022
「招待状を拝見致します」
堅苦しい衛兵が城門にてチェックをする。馬車から腕だけを出して招待状を見せれば、衛兵の顔が青ざめた。
そこに書かれていた名は、かのイリアル・レスベック=モアであった。
震える声で「し、失礼致しました! お通りくださいませぇ!」と情けなく言えば、中からイリアルの笑う声が漏れた。
今晩は王から招待を受け、国の権力者達が集まっていた。もちろん、先日ペトラが盗み見た勇者のことについてである。
招待状には情報漏洩を防ぐため、パーティを開催する、としか書かれていない。つまり、イリアルは知らないていで城へ来ねばならない。もちろん彼女が嘘をつくことは日常的に行っていることなので、なんら問題はないのだ。
「ペトラの家は候補にないのだな」
「そりゃそうですわ。イリアル様に圧力を掛けられた家が、どうしてこんな場所に出れるんですの?」
ノーンとペトラは配布された招待客を見ていた。出席の可否は別として、様々な著名人有力者が集まっているようだ。
「おい、着いたぞ」
「あら」
「ペトラ、行くぞ」
ノーンは自身とペトラに隠密魔法を掛けた。これは特殊な魔法で、契約者であるイリアルを含む三人にしか見えないのだ。
これが見破れるのは、相当熟練な魔法使いだろう。勿論ノーンの魔術を見破れる程の手練が、のうのうとこんな場所にいるわけが無いのだ。
「我は城内を見回っておく。ペトラはイリアルと行動せよ」
「了解ですわ」
イリアルと隠密化したペトラは、怯える使用人に案内されてパーティが行われている会場へ通された。中では既に飲んでいる人間や、食べ物を片手に談笑している貴婦人がいる。
幸いイリアルは入室を悟られなかった――否、気付きたくなかった貴族達によって無視をされた為に、誰も近寄ってくる様子はない。
ウェイターからシャンパンを取り、部屋の隅にあるソファに荒々しく座った。部屋中を見回して、勇者達がまだ来ていないことを理解する。
今回は参加者に秘密のお披露目会なのだ。同じ空間においておくまい。しかも勇者達は言ってしまえば貴族より遥か下の普通の町民育ちだ。こんな社交場に置いておけば、無礼がすぎるだろう。
「ペトラも散歩してきていいよ。何かあったら呼ぶ」
「ではお言葉に甘えまして」
散歩、と口では言うものの。実際は城内の調査である。道中の馬車の中でイリアルに言われた頼みだ。
王族はイリアルにとって数少ない驚異となる一族だ。もちろんイリアルが本気を出してしまえば、捻り潰すなんて容易いことだ。
だがイリアルはもっと欲しいのだ。この国を自分が掌握出来るよう、今持っているギルドを滅ぼさぬよう。
イリアルは魔法こそまともに扱えない人間だったが、それを抜いて人間社会での魔王と形容しても過言ではない。イリアルの顔色を伺い、イリアルに畏怖する人々。
「揃ったな。では皆の者、紹介したい者がおる」
気付けばいつの間にか中央に立っていた王を見る。他の人間達は食事や会話を止めてそちらをみているが、イリアルは相変わらずソファにおこがましく座りシャンパンを飲んでいる。
王を始めとする誰もが注意をしないのは、相手がイリアルだからである。
一応それでも王が気に掛けるように一瞥すれば、それに気付いたイリアルが「聞いてますよ」と言わんばかりに手を軽く振った。ただそれだけで、立ち上がる気はない。
諦めた王が嘆息しながら手を叩くと、ゾロゾロと若者が入ってくる。まだ学校に通っていそうな、年端も行かぬ幼い人間達。
ペトラが言っていた通りの人数と構成だった。勇者が入ってくると、流石のイリアルもシャンパンの手を止める。
召喚されて数日。まだ訓練もしてないだろう。説明を聞いて一日が終わるはずだ。なにせこの世界とは違う場所から喚び出されたのだから。
幾人もの冒険者達を見てきたイリアルにとって、スキルや魔法がなくとも何となくでその人間の技量を見計らうのは容易いことだった。
(まだ剣すら握らぬ子供だな……。もう少しスパルタじゃないと、ノナイアスに潰されるぞ)
観察する必要もないほど、ただの一般人と変わらない勇者達。能力の覚醒には個人差があるし、訓練をしなければただの子供と一緒だ。ただし教え始めてしまえば、化けの皮が剥がれたように一変する。
……というのが、勇者に関する言い伝えだ。むしろイリアルとしては、それが現実になってくれないと困る。秒でこの街が滅ぶからだ。
ノーンがああ言っているし、勇者達の準備が完璧でないうちにノナイアスが突っ込んでくることはない。とはいえそれでもまだ襲ってこない魔王に対して、国は考えが甘すぎたのだ。
「……と、言うわけでこの子達が魔王討伐へと向かう勇者である」
「おぉ、彼らがかの……」
「素晴らしい!」
「つきましては有力者様達には――」
この国の有力者だけを呼んだのには別の理由がある。一言で言うならば、スポンサーだ。彼らの訓練で使われる物資の費用、人件費、防具費、その他諸々。この国有数の金持ち達を集めて定期的に資金を頂戴する。そういったお願いだ。
当然だが国が負債を抱えているわけではない。より良い人材育成のため、さらなる資金が必要なのだ。それに貴族達とて守られる側である。
「では皆様、パーティをお楽しみくださいませ」
王が去り、幹事の大臣が貴族達にお辞儀する。勇者の紹介が終わってしまえば、あとはただのパーティだ。とはいえ勇者達には、貴族に愛想を振りまく、という仕事が残っているのだが。
「寄付金をたくさんもらえるようにがんばろ!」
「あたしオッサンに媚びうるのとかなんかやだなぁ」
「仕方ないだろう、カナ」
「オバサンオッサンだけじゃなさそうだぜ。ほら見ろよ、壁際のソファ」
アツシが指差す先にいるのは、イリアルであった。ウェイターの美女に色目を使っているが、整った顔立ちでいるため何も問題がない。
二杯目のシャンパンを取るついでに、ウェイターの手を撫でる。相手も嫌そうではなく、頬を赤らめ喜んでいる。これぞイリアル特権である。
「あの人ならいけそうかも……」
「一緒に行ってみよ!」
「駄目です」
ヌッと現れたのは、幹事をしていた大臣だ。彼はパーティを取り仕切りつつ、この勇者――問題児達のおもりを頼まれていた。
大臣が入り込むと、二人は機嫌が急降下する。せっかく目の前に格好いい男がいるのに、とむくれてしまった。
「あなたがたが行って、あのお方の機嫌を損ねてしまった場合、他の貴族の方からも寄付金は頂けなくなります」
「な、なんで?」
「あの方のお名前はイリアル・レスベック=モア様です。他の貴族と異なり、現在は爵位こそありませんが大公――いえ、それ以上の権限が御座います。もちろん王族の驚異にもなり得る人物です」
ほら見てください、と大臣。誰もイリアルに近付こうとしないのを伝える。数年前のペトラの案件が、影で触れ回っているのだ。イリアルに対する挨拶が失敗した場合、その命すら危ぶまれると。
「ふーん、怖い人なんだね」
「はい……。ですので、あんまりまじまじと見たりするのも……」
「分かった!」
こうして暇なイリアルは、ちょくちょく見に来る美女のウェイターにちょっかいを出すくらいしか出来なくなったのであった。
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