032
「
ペトラが窓から外を見る。はらはらと雪が舞い――現在は冬である。
街灯が街の民によって飾り付けが始まってていて、冬暇祭がいよいよだと知らされる。
ノーンはペトラのいれた紅茶をすすりながら、聞いた。
「そうだった。この時期はそのようなのがあったな。して、どういうものなのだ?」
「あら? イリアル様と長い間いらっしゃるのに、ご存知ないのですか?」
「いや貴様……。あやつが祭り事に興味あると思っておるのか」
そうですわね、と微笑むペトラ。毎年この時期に街では名を聞く祭であったが、肝心の内容までは知らないノーンなのだ。
人のいる場所を嫌うイリアルにとって、祭なんて以ての外。それはなんだ、と聞いたところで適当にはぐらかされるのは、その場面を見ていないペトラですらよくわかった。
「確かに……表が騒がしかった思い出があるぞ」
「炊き出しを行う屋台もありますから、普段表に出てこないスラムの人間もこの日は出てくるんですの」
ノーンはこの話題に酷く食いついた。それは勿論食べ物が絡んでいるからである。屋台というのはさほど美味くなくても、場酔いではないが何故か美味しく感じてしまうもの。それだけでなくても普段触れない屋台の食べ物に興味津々だった。
「今年は行ってみますか?」
「んー……。何も無ければ、な」
「……そうですわね」
このふたりの行動も全ては、イリアルに掛かっている。イリアルが機嫌を悪くすれば行けないし、良かったところで行けない場合もある。高確率で祭りには行けないだろう。
それにまだ一般発表されていない勇者。もしかすると冬暇祭に合わせて発表して来るかもしれない。
勇者が公になれば、活動がさらに活発化することだろう。もしかすると――ある程度訓練し終えれば、冒険者と手を組んで実践に出るかもしれない。
「えぇい! 悩んでも仕方ない! ペトラ、茶!」
「はーい」
ペトラが来てから、初めての冬である。
この街・ケレスは気候の穏やかな都市だ。しかしながら夏は来るし冬も来る。雪も降ることはあるが、雪国と比べると可愛いものだ。
積雪するとこはなく、冬の訪れを知らせるようにはらはらと舞い降りる程度だ。
それでもそこそこ冷えはするものだから、冬になるとスラム街の凍死者処理に当たるのがギルドにとっての冬だった。
さらに年末になれば、家族を持つスタッフは出勤を控えていく。しかしながら冬特有の魔物や先述の凍死者はそんな事を鑑みてくれるはずがなく、毎年イリアルも仕事に追われる日々を送っていたのだ。
今年はペトラが居る。最近は事務作業から冒険者への手続きまで一人でこなせるようになり、年末にかけての人員不足を補うには充分だろう。
「早いけど、今年もお疲れさん」
ギルドスタッフの一人がそう言って退勤していく。彼はこれから年末に妻の出産予定日があるらしく、本格的な冬暇祭よりも前に休暇を取る事にした。
家族とは無縁で冷徹なイリアルであるものの、流石に「ノー」とは言わなかったのだろう。すんなりと休みを受け入れられたようで、こうして今に至る。
「奥様にもお気をつけてとお伝えください。冬は冷えますので」
「ありがとな、ペトラちゃん。……イリアル様、産まれたら名前付けてくれるかな?」
「……確率は低そうですけれど……」
「アッハハ、期待値低めで頼んでみるよ! じゃあ良いお年を」
リリエッタ程ではないが、ギルドに貢献している人間には好意――否、敵意は抱いていないイリアル。
あんなお願いをされるくらいには尊敬されているのだろう。
「見ろペトラ!」
ノーンに呼ばれて行けば、そこにはまだ飾り付けをしている人々が居た。街灯はキラキラと輝き、淡い光が包んでいる。
それは装飾というより、魔法の一種。ノーンはこんな祭ごときに魔法使いが駆り出されているのに驚いているようだ。
見た目が幼子のだけあり、窓から興味津々に覗く姿は純粋に祭りを楽しみにしている少女のようだった。
「……平和よの」
「ええ」
ペトラを含むこの街の人間は、数百年前の魔王降臨の記憶が無い。人間の寿命を考えれば当然のことだ。
文献で読もうが話を聞こうが、実際被害にあっていない人達にはピンと来ないだろう。
今でも魔物が人を村を襲ったり、ダンジョンが生まれたりしているものの、魔王が来るほどのレベルではない。
生きるのに必死で、今年を振り返り来年を祝うだなんて余裕すらない時代だった。今日明日生きれるか、そんなような。
「ペトラは、我を笑うか」
休暇を楽しんでいると言えば聞こえはいい。ワガママを通す魔王の母。横暴で――魔王の名を冠するには丁度いいだろう。
しかし実際は、気に入ってしまった。惚れてしまった。平和で何も無いこの世界に。
イリアルも薄々気付いているのだろう。元々他人に興味のない彼女のことだ。きっとノーンが打ち明けるまで何も関与しないだろう。
ノナイアスに強い態度をとっておきながら、この母親は人の世界で腑抜けて地に落ちてしまった。
一体誰のせいだ、と思いながら浮かべた女に笑みがこぼれる。
「わたくしは、《貴女を》ではなく、《貴女と》笑いたいですわ」
「……よく言う女だ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
遠くからは、装飾をつけ終えた街の民の笑い声が届いていた。
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