第17話 「銀髪女」とアースドラゴン



 ヨルの地図によれば、アクアまでの道のりは20日程かかる日程になっていた。俺も行ったことのない場所だったので馬を使えば10日くらいでいけるだろ?と安易に考えていたが、アクアは想像以上に辺境にあるようだ。


 まあ俺的には時間に余裕があるし、とりあえず、アクアまではイブと居れる事が確定しているのだから、日程が伸びるのは嬉しい誤算だ。


 こっそりと街を去る予定だったが、どこで聞きつけたのか、たくさんの人達が俺達を見送りに来た。


「また来いよー!!」


「もっとゆっくりしてけよー!!??」


「気をつけてなぁーー!!」


「彼女ー!! アダムをよろしくなー!!」


 など、たくさんの言葉を背にアルムを出立した。街を出る時に、ヨルと目が合い、2人で微笑み合ったのは、今思えば、めちゃくちゃ気持ち悪かったが、あの雰囲気では仕方がない……と自分に言い聞かせた。




 南門からの街道は、昨日の街道よりも人が少ないように感じる。やはり、王都への道には人が集まるのだな……などと考えていると、イブは顔を隠していた布を取り外し、


「本当にいい人達ばっかりだね? アルムの街の事、大好きになっちゃった!!」


 とキラッキラの弾ける笑顔で俺に言う。「屋台酒場のタミさんは笑顔が柔らかくて〜〜」「冒険者のカオルさんは美人なのに〜〜」などと、アルムで出会った人達の事を興奮気味に話しながら、ゆっくりと歩みを進めた。


 俺は適度に相槌をうつだけで、無邪気なイブを微笑ましく眺めていた。楽しそうで何よりだ。



 今朝の話し合いの結果、南からの道を選択した。西からの道には山脈越えがあり、かなり魔王領にも近い。俺的には何も問題はなかったが、


「海もゆっくり見てみたいんだ!」


 とイブが言ったので、南から西に回る経路で行くこととなったのだ。とりあえずの目的地は、この国エデンの第二王子、ジョン殿下が治める「ノワール」と言う都市だ。


 予定では2日で着くようで、道中の宿屋のオススメまでしっかり書かれていた。


『この宿は麦酒と肉が最高だ!』


 昨日で酒は当分摂取したくない……。やっと頭痛も治って来た所だ。麦酒はともかく、肉料理は少し興味があるし、やはりイブと夜2人きりになるのは避けたいので、今はこの宿へと歩みを進めている。


 「ノワール」のジョン殿下は剣の腕がかなり立ち、魔術も使えるようで、魔物の討伐なども殿下自らが向かうらしく、領民に愛される人らしい。俺は会った事も、ノワールに行った事もないので、詳しくは知らないが……。


「果実酒が名産! 行ったら、絶対飲めよ?」


 と書かれていたのを思い出し、アイツ酒のことしか興味ないんじゃないか?と呆れながらも、ヨルらしくて笑った。ぶっちゃけ、殿下の情報も「ヨル地図」に書かれていただけだ。


 街道から森に入り、周囲をキョロキョロとしているイブに声をかける。


「イブ、ジョン殿下って知ってるのか?」


「ジョン殿下? うーーーん……。よくわかんない」


「でも、王宮で会った事くらいあるだろ?」


「あるかもね。私、アダム以外のお、………」


 イブはそこで言葉を止めて、口を押さえた。(アダム以外のお? 俺以外の『お』??)俺はわけが分からず、首を傾げる。


「く、空気が美味しいね……? 昼になっても、鳥って鳴いてるんだね〜……」


 イブはチラチラと俺の様子を伺い、先程の発言は無かったことにしようとしているが、俺はそれを許さない。


「ん? 俺以外の『お』って何だ?」


「…………」


「…………イブ?」


「えっとー……」


 イブは少しモジモジしていて言い淀んでいる。おそらく、マイナスな言葉ではないのだろう。頬を染めて恥ずかしがっているのが、何よりの証拠だ。


「えっとー?」


 俺はまた悪い顔をしているのだろう。イブは俺と目が合い、さらに顔を染める。昨日、一日でイジメ慣れてきてしまった自分が怖いが、イブの反応に心が動く事にはまだ慣れずにいる。


(可愛いやつめ……)


 俺は異性に比較的、好意を向けられる事が多いが、俺が興味を抱く異性は希少だ。好意なんて、もってのほか。イブは確実に俺にとって稀有な存在だ。


「……アダム以外の、」


「イブ、こっちに来い!!」


 イブをイジメていて反応に遅れてしまったが、「誰か」がこちらに向かっている事に気づき、俺はイブを傍らに呼ぶ。イブは少し目を見開きながらも従順に俺の横に来る。


「ア、アダム?」


「誰か来てる」


 イブを馬から下ろし、俺の後ろに置いて、俺は戦闘態勢に入るが、「絶対感知」にかかったのは、どうやら人間。それも1人だけで、かなり遅行のようだ。


 急に感知してしまったから少しだけ驚いてしまったが、これなら先程のイブの言葉を聞いてからでも充分間に合ったな……と苦笑しながらも来客を待った。


 少し緊張気味のイブに『予言』は無かった事を理解する。「神代スキル『予言者』」の仕様はわからないが、もしかしたら敵意のない相手の可能性が高いのかもしれないと推察する。


「まだ大丈夫だ。心配するな。ちゃんと守ってやる」


 振り返りイブの頭をポンッと叩くと、俺の髪色にも負けない「赤」になる。


「……ありがとう。神様は何も言ってこないよ……?」


 イブはまた俺のコートを掴み、小首を傾げる。先程のイブのスキルへの推察が正しかった事を確信するが、「コートをギュッ」は偉大だ。


(今度、何もない時にイブをイジメるのに使えるな)


 と不埒な事を考えていると、気配の主が顔を現す。



「……えっ!? 逃げろ! 『アースドラゴン』が出た!!」


 銀髪の長髪を揺らめかせ、透き通る紺碧の瞳は真夏の空を思わせる。ボロボロに傷ついた馬に跨り、所々破損している鎧は先程まで戦闘していた事を知らせている。少し分厚い唇と少し釣り上がった大きな瞳はどこか猫を連想させる。


 イブよりも一回り身長が高く、すらっとした四肢は細く、長く、しなやかだ。女性らしい雰囲気は全くなく、戦う人間の眼光だが、豊満な胸がそれをチャラにしている。


 銀髪の女は俺達の存在に驚き、焦ったように叫び声をあげるが、その発言に、俺は思わず苦笑する。俺の第一の感想は(なんか、めんどくさそう……)でしかないのだから仕方がない。


「綺麗な人……」


 後ろでイブが呟く。まぁ確かに容姿は悪くない。かなりの美形と言ってもいいだろう。だが、俺は命令してくる女が嫌いだ。それはあの乳だけ女神しかり、この女しかり……逃げるかどうか?は俺が決める。「逃げろ!」などと言われたら、途端に逃げたくなくなるのは俺の悪癖かもしれない……。


 俺はいい事を思いつき、ゆっくりと振り返り、


「何を仰います……? イブ様の方が麗しゅうございますよ?」


 と王宮に仕える執事もびっくりの作り笑いで、イブに言った。イブは一瞬で顔を真っ赤に染め、それを確認した俺は「ふふっ」と小さく笑う。俺は(ようやく、朝食前の『やられっぱなし』を解消できた)と思った。


「お、おい! 何してる!? 早く逃げろ! ドラゴンが出たんだぞ!!??」


 「銀髪女」は俺達に声を荒げるが、すこぶるうるさい。(今、いい所なんだから、ほっとけ!)と小さく息を吐く。


「うるさい。ちょっと黙ってろ」


「なっ……! わ、私は……其方らの事を思い……」


「わかった、わかった。お前が早く逃げろ」


「な、何だ? 其方は!!??」


 銀髪女は心底驚いたように声を張り上げる。俺とイブはフードを被っているし、かなり怪しく見えていても不思議ではない。俺は銀髪女を無視して、イブのぽーっとした表情をニヤニヤと眺めていた。


「ド、ドラゴンが出たんだぞ……?」


「そうか……」


「『そうか』って……。ア、アースドラゴンだぞ? 『八龍』の一種の!! 今、私の護衛達が奮闘してくれている。今のうちに其方らも逃げろ!!」


 イブがハッとしたようにうるうるの瞳で俺を睨んで来る。


「どうした? イブ」


「むぅ……嘘ばっかり言わないで! あの! アースドラゴンが出たって、本当ですか!?」


 イブは少し拗ねたように俺に言い、慌てた様子で、すぐに銀髪女に声をかけた。銀髪女はなぜかホッとしているように表情を緩める。


「あぁ! 其方らも早く逃げろ!」


「……護衛の方達は大丈夫なのですか?」


 イブの発言に嫌な予感がする。


「……くっ……。私が無事ならばアイツらも救われる……」


 銀髪女は紺碧の瞳を潤ませ、歯を食いしばっている。俺はもうめんどくさい事になる予感しかしない……。


「ア、アダム……」


 ほら来た……。イブのうるうるの淡褐色の瞳はこの世界の何よりも綺麗だ。俺は少しため息を吐きながら、


「助けるか?」


 と聞くと、イブは屈託のない笑みで頷くが、「ちょ、ちょっと待ってて!」と慌てた様子で俺を制する。


「jgdwqawpngwm」


 急に意味のわからない事を言い出したイブ。イブが壊れてしまった!と目を見開き、その様子を伺っていると、光の粒子がイブの周りに集まってくる。


 森の中。光の粒子を従えるイブに、唖然としながら、その姿に見入った。


 その姿はまさに「予言の巫女」。神意を伺い、神託を告げる者。その様は身震いするほど美しく、目眩を憶えるほど神々しかった。

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