Ⅴ
046
『一週間後、そちらに奇襲させていただきます』
「奇襲するのでありましたら、ご報告はしないほうが良いのでは?」
『その点は問題ありません。ペトラ様及び主様、そしてイリアル様にしかお伝えしてない内容です。そちらの国に対しては何も伝えておりませんので』
三人は魔王側であり、国側であり、どちらでもある。しかしながら中立というわけではない。
イリアルとノーンの機嫌、そしてペトラの安全さえ保てればどちらに転ぼうと関係ない。
だからこの場合彼らは第三者となる。人類が魔族に対しどう足掻こうと、彼らが加担することはない。――まぁ、茶菓子が消えるようならば全力で魔王を止めるのが、この魔王の母・ノーンなのだが。
「そうなのですね。ではわたくし達には、第三者のような立ち位置で見守ればよいのかしら?」
『流石です、ペトラさん。お声が聞こえませんが、主様もそちらに?』
「ええ、いらっしゃいますわ。何かお伝えしましょうか?」
『いえ。――あ、そうです。またノナイアス様が失敗するようなら、お力をおかしくださいとお伝えください』
「ええ。ではまた」
ぷつり、と通信が切れる。
ペトラがノーンとイリアルに向き直ると、二人は聞こえていないはずの通信が聞こえたように微笑んでいた。時は満ちたのだと分かっていたのだ。
「レヴォイズか」
「はい。一週間後、都市を攻めると」
「そうか。愚息が使えるようになったということだな」
これだけ罵っているようだが、顔は誇らしげだ。長年、本当に長い間。ノーンはこのために生きている。
前回の挨拶では失望するほどの男だった。だが教育もあってか、こうして都市を襲えるほど成長したのだ。ようやっとその本領を発揮出来るようになったということだ。
親としては喜ばしいことだろう。
「わたくし達は無事でしょうけれど、邸宅の使用人の方達は?」
「それも考慮して郊外に建ててあるのだ。心配するな」
「まあ」
さすがですわね、と言わんばかりに微笑むペトラ。ノーンも心なしか誇らしげである。
さて、レヴォイズから報告を受けたからといって、彼らにこれといってやることはない。強いていうのであれば、言われたことを外部に漏らさず一週間待つだけだ。
ノーンには邸宅に防衛魔法を掛けるという作業が発生するが、そんなの当日にちゃちゃっとすむ仕事である。
故に暇なのだ。
直前に大きな事件が片付いたこともあり、下手に《遊べない》。かといってイリアルが殺しを我慢できるかといえばまた別だ。
あれは中毒症状のようなもので、切らすと余計危ないのだ。改善する気などないが。
「ふむ。折角なら我は城に戻ってみるか。現状把握もしておきたいし、少し都市を離れるぞ。必要があれば通信してこい」
「わかった」
「かしこまりました」
そう言うとノーンはすぐに部屋を出た。思い立ったが吉日である。もとより一週間と時間が短いこともある。
部屋にはペトラとイリアルが残された。ペトラは茶器を片付けて、菓子をしまっている。
ペトラはイリアルがそういった趣味がないのを知っているため、不要になったものをさっさとどかしたいのだ。
だからといってイリアルが不快になるわけではないが、ペトラとしては少し気になるのだった。
「たまには二人で出掛けようか。何か買ってあげるよ」
「よろしいのですか?」
「? 別に?」
「いえ。わたくしと一緒にいるのを見られてよろしいのですか、と」
「だめなの?」
「あー、いえ。はい。問題ありません」
ペトラが女性関係で何かいざこざが起こらないか心配したのは杞憂だった。そもそもイリアルがそういうことに関して自由なのは、寄ってくる女性は全て知っているはずだ。
だからペトラが横にいようが、人目で「イリアルの好みではない」ということと「しかしながら大切な人間」というのを汲み取れるだろう。
ペトラは二人に驚くほど大切にされている。それはペトラ自身も自覚していることだったが、初めて出会ったときの印象からすればどうしてなのか分からなかった。
ノーンは自分の紅茶や茶菓子の知識を買ってくれているからだと思っている。しかしペトラを一瞬で殺したノナイアスの母が、その程度の理由でペトラに心を許すだろうか。
もっと不可解なのは、イリアルだ。
気分で人を殺すサイコパス。気に入らない人間は目に入れたくないし、その血を浴びて微笑むほどだ。
彼女の機嫌を損ねれば、老若男女関わらずこの世から姿を消すことになるだろう。
ペトラだって何回も命の危機があった。何度イリアルの顔を伺ってきたか。
「ドレスでも買おうか?」
「先月大量に頂きましたわ」
「んん〜、じゃあ宝石?」
「実用性のないものでしたらあんまり……」
「じゃあ何がほしいの」
少し不機嫌そうにイリアルが言う。しまった。ペトラは思った。
笑顔を作って顔を伺えば、感情は読み取れない。
ノーンは「イリアルはペトラを気に入っている」と前に言っていたのを彼女は覚えている。しかし、信用しないというわけではないが、未だに信じられなかった。
書面上では家族となった。だから許されるというわけではない。事実、イリアルの家族は――。
「その……短剣がそろそろ劣化してきておりまして」
「短剣?」
「はい。常に仕込んであるナイフですわ。冒険者の頃の癖ですわね」
「ふぅん。じゃあ買いに行こっか。私はわからないから、自分で選んで。お金は出すよ」
「有難う御座います、イリアル様」
「流石ですわね」
ペトラの口から皮肉ではなく、純粋な賞賛の声が漏れる。
イリアルが案内した店に入れば、今まで見た事もない素晴らしい武器で溢れていた。国の騎士ですら装備しているのを見ない上物。
冒険者ギルドのギルド長だということは、伊達では無いのだろう。
ペトラは本能的に自分の得意武器である短剣のコーナーへ足を進める。街で見た武器屋とは違って、短剣であっても全て優れているように見えた。これは喜ばしいことだった。
店にある在庫全てが全て全力で、最高の力を見せていた。
「お前ホントに令嬢だったの?」
「あ……」
武器を見てはしゃぐ乙女がどこにいよう。指摘されたペトラは、顔を赤らめて恥ずかしがっている。一応自覚はあるのだ。
とはいえペトラはここ数年魔法剣士学校に通ってたし、卒業してからは冒険者をやっていた。貴族の令嬢と言えるほどのものは、美しい喋り方くらいなものだ。
「ご不快ですか?」
「ん、いや。好きだよ」
「うふふ」
「……ペトラ、これ買うのってさぁ、ノナイアス対策なの?」
イリアルが適当に一本剣を取る。値札に書かれた金額は底辺貴族の家と同じ程の値段だ。一般人が一生暮らせるほどの金が必要な剣達が、ここには揃っている。
そしてそれらを勝手に手にとって汚したり壊したところで、イリアルを責め立てられる人間はいない。彼女にはそれを許される権利と金があるのだ。
イリアルが聞きたかったのは、一度は誤って殺された身であるペトラが自己防衛のために買うのかということだ。
もちろんノナイアスにとって、この高級武器達はただの金属の塊にすぎない。
買ったところで無意味なのだ。
イリアルにとってはこの程度大した出費ではないが、抑えられるものがあるのであれば無駄な金が出ていくのは控えたいのだ。
「いつもの護身用がボロボロでしたので買うんですわ。それにノーン様が守ってくださると思っているのですけれど、おこがましい考えでしょうか?」
「いや、うん。ならいい」
「そうですの? あ、イリアル様。わたくしこれに決めましたわ」
ニコニコと笑顔で短剣を渡してくる。それを見ただけではイリアルには価値は分からなかった。しかしペトラが良いというのであれば良いものなのだろう。
値段も問題なく支払える範囲だ。イリアルは店員を呼びつけると、「これちょーだい」と伝えた。
「先程のお話の続きですけれど」
「うん」
「奇襲はノナイアス様とレヴォイズさんだけではないはずですわ。身を守るすべがあってもいいと思うんですの」
「なるほどね。ペトラはちゃんとした契約者じゃないから、また狙われちゃうのか」
「お恥ずかしい限りですわ」
ペトラとノーンはスキルの貸与をしているだけで、イリアルとノーンの間にあるような契約はない。
初めの日から全く進展していないのだ。
ペトラの中にはノーンに対して忠誠心はあるし、必要ないと思っていたのだ。
しかし今回のように魔族が攻めてくるとなると、少し厄介である。ノーンの匂いを嗅ぎ取れる魔族であればペトラを攻撃することはないだろう。しかし下級の魔族達はノーンの存在すら知らない。少し魔の香りが漂う人間だと認識するかもしれない。
実際人間界には魔術を極めた人間の中ではそういったニオイが漂う者も存在する。ここで「おかしい」と疑うほど脳みそのある下級魔族なんていれば、それこそノーンに引き抜かれ上層部へ飛び級だ。
それにノナイアスレベルでなければ、ノーンから与えられた彼女を守るスキルによってある程度は防いでくれるだろう。
だが万が一を考えて、ペトラは武器屋に来たがったのだ。もちろん、長く使っていた武器が弱ってきていたのも、理由の一つだ。
「でも次にペトラを間違えて殺したら許さないな」
「あら。わたくしのために怒って頂けますの?」
「うん」
「は…………」
冗談で聞いたペトラが凍りつく。イリアルは全くもって真面目な顔をしていた。
それを見て更に目を泳がせる。
イリアルはそんなペトラを見て楽しんでいた。いつも余裕そうに振る舞っていた彼女がこんなところで焦るとは意外だったのだ。
「私はペトラが思ってる以上に、ペトラが大事だよ」
「あ、りがとう、ございます……」
頬を赤らめているあたり、ペトラは怯えているよりも照れているのが正しいだろう。
普段見せない少女のような表情に、イリアルは上機嫌だった。
店員がちょうどよく綺麗な化粧箱に入った武器を持ってくる。店としてはペトラが観賞用に買ったと思ったらしい。
正直ペトラとしてはその箱なんて全く意味がない。そのままもらって帰りたいほどだった。
しかしイリアルがいる手前そんな事は言えない。笑顔で「有難う御座います」と受け取るだけだ。
「荷物は御者に預けてね。行こっか」
「はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます