043
馬車まではさほど遠くはなかったが、ノーンとペトラと違って無言でついてくるだけのエレーヌとルシオに違和感を覚えていた。
傀儡となっている彼らは自分の意志でしゃべることはなく、全てノーンかペトラの命令に従っている。
実際こうして三人だけになるのは初めてだった。ペトラの命令でイリアルを守ることになってはいるものの、それを抜きにしてイリアルの命令は聞いてくれるのだろうか。ふと、彼女は疑問に思ったのだ。
「お前達私の命令も聞くの?」
当然だが返事はなかった。しかしゆっくりと首を縦に振ったところを見ると、イエスと捉えて良さそうだった。
イリアルは興味がなさそうに「ふーん」と返事をするが、頭の中ではどう使おうか思考が渦巻いていた。
正直あの火事だけ見せられては不完全燃焼というものだった。いや、家自体は完全に燃え上がっているのだが。不完全燃焼なのは、イリアルの殺人衝動のことだ。
二人はあれで楽しがっていたが、肉の感触と血のニオイが圧倒的に足りない。ウズウズと体が欲しているのがわかる。
スラム街まで向かうのも手だ。ここいらで手頃な頭の悪そうな犯罪者にでも出くわせばいいが、なんてぼんやりと考えていた。
そんなとき、ドン、とぶつかって走り去る青年が一人。「悪いね」なんて一言も添えていたが、それ以前に――
「ん」
ぽんぽん、と服を叩けば、ない。財布がスられたのだ。
そもそもこんな人気のない路地で、たいして狭くもないのにぶつかっていくあたり、怪しさしかないのだ。
しかしながらイリアルには好都合である。丁度いい餌が向こうからやってきたのだ。スリ程度許してやるべきだろう。――どうせうすぐ手元に戻る財布だ。
「ルシオ、行け」
「……」
イリアルを見ず首肯することなくルシオが消える。
前回の失態を経て、ペトラは彼らを強化した。レベルも100以上上がっていて、能力値も格段に伸びている。
この程度のスリを捕まえることなど朝飯前だった。
数分と掛からぬうちに、伸び切った犯人を引きずったルシオが戻る。
獲物を見たイリアルは気味悪く笑った。
「エレーヌ、こいつの家探せる?」
「……」
やはり喋らない。しかしエレーヌは唯一の会話手段――こくりと首を縦に振る。
イリアルは「やれ」とは言わなかったが、エレーヌはすぐ意図を汲み捜索を開始する。彼女もルシオと同じくレベルが上っているため、家の特定は即座に終了した。
彼女は再び首を縦に振る。この場合はイリアルに敬意を示したものだ。「こちらへどうぞ」とでも言いたいのだろう。
イリアルもそれをわかってか、黙って彼女に付いていく。そしてその後ろを警戒を怠らないルシオが続く。
男の家はスリの現場と近いもので、そのまま家に入るつもりだったらしい。家と近い場所で犯罪を行う度胸は認めたいが、それは相手がイリアルでない場合である。
さてこの程度の男が住む場所などたかが知れているわけで。ボロボロの集合住宅で、風が吹いたら倒れそうなくらいだ。ペトラがいれば「こんなところにイリアル様を入れるだなんて不敬ですわ」なんていうくらいだろう。
当然ながら壁も薄く、隣人の普通の話し声すら聞こえてしまう。ローゼズに先を越された無能冒険者も、こんなあばら家に住んでいた。
スラムでこそないものの、あまり遜色ない。かたや普通の一軒家、かたや粗末な家。同じ街の区域でも違いがここまであるものなのだ。
部屋に入ると、誰もいないはずの部屋に気配を感じた。イリアルは一言、「エレーヌ」とだけ言う。
エレーヌは頷きもせずに行動をする。
部屋に探知の魔法を掛け、誰かがいないか捜索した。そしてすぐさまクローゼットに向かい、荒々しく開ければスリ師と似たような様相の男。
おそらく仲間だろう。誰か知らない人間が来たから、とっさに隠れたというところである。
エレーヌは問答無用で引っ張り出すと、イリアルの前に叩きつけた。
「お前、誰?」
「……お前こそ……、お、おい、そいつをどうした!?」
「うっさいな。気絶してるだけ。とっとと私の質問に答えろ。……エレーヌ、うるさくなるから」
「……」
エレーヌは首肯すると、部屋に防音魔法を掛けた。
イリアルは
肉の飛び散る加減、骨の砕ける感触、相手の苦しみを味わう悲鳴、全てが彼女の中でパーフェクトを打ち出していたのだ。
「ぐあ、ぎゃあああ!!!」
とりあえず、とまずは逃げられないように両足を砕いた。
本来殺すべき相手はルシオが引きずってきたスリの男のため、この仲間はとっとと死んでしまって構わなかった。しかし逃げられてもこちらの不利となるし、今イリアルが連れているのはノーンとペトラではなく、ルシオとエレーヌだ。それなりの命令がないと、とっさの行動も出来ない。
なんと言ってもノーンのように部屋を完全に封鎖できるわけではないのだ。
だからこうして、今必死に這っている男のように、出入り口である扉に向かおうとしてしまう。ノーンが行う扉の消去はどれだけの
この男に掛ける時間などない。イリアルは迷いもなく頭部を砕いた。ビクビクと痙攣しながら、這う動きをやめた男にイリアルは少しだけ笑った。
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