037
庭に薔薇が咲き乱れ、色とりどりで多数の花々が輝いている。
リアステッセイの一族は、代々薔薇園を営んでいる。一般人にも公開し、その薔薇園の美しさと主人の寛大さから多大なる評価を得ている人物だ。
薔薇園は魔法の加護により、冬場でも暖かく永遠に咲き誇る花々が見られる。季節も忘れて味のある花を楽しめるのは、この薔薇園の醍醐味である。
「グレーゲル様」
使用人の一人がグレーゲルの書斎に入ってくる。彼が入ってくる時は大抵理由が決まっているが、グレーゲルは敢えて聞いた。
「どうした」
「最近話題の不審死ですが……」
「あぁ……」
不審死――イリアルの殺している人間だ。敢えて強く隠蔽工作を行ってないおかげで――いや、それなのにようやく今となってこの男に伝わったのだ。
貴族とて暇では無いのは分かっているが、あそこまで善者だと主張している割には情報網が弱いようだ。
「何か掴めたか?」
「はい。恐らくスラムの犯罪者や冒険者を主として殺めているようです。この傾向ですと予想ですが――今晩であれば、
「そうか……」
ローゼズ――もとい、グレーゲルはニヤリと笑った。
ちょうどいい。スラムの汚物共、そしてそれを排除している
ローゼズの評判は更に上がることだろう。
そんな期待に胸をふくらませながら、数日後であった予定を変更し、今晩に変えた。
グレーゲル・リアステッセイは、一族きってのナルシストと言えよう。自己顕示欲の塊で、本当ならばローゼズという名前ではなくグレーゲルと名を冠して人々を救いたい。
直接浴びる注目はどれだけ気持ちの良いことか、今の彼には想像すらできない。
だが今まで一族で長年守ってきた薔薇園を守る為には、仕方の無いことだった。頭では分かっている。しかしやはり気持ちは追いついていなかった。
それでなければ名を「ローゼズ」などという馬鹿でもわかるような名前にしないだろう。幸いなことに彼を取り巻く人間は全て馬鹿のようで、誰もがグレーゲルだと分かる名だと言うのに勘ぐりすらしなかった。
「私の邪魔をして……。いや、真似事か? ふ、フフフ……」
窓から薔薇園を眺める。薔薇に適した温度になっているこの庭園は、どんな季節でも多数の人間が訪れる。貴族から平民まで入り混じって花を愛でているのだ。
それを否定するようなものがいるのであれば、即座に衛兵がつまみ出す。
この美しい花の前では誰もが平等。その考えはリアステッセイ一家が代々継いできた思いだ。この自己顕示欲に歪んだグレーゲルも、それだけは同じであった。
「まぁいい。冒険者をねじ伏せる程度には力はあるのだろう。今日用意する防具や武器は一番のものにしておけ」
「はっ!」
主人から命令を賜ると、使用人は即座に部屋から去った。静かな書斎にはパタパタと走って行く足音がしっかり聞こえる。
――今日も使用人は忠義を尽くしてくれている。グレーゲルは感心した。
目の上のたんこぶ――ではないが、今晩の戦いで今まで目障りだと思っていた存在が消える。となれば、ローゼズが本格的に街の英雄となるのだ。
――あぁ、グレーゲルという名を表に出せたらどれだけ幸せか。
何度もその思いが頭を過るが、すんでのところで首を横に振る。まだ彼には理性がある。それに薔薇園、そして使用人達を守らねばならない。
古臭い一家代々なんていうのを重んじる人間ではなかったが、簡単にそれを捨てられるほど非情な人間でもない。
何より薔薇は美しい。自分に忠義を尽くしてくれる使用人も素晴らしい。
それだけで十分ではないか。そう思いながら自分を誇示したい気持ちを理性で抑え込む。
しかしながらグレーゲルには問題があった。それは世継ぎだ。
老いていると言えるほどの年ではないが、若いとも言えない。貴族によっては婿に出したり嫁をもらったりしていてもおかしくない年齢だ。
グレーゲルは長年薔薇と一族の為に生きていた。率直に言えば女性と出会う機会が無かったのだ。
もちろんこんな庭園を営んでいれば、女性が自ずとやって来る。しかしながらそれはグレーゲルを求めての行為ではない。
人によってはこんな美しい庭園を営んでいる彼に声をかければ、喜んで妻になる者だっているだろう。しかし女性経験の少ない彼にとってはそもそも女性に声を掛けることなど、義賊として夜中街で暗躍する方が簡単なのだった。
(妻、か……)
今晩の戦いが終われば、少し気も体も休めるだろう。
執事に頼んで良さげな令嬢を紹介してもらうのも手かもしれない。暫くは義賊を休んで家族と過ごした後、また再開するのもいいかもしれない。……いっそのこと、世継ぎを確立させたあと、引退してそちらに専念するというのもいいかもしれない。
――などと、彼は考えた。
いまだ《かもしれない》で止まっている程度のこと。実現するのは夢のまた夢。まずは目の前の敵からだ。
積まれている面倒事に彼は一度、嘆息する。とりあえずは今晩頑張ろう、と意気込んだ。
今日も薔薇園は綺麗に咲き誇っていた。
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