045
「待ってたよ」
「お前、おま、お前がぁあ!」
「私は何もやってない。彼女らが勝手にしてたことだ」
「お前が命令したのだろう!?」
「いいや?」
実際にイリアルはなにもやっていない。直接手をくださない殺人はつまらないからだ。
時と場合によれば、イリアルも間接的に人を殺すこともある。しかし不完全燃焼で終わり、彼女的には楽しくはない。殺すというよりかは、処理をするというレベルだ。だからそれは最悪の場合に使う手なのだ。
サンニのような新聞社がイリアルを糾弾したところで、彼女にとって痛くも痒くもない。彼女の言う通り勝手に潰れていくのだから。
下々のものがそれを読んで感化されたところで、実際に何かを実行できる力や金を持っているわけがない。この街に住んでいて力を持っていない人間は、ただイリアルに媚びへつらうしか道は残されていない。
それに蟻が何を囁やこうが、イリアルには届かないのだ。
それで目障りに歯向かってくるようであれば、適当に誘い出して殺すだけ。簡単なことだ。
「随分美味しそうに育ったな」
「やっぱり食べる気ですのね」
「うむ。たまにはこうして自分で料理するのも悪くはないな」
ノーンが率先的だったのは、魔族としていたぶるのが好きだということもそうだが、食べる魂を極上のものに仕立てるためだった。
もちろん人間の魂であれば美味しく頂けるのだが、強い感情を抱いていればまた味が変わるというもの。
イリアルに単純に殺させると、大抵は恐怖の味がする。たまには憎悪の味も食べてみたかった。ただの食欲。それだけだ。それだけで――人生を狂わせた。何人もの人間を犠牲にし、一人の男を極上の料理に仕立て上げるために。
「『その包丁、ちょうだい』」
イリアルは
そしてサンニも当然ながら、スキルの効果によってフラフラと足を進ませて、手に持っていた《イリアルを殺すための包丁》をゆっくり渡す。
「あはっ、嬉しいな。自分から凶器を用意してくれるだなんて」
「憎悪とやらも悪くはないだろう」
「そうだね。次回はノーン主導ではなく、私からもお願いしようかな」
「なにっ、を……!!」
イリアルはゆっくりと立ち上がった。手には包丁。サンニの出した記事は、決してでっち上げではない。だからこそ、彼はこの時逃走するのが正しいと理解した。
イリアルに背を向けて走り出そうとした――が、しかしそこに扉はない。彼が蹴って開けたはずで、ぽっかりと穴が空いていたはず。
だが穴どころか、扉すらないのだ。サンニの眼前に広がるのは壁だ。
「おぐっ!?」
どん、と重い音がする。後ろを見れば、背中に深々と肉切り包丁が突き刺さる。サンニに激しい痛みが襲う。
抵抗もできぬまま前のめりに倒れれば、その衝撃で背中の傷がズキズキと痛む。
ゆっくりと歩いてきたイリアルは、背中に刺さっていた包丁を抜き取ると、気味の悪い笑顔で血液の付着した包丁を眺めていた。
背中から血が流れ、暑いのか寒いのかわからなくなり始める。意識が遠のき始めている。
だがそれも、再びイリアルによって呼び戻される。
「ぎ、あ……ぎゃああ!!」
今度は投擲ではない。イリアルの振り下ろした包丁が深く刺さる。そしてまた引き抜いて、振り下ろす。何度も何度も。
数十分の間、部屋にはサンニの叫び声が響いていた。
「ふむ。結局恐怖のほうが多くを占めるな。一瞬で仕留めねば憎悪の味を楽しむのは難しいか」
「悪いね」
「微塵も思っとらんくせに……」
「まぁ、うん。ふふ。でもあれだけまっすぐな敵意は久々だ。また今度やってね」
「我も楽しんだしな……。わかった」
部屋はすっかり綺麗になっていた。今回の死体はノーンが食べたため、それすらも残されていない。
ペトラはいつもの通りノーンに茶を入れている。イリアルはソファに寝転んで、ウトウトとし始めた。直前にたくさん動いていたから、当然だろう。
流石に今回の件で新聞社が潰れ、社長が失踪したことは民衆に知れ渡るだろう。しかしイリアルにとってそれは何の問題でもない。
住民にとってもだ。
あの女に逆らえば死ぬ。
今の今まで語られてきたルール。この都市に住む人ならば知る内容。それがただ更新されただけだ。
新たな馬鹿を生み出さぬよう、今回の事件はみなに語られることとなった。
この街で正義を語るのであれば、イリアルの怒りに触れぬ正義を振るえと。
『ペトラさん、今お時間よろしいでしょうか』
「! レヴォイズさん? ええ、大丈夫ですわ」
魔王ノナイアスについている執事兼補佐のレヴォイズから連絡が来る。茶を入れていたペトラは手を止め、イリアルとノーンもペトラを見つめる。
連絡が来たということは、魔王軍に進展があったということだ。
『一週間後、そちらに奇襲させていただきます』
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