047
「た、大変です!」
「何だ騒々しい。それに今は勇者の訓練中で……」
「魔王軍が攻めてきました!」
ここは王城内の訓練場。最近はもっぱら勇者達の訓練場として使われていた。今日も彼らは訓練に勤しんでいたのだが――今の報告で全てが崩れる。
予想していた事態がやってきたのだ。
その場に居た勇者達はお互いに目を配りうなずいている。覚悟はとっくにできている。そういったふうに。
「装備を整えてきます」
勇者である柳コウは、そう言うと城の中へ入っていった。稽古をつけていた男と伝達しに来た兵士は、それを見送っている。
しかし兵士とは違い、教官の方は苦い顔をしている。
「どうかしたんですか?」
「……お前は、彼らが魔王と渡り合えると思うか?」
「そ、それは……」
いくら数百年前の魔王との戦いを知らずとも、戦を生き抜き、日々兵士として民を守っているならばわかるだろう。
勇者のあまりのお粗末さに。
圧倒的な力を得られたわけでもなく、素晴らしい知識を得られたわけでもなく。
ほんの少しだけ勇者という強化がかかっただけの子供。
あのペトラという少女が来てから多少はましになったが、それでもペトラよりも遥かに弱い。
リトルブレイブズを卒業した少女だと聞けば納得するかもしれないが、彼らは冒険者見習いではなく勇者なのだ。ペトラを早々に蹂躙し、圧倒的な力でねじ伏せてくれなければならない。
世界の存続のためにも、この国の未来のためにも。
ペトラが居ない日はこの男が変わりに訓練をしていたのだが、自分の持つ騎士団よりも少しだけ優れているというレベルだ。そう簡単に魔王の前に出せるような強さではないのは確かであった。
「杞憂で終わればいいのだが……」
「コウ様!」
勇者達は城の中に入ると、使用人にすぐ呼ばれた。いつもなら足を止めて話をちゃんと聞くコウであったが、今回は違う。魔王が襲ってきたのに、使用人の話を悠長に聞いてなんていられないのだ。
「すまない、急ぐから行くね」
「あ、あの違うのです! 戦に向けて、王が装備を与えてくださると……」
そこでようやくその急ぎ足を止めた。アツシ達もお互いに顔を見合わせている。
元々魔王戦に向けて用意していた装備があった。それは王も前々から知っていたはずだ。
しかしそれを跳ね除けてまで言いたい渡したい武器があるのだ。それになんと言っても王から直接賜われる品物。よっぽどいい品に違いない。
コウは仲間を見てうなずくと、使用人に「行くよ」と短く返事した。
「こんな緊急時に呼び出して悪いな」
「いえ。王のご厚意を無下には出来ません」
王が満足げに頷くと、そばに居た使用人に目を配る。使用人は一礼してその部屋から去っていく。
「これから見せるものは、王家が代々受け継いで来たものだ。そして受け継ぐたびに魔法を付与され、今では伝説的な装備となっている」
「そんな貴重な品物を……僕達に……」
「よいのだ。魔王との戦いは毎年あるわけではない。出し惜しんでいたら本当に終わってしまう」
ガチャガチャと運ばれてきた装備は五つ。
退魔の聖剣――白く光る剣身は魔を退ける聖なる光が宿されており、触れるだけではなくその放つ光にも効果があるという。普段は聖水に漬けられ清められ続けている。
叡智の指輪――赤い宝玉のかたどられたそれは、膨大な魔力を有している。たとえ魔術師に適正のない一般人であっても、国を滅ぼせるレベルの魔法が撃てるようになるのだ。
精霊の篭手――軽く使い勝手の良い防具ではあるものの、その有する素早さ向上の魔法は逸品である。まるで風の精霊が通り過ぎるようにあっという間で、誰もその所業に気付かぬだろう。
ドラゴンの鎧――ドラゴンのウロコから作ったと言われているその鎧は、光の加減で色が変わるだけではない。ドラゴンの有する圧倒的な防御力をそのまま鎧にしたもので、どんな魔物であっても傷つけることが叶わないだろう。
雫のネックレス――氷を司る女神から賜ったと言われる雫をネックレスにしたものだ。その雫には攻撃力や防御力などのステータスを引き上げる魔法がかかっている。
「本来ならば一人で身につけるものだが――」
「お許しいただけるのでしたら、僕達それぞれで身につけても?」
「あぁ」
柳コウは勇者に選ばれていた男だったが、五人合わせて全員が勇者だと認識していた。
それは彼が一人では成立しないからだと思っていたからだ。
前の世界でも一緒だった仲間。昔も今も力を合わせて、何でもこなしてきた。なのに自分だけが勇者だっていうのは、少し腑に落ちない。
「ありがとうございます」
全員で戦って全員で帰ってくる。コウはずっと前から、そう誓っていた。それは今も変わらない。
目の前に立ちふさがるのが、現実的な問題ではなくそれが魔王であったとしても。戦争を終えてまた笑い合うのだ。
たとえ元の世界に戻れなくとも、この世界で平和に過ごしていけばいい。訓練している期間で街には馴染んだ。
勇者の力が失われるかもしれないが、学んできた剣術は衰えないだろう。冒険者となって世界を見て回るのも良いかもしれない。
「おいおい! 何神妙な面してんだよ!」
「うわっ、あ、アツシ!?」
「そーよ。私達がいるんだから」
「ユウカも頑張っちゃうよ!」
「あたしもみんなを守るね」
「お、終わった時のことを考えてただけだよお!」
ははは、と笑いが漏れる。怖がっているのは、コウだけではない。カラ元気かもしれないが、仲間がこうして元気づけてくれる。
リーダーが恐れていては何も話は始まらない。
コウは小さく自分の中で喝を入れた。気を引き締めるために。他のみんなを不安にさせないようにと。
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