049

「リリエッタさん」

「! ペトラちゃん」

「何か騒がしいみたいですが……」


 ペトラは知らないていで話を聞く。奇襲を知っていましたなんて軽々しく言えることではない。それこそ王国に対する反逆罪で裁かれてもおかしくないほどだ。

だがペトラは国なぞよりも、イリアルにつくことを決めた身。ここで決意を揺るがす女でもない。

 リリエッタはそばに居たナナにアイコンタクトする。この娘に話すべきか否かを。

 今となってはペトラはイリアルの大事な存在だ。だが少し前までは一介の冒険者で、そこそこのお嬢様で、こんな大事に巻き込まれる存在ではなかった。

 しばらくの沈黙のあと、リリエッタは重い口を開いた。

先の話を鑑みても、ペトラは話しても問題ないと結論づけたのだろう。


「魔王軍が攻めてきたみたいなの」

「え……!?」

「ここにはまだ到達していないけれど、さっき一人襲われた冒険者が駆け込んで来てね……。治癒魔術師に癒してもらっているんだけど、全く回復しなくて……」


 いつもは休憩スペースになっているフロント。しかし今はけが人でごった返していた。全ての依頼が一旦中止され、こうして魔王軍の対処で追われていた。

街の人間も少なからず避難しているようで、子供の泣き声や落ち着ける親の声、不安で震えているもの。様々な人間がひしめき合っている。

 ノーンの守るこのギルドの中にいる人間に危害が加わることはないだろう。だがそれを知らない人間達は、安全を求めて城や都市の外に出るかも知れない。

それを追う権利もその気もペトラにはない。


「こんなところ不安すぎる! 冒険者は役に立たないし……俺は出ていく!」

「お待ち下さい!」


 女性スタッフが必死に止めるが、男はスタッフを振り払って外に出た。するとその瞬間、空から見たこともない魔法が降り注いで、男の体は一瞬で消え去った。

ギルドの中は沈黙に包まれた。

――出れば死ぬ。

 しかし、ここに居てもいずれ死ぬだろう。ただここに居て、命を削られるのを待つしか無いと。未だ出てこない勇者達に、彼らは不安を覚えていたのだった。


(あぁ……愚かなひと)

「……ねえ、ペトラちゃん。イリアル、外にいるんでしょ」

「? ええ」

「大丈夫かしら……」


 リリエッタは何も知らない。

イリアルの駒に過ぎなかったことも。命を延ばしてもらっていたことも。

 彼女は未だにイリアルを想っているようだが、イリアルの中にはもう既にリリエッタはいない。ただの一人のスタッフに過ぎない。それだけで多少は守る価値はあるのだが、昔のようにノーンに頼んでまで命を救ってあげるほどではなかった。

 むしろその枠はペトラで埋められたとも言える。愛する女という枠ではないが、大切な家族としてペトラがその穴に入ったのだ。

 イリアルを想っていたリリエッタに対して、ペトラは悲しげな目を向けた。ごめんなさい、そう言わんばかりに。


「修羅場を乗り越えてきた方ですわ」

「……そうね」


 そんな事知ってるわよ、なんて言いたげな顔だった。ペトラは見ないふりをした。

 その視線はそのまま窓の外へ向けた。このあたりはまだ本格的な攻撃の対象になっていないものの、被害は多い。冒険者が戦意喪失していないだけマシだと言えよう。

 それに勇者が出てきた様子も見られない。もしかしたらもうとっくに雑魚魔族に狩り殺されているのかもしれないが、流石にその程度ではないと信じたい。


「クソ! 魔力が切れそうだ。誰か助けを呼べないのか!?」

「隠密に長けた冒険者を集めて、街に残っている魔術師を呼びますか?」

「残っていて生きている可能性も分からないのに動くのは無駄ではないか?」


 冒険者達が話し合っている。今まで戦ってきた魔物とは桁違いなのだ。

依頼とは違って事前情報もなく、数も圧倒的に多い。奇襲を仕掛けてきたのだから、そうなるのは必然。

 一人で戦争を起こせるような強大な力を持った冒険者もこのギルドに所属しているが、残念なことに今回この場に居たのは勤勉な中級者や飲んだくれの男ばかりだ。

そんな力を持つ冒険者は、普段から高難易度の任務についていて出払っているのだ。

そんな人間が魔族の大群と渡り合えるわけがない。

 魔術師の魔力も底をつき始め、避難してきた民の治療もままならないまま。住民も冒険者が必死に対応してくれているのが分かっている。しかしあまりの追いつかなさに、不安は募るばかりだ。


(何もしないと不審ですものね……。ルシオ達に助力させますか……)


 ペトラは通信機器を起動して配下に命令を下す。普段ならば各々の仕事のため、このギルドに集まっていることは少ない。しかし今日は奇襲がある日。下手に外に出していればそれこそ襲われて死ぬだろう。

そう考えていたペトラは、ギルド近辺にルシオ達を配置していたのだった。

 ノーンの期待に添えるようレベルアップをはかっておいたが、魔王軍のレベルが分からない以上警戒しておいて損はないのだ。

 ペトラの前にエレーヌ、フレデリカの二名が現れる。相変わらず無愛想で無表情だったが、傀儡魔法の効果故にそれは仕方がない。指摘された場合なんと誤魔化そうかとペトラは頭を回しながら。


「みなさん! 私の仲間が治癒の手伝いを行います。もし隠密が得意な方が出るようでしたら、今のうちです」

「おぉ……!」

「助かった……」


 エレーヌは若さに似合わない絶大な魔術師であるし、フレデリカは天才的な錬金術師であった。この場には適しているだろう。

ルシオ達戦闘要員は少し待機させておいた。このギルド内にいれば戦闘はないし、あったとしても下手に捜索隊と合流させて力を消費させたくもない。

それにこれから死にゆく人間を守るほど、ペトラは甘くない。


 ペトラの協力を受けると、冒険者達はすぐに隠密系で構成された生存者捜索隊を組んだ。幸いにも外は静まり返っていて、魔王軍らもここら一帯はある程度潰して更に奥へと移動したのだろう。

 見張りとして弱い魔物が徘徊しているかもしれないが、その程度ならば冒険者で事足りるはずだ。


「ですが、空いたこの場を守るのは……」

「それもわたくしにお任せ下さい。我がパーティーはリトルブレイブズ首席で構成されておりますので」


 そう言って微笑めば、冒険者達の目に光が戻る。あのリトルブレイブズ学院卒業生ならば安心だ。そう言っているのだ。

 不安に思っていたのは冒険者達だけではない。ただでさえ守ってくれる冒険者が減ると思うと、せっかく避難してきた住民も「ここも危険になるのでは」と心細くなっていたのだ。

しかしペトラとの会話を聞いてそれも消え去った。

 この街に住んでいる人間であれば、リトルブレイブズ学院の素晴らしさと優秀さ強さ諸々が、いやというほど耳に入る。その耳にタコが出来るほど聞いた内容に、ここまで安心するとはその時は想像していないだろう。

 ルシオ達もペトラの前に出てきた。彼らもエレーヌと同じく傀儡の魔術が抜けていないため愛想など無い。


「ルシオ、アウリでこのギルドと人を守って下さい。ライマーは各種指示を。エレーヌは治癒を優先しつつ、ルシオとアウリの援護が必要ならばそちらへ。フレデリカは治癒に専念してくださいまし」

「……っ、ありがとうございます、ペトラさん!」

「では我々は、なるべく早めに戻りますので」

「えぇ。どうかお気をつけて」

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