってから、ギルド長室では久々に二人で過ごす時間が増えた。とはいえこのギルド長ことイリアルは、大した仕事をしていないのだが。

今日も今日とてやってくるクレーマーをしているだけだ。


「ローゼズは?」

「少しずつ近づいて来ているようだぞ。現場で鉢合わせる時も近いな」

「楽しみだ」


 イリアルはまるでスープやシチューのように、じっくりと殺す楽しみを覚えつつあった。自分の獲物を奪った憎き偽善者を、時間をかけて自分の巣に誘い込んでいるのが楽しくて仕方がないのだ。

飛んで火に入る、ではないが殺されるために自分の元へやって来るさまは、滑稽であった。


 久しぶりにイリアルはノーンと二人で外食をしようという話になった。

ギルドの周りにも飲食店はひしめき合っているが、大抵が冒険者向けの軽食屋ばかりだ。静かに優雅に昼食を楽しむには、いささかそぐわない。

 ノーンも珍しく幼女の容姿ではなく、秘書つまり女性体だったことから、きちんとした場所で食べることにした。

 女性の相手に慣れているイリアルがピッタリな店を見つけるのは容易いこと。そしてどんな有名レストランでもレスベック=モアの名があれば最優先される。


「空いてる?」

「ええもう空いて御座います! お好きな席へどうぞ!」


 イリアルはいつものだらしないワイシャツ姿だった。ドレスコードが存在する店だろうが関係ない。姓名がそれを全て解決してくれる。

 対してノーンは、漆黒の指通りのいいワンピース。見方によってはドレスにも普段着にも取れる、美しい様相だ。

そして緩やかに巻かれた金髪は、更にノーンの美しさを際立たせた。

イリアルの横に立つにはふさわしい見た目だろう。


「ここは初めて来るぞ」


 ノーンがキョロキョロと見渡す。

お好きな席と言われつつ、結局VIP用の個室へと移された。ゴテゴテした装飾もなく、シンプルでシックな部屋だ。

食事とは言わず会議にも使える部屋だろう。一般席の声も対して届いていないし、今後使う機会が増えるかもな、とイリアルは思った。


「私も」

「む? てっきり他の女で下見済みの場所かと思ったが」


 イリアルは女性を食事に連れて行くにあたって、下見は欠かさない。女性相手で自分が知識不足で後手に回ったりするのは嫌なのだ。それに何よりもスマートではない。

女性を愉しませる一人の人間として、それは絶対に避けねばならないのだ。

だが時として、こうして初めての場所に足を運ぶ時がある。心を許したノーンだからか、はたまた。


「ノーンとは初めてのところに行きたいと思って」

「ククク、面白いやつよ」


 ノックの音がしたと思えば、シェフ直々にメニューを聞きにやってきた。イリアルと細かい調整やメニュー設定をして去っていく。

自らの店で自分のプライドやポリシーを曲げてまで、彼女の頼みに従うのは、それだけ命が惜しいということだ。

 ノーンは暇そうにワイングラスに入った水で遊んでいる。魔力を込めて操れば、まるで生き物のように水が動き出す。


「勇者は使えると思う?」

「それは……愚息に勝てるかということか? 無理だな」

「即答だね」


 水で遊ぶノーンに聞けば、当たり前だろうと言わんばかりの返答が来る。

イリアルも即答を驚いたように答えるも、内心では分かっていた。ノーンの返事も勇者の習熟度も。

 教える人間が悪い訳では無い。今はペトラが教えているが、その前は騎士団の人間が教えていた。戦闘に携わる人間だけあって、緩い異世界から来た人間よりは優れている。

――が、それがノナイアスに勝てるかといえばノーなのだ。


 ノーンがノナイアスの魔力を奪って時間を稼いだとはいえ、それでも魔力の回復と勇者の教育が比例していない。

明らかにノナイアスの回復の方が早いのだ。


「そんなに勇者側の勝利が心配なら、もうノーンが影から支援すれば?」

「……それは面白いやもしれぬ」


 ニヤリと不気味に笑った。イリアルは余計なことを言ったことに気付いたが、それ以前に、イリアル自身も面白いと思ってしまったので黙っておいた。

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