030
「今話題の義賊みたいだぜ」
突然ギルド長室に現れるのはこの男だけだ。リヴァイアサン。本人曰く凄腕の暗殺者だ。
キョロキョロと部屋の中を見渡しているのをペトラは気付いた。恐らくあの日ペトラがスった武器を探してるのだろう。
「武器ならそこですよ」
ペトラが壁際にあるチェストを指さす。1番上にはご丁寧にも手入れされたリヴァイアサンの武器が綺麗に置かれている。
これは気付かなかったリヴァイアサンに向けた、一種の皮肉であるが、ただの小娘に出し抜かれたこの暗殺者はそれに気付くか否か。
リヴァイアサンは飛び付くように武器に駆け寄り、しまい込む。安心したように微笑んで、
「あっれ〜前来た時か? 置き忘れちゃったみたい、俺」
その言葉にノーンは目を丸くした。彼の前では幼子として振舞っている故に、「馬鹿者、ペトラが盗んだのだ!」と言えなかった。
イリアルが利用するだけあって、そこそこ腕の立つ人間だと思っていたノーンにとっては予想外だった。
「イリアルさんに言わなきゃダメだね……」
幼女のふりをしたノーンは、ポツリと呟いた。
リヴァイアサンは失望されど、得た情報を置いていった。裏社会に精通してるだけあって、情報の量は期待通りと言えよう。
もしかすると、イリアルは元々彼の暗殺技術に関してはノータッチなのかもしれない。裏社会に精通している、という部分だけを見て利用しているのだろう。
でなければこの無能加減は、流石に許されないのだ。
だが置いていった情報は少ない。秘密裏に動いている賊が相手なだけあり、なかなか集めるのに苦戦しているようだ。
義賊の名を「ローゼズ」と言う。黒い名刺に白い薔薇の絵の通り、シンプルイズベストと言わんばかりのそのままの名で、子供から老人まで誰もが知っているらしい。
盗む相手は悪人からだった。横柄な貴族から盗むなどではなく、悪どい冒険者やそれなりに金のある一般市民。中には犯罪をおかしたスラムの人間の時もあった。
「変だな」
「ですわね」
本来であれば義賊は金が有り余ってる人間らから盗むものだろう。もちろん中にはそこそこ金持ちの部類に入る人間もいるようだが、大抵が犯罪者だ。
この世界では犯罪者はおおよそが、金がないから犯罪を犯しているものばかりだ。快楽の為というのは除いたとしても、貧民が犯罪に手を付ける主な理由は貧困からだろう。
「ローゼズは一度も貴族から盗んでませんわ」
「まるで避けているようだ。もしやこれは――」
「まさか、そんな」
ノーンが話した案を、ペトラは笑う。そんな馬鹿なことが、馬鹿な人間がいて溜まるかと。
ひとしきり笑って主人が割かし真剣に話していたことに気づいて「失礼しました」と冷静になる。ノーンはちょっとむくれていたようだが、話を続けた。
「快楽殺人じゃないが、あるんじゃないか。偽善、快楽義賊ってな」
「貴族の人間だと思っているんですの?」
「貴族だけが外されているのが怪しいだろ。身内には手を出したくないし出しにくい。知恵が回らぬ阿呆のようだ」
出そうと思えば出し放題の馬鹿共の集まりだというのに、とノーンは呟く。その辺は反論の出来ぬペトラは黙り込んでしまった。
ここまで絞れれば優秀だろう。ここでペトラが「あっ」と声を上げた。
「薔薇で有名な貴族がおります」
代々美しい薔薇園を経営しているリアステッセイ一族だ。現在の当主・グレーゲルになってからは、無料で一般市民にも解放しており、その試みが庶民の間では好意的に取られている。
「……いや、流石に条件が揃いすぎだと思うのだが……」
「良いのでは? 彼は自己顕示欲の高い部類ですし、何より馬鹿共のひとりですから」
ニコリと笑って先程のノーンと同じことを言う。さては根に持っているな……と思ったが、口にはしないでおいたノーンであった。
さて、犯人である義賊が一応仮で候補が出たとはいえ、相手は貴族だ。事前に更に調査をして、細かな情報を集めてからで無くては、問い詰めるには難しい相手である。
「どう致しましょう……」
「殺す」
気付けば入口に立っていたのは、姿をくらましていた主人・イリアルだった。まともに食べていないのか、分かれた時に比べると少し痩せたように見える。
イリアルは中まで入ろうとせず、二人を見るだけだ。様子からして急かしているようにも見える。このままリアステッセイ宅へ行こうという意思が伝わる。
「落ち着けイリアル。奴の
ノーンが諭すように言う。今の一触即発なイリアルに何かを言えるのは、この世で彼女だけだろう。――いや、今となっては、ペトラもその1人なのかもしれない。
そしてイリアルも彼女の言葉には耳を貸そうとしている。怒りも緩やかにおさまってきたのか、どかりとペトラの横へ座り込んだ。
「どういう事?」
「向こうから来てくれるようになればいいのだ」
ノーンはニタリと微笑んだ。
それは、イリアルにとっても久しく見ていなかった、不気味な笑みであった。
「しっかり調べましたが、ローゼズの正体はグレーゲル・リアステッセイで間違いないようですわ」
数日後の朝。イリアルはお気に入りの女と街一番のホテルで一晩過ごしたため、この朝食の場にはいない。
ペトラが話した相手もノーンである。
ノーンはいつも通り幼女の風貌で、しかしながら片手に持つのはモーニングコーヒーであった。鼻をくすぐるその香ばしい香りは、ペトラの頭さえハッキリさせる。
ペトラが朝起きると、廊下には情報を収集し終えたライマーが待機していた。早起きは三文の徳とは何処かの国で言っていましたわね、なんてペトラは思いながら得た情報を全て頭に入れた。
「やはりか。結論は変わらぬのに、時間を取らせたな」
「いいえ、お気になさらず。パーティのスキル底上げにいい経験値となりましたわ」
丁寧に整えられたテーブル。ペトラはノーンの向かいに座ると、用意された朝食を口に運び始める。
――いつ食べてもここの食事は美味しい。イリアルの養女になってからは、まるで本当の娘のようにレスベック邸の使用人達に甘やかされている。
ここに並ぶ食事も、ふとしたペトラの発言から拾った好物ばかりだ。ペトラとしては嬉しい半面、栄養や健康を考えた食事でも構わないのだが、いかんせん甘えてしまう。
「まぁ後はイリアルの今後の殺人と、ブッキングしないよう注意を払いつつ――」
「あちらから来るのを待つ、と」
イリアルが人を殺しているのは、ノーンによる魔法で隠蔽してるが故にバレていないが、人が消えているのは事実である。それを隠しているのは、イリアルの材料であったり、はたまたノーンによる魔術であったりと様々だが、それをしなければいずれは《ローゼズ》に漏れる事柄だ。
イリアルが手を下しているとバレないギリギリで隠蔽をやめ、ある程度の痕跡を残す。
そしてローゼズ――グレーゲルがこちらへやって来た時に、殺せばいい。そこでバレてしまうだろうと言う問題は、死人に口なしで話がつくのだ。
「しかしイリアルもだいぶ丸くなった」
ポツリとノーンが言った。今となっては大貴族でギルドマスターで誰もが知る有名人だ。それまでは苦労も耐えずストレスも多い日々を過ごしてきた。
もし数年前、先日と同じ状況であれば、イリアルはノーンの作戦を聞きもせず犯人を殺しにいっただろう。その事実を揉み消すことなんて容易い事だったが、その後でも怒りが収まらないであろうイリアルを宥めるのが更に至難の業だ。
「まあ……そうなんですの?」
「……ああ」
ノーンはペトラを一瞥する。数年前であれば彼女のような存在も、ここにいるはずが無いだろうから。
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