第6話 旅の始まり、ちょっとした事件



 俺は一晩を明かした家を「削除」し、よし、行くか!と気持ちを改める。ふぅ〜っと息を吐きイブを見ると、淡褐色の瞳を潤ませて、何やら泣きそうな表情を浮かべている。


「イブ? どうした?」


 イブは俺の問いかけにフルフルと首を左右に振る。いまいち掴みどころのないイブに困惑しながら、


(本当によくわかんない人だな……)


 と心の中で呟いた。何だか見てるこっちが悲しくなってしまうような表情に、堪らずもう一度声をかける。


「イブ?」


「ご、ごめんなさい。さっきの家、すごく気に入ってたから……。何か寂しくて!」


 困ったように無理に笑うイブに胸が締め付けられる。この「巫女様」は人身掌握のスキルでも持っているのだろうか?これがイブの素顔なのだとしたら、本当に全世界中からイブの心を奪うために人が殺到してしまうだろう。


「まぁでも勝手に造っちゃったし、ちゃんと片付けないとな! また造ってあげ……いや、何かそれは違う気がするな……」


 「また造ってあげるよ」と言おうとしたはずなのに、言い切る前に猛烈な違和感を感じて明言はしなかった。よくわからないが、「また」造ってもまるで意味がないような気がしたのだ。


 俺自身、曖昧な感覚なのだからイブも「何を言ってるんだ?」と呆れているかもしれないと、視線を移すと嬉しそうな笑みを浮かべていて、


(本当によくわからん人だ!)


 と叫んだ。でもまぁ悪い気はしない。俺が感じる微妙な心の機微を察してくれているようで、何だか嬉しい。


 見れば見るほど、綺麗な容姿だ。勇者パーティーにいた頃は、ハンナやアリステラも容姿だけは悪くないと思っていたが、本当に別格である。


 今までとは見え方が全然変わっていることに内心戸惑いを隠せない。悪い印象こそないが、格別いい印象もなかったが、先程初めて会話をしてみて、もう正直グラグラ来ている。


(仕方ないだろ! 俺は『青春』初心者だ!)


 3年間もの間あの無能のおかげで時間をロスしてる……。俺とかかわりのある同年代の異性は泣けて来るほど少ない。超ド級の美女相手なら、それも仕方ないのだ!それらを振り払うように「んんっ!」と咳払いをして出発の準備を整える。


「イブはここまでどうやって来たんだ?」


「……あっ。……えっ? 馬で来たよ」


 イブの言葉を聞き、(馬か……)と苦笑を浮かべる。正直、生物はあまり「創造」したくないのが本音だ。だからわざわざ王都まで戻って馬を手配しようと考えていたのだ。


 人に干渉しないように決めているのとは、また別だが、生物を「創造」すると愛着が湧いてしまって、「削除」出来なくなってしまうからだ。


 スキルを与えられてすぐに、スキルの実験も含めて赤毛の子猫を「創造」したが、本当に可愛すぎて「削除」など出来なかった事を思い出す。まぁすぐに勇者パーティーに駆り出されたので泣く泣く幼馴染のカレンに預けていたのだが……。


「アダム?」


 イブの不思議そうな声に現実に引き戻される。


「いや、何でもない。馬で行くか?」


「うぅーん……。そうだね。王都に馬を返しに行くと何かと大変そうだし……」


 俺のスキルで時空をつなげ、馬をこっそり返すことなど造作もないが、俺のスキルを当てにしない所には好感が持てる。


 俺のスキルを知っていてなお、俺のスキルを利用しようとしない事は、案外難しいと俺は思っている。万物を創造できるのだから俺の力を利用したいというのはきっと人間の性のはずだが、イブには欲というものがないのだろうか……?


 現に俺はイブのスキルで神と交信を行い、「イブが俺に惚れる方法」を聞いてみたいとすら思っているだけに、無欲のイブの凄さが身に染みてきて、苦笑してしまう。


 ふぅーっと息を吐き、イメージする。すぐさま白馬の姿が出て来たが、それは痛すぎるので、茶色と黒の毛並みのかっこいい馬をイメージし、「創造」する。


「何度見てもすごいね!?」


 イブの賞賛の声と無邪気な笑顔に「もう嫁に来ないか?」と口走りたくなってしまうが、何とか耐える。


「……まぁすぐ慣れるだろ。それより、その服装は目立ちすぎるな……。すぐに『予言の巫女』だってバレるぞ?」


「あっ……。アダム! どうしよう……」


 イブはハッとしたように顔を青くする。本当に気づいていなかったのか?と声を上げて笑いそうになりながらも、仕方がないから「創造」してあげようと思った。


「どんなのがいい?」


 俺の問いかけに、イブは少し泣きそうになりながらも頬を赤く染めた。


「あ、ありがとう。……アダムの好きなものがいいで、す……」


 イブは顔を赤くし、後半は聞き取れない程小さな声になっているが、俺の聴覚を侮って貰っては困る。ちゃんと聞こえたぞ?


 俺の好きな服でいいだと……? もう巫女の原型がないくらいのエロい格好にしてもいいのか? 布切れ一枚でも俺は大歓迎だ……。むしろ常に恥じらっているイブを想像するだけで、鼻血が吹き出そうになる。


 イブの数多の卑猥な恰好を想像しては悶絶してしまう……。


(健全な18歳、なめるな!)


 と心の中で絶叫しながら、煩悩を全力投球で忘却の彼方に投げ込み、白と赤のワンピースにフード付きの白いマントに茶色のブーツを「創造」し、無言でイブに手渡した。


「……? ありがとう! アダム。とっても嬉しい!」


 純真無垢な笑顔に罪悪感を募らせながら、着替えるための小屋を「創造」し、


「あそこで着替えな?」


 とイブに伝えた。「うん!」と元気に返事をして小走りで小屋に向かって行くイブの背を眺めながら、着替えたらすぐ出れるように準備を進める。


 じっと待っていたら、確実に覗いてしまう。何か作業していないと、確実に覗いてしまう……。


 動物や魔物を従えることのできるスキル「テイム」を「創造」し、自分の造った馬と契約する。イブの馬とも契約し、万が一に備えたいが、さすがに勝手に契約するのは気が引ける。


(こ、これは行くしかない……。用事があるんだから仕方ない! もう誰も俺を止めれない!!)


 必死に探していた「ノックしてもいい理由」を見つけ、俺は「身体強化」し、超スピードで小屋の前まで行くと、俺のスピードの風圧で小屋が吹き飛んでしまう。


(あっ……えっ?)


 と絶句しながら、目の前の光景に言葉を失う。


「ちょ、ちょっと、アダム!!」


 イブは咄嗟に座り込み、脱ぎたてであろう巫女装束で上半身を隠したが、俺はもうギンギンだ。もう身体のそこら中が覚醒してしまっている。


「アダム? ちょっ、ちょっと待って!!」


 焦るイブの声に現実に戻ってくると同時に、(これは流石にヤバい!!)とすぐにイブに背を向けた。


「ご、ごめん! わざとじゃない! イブの馬も『テイム』していいか聞きに来ただけなんだけど……」


「なっ、なんで、それで小屋が壊れるの!?」


「い、いや……ちょっと急いで来たら、ふ、風圧で……」


「な、なんで急ぐのよ!? は、恥ずかしいから、また小屋を造って貰える?」


「わ、わかりました!」


 俺は即座に小屋を「創造」し、その場に座り込む。


(綺麗だった……。あれが……。いや、もう堪らん……)


 と脳内にイブの裸体を反芻しながら、これ確実に嫌われたんじゃね?と落胆した。


「ア、アダム? み、見たの……?」


 小屋の中からイブの声が聞こえてくる。(ええ。バッチリ見ましたとも!!)と叫びながら、


「いや、見てないよ? そ、それより馬の件だけど……?」


「…………本当に見てない?」


「み、見てない! ギリギリ見えなかったから!」


「…………わ、わかった。私の馬も『テイム』してくれたら助かります……」


「ご、ごめんな? じゃあイブの馬も契約しとくから……」


「……はい。お願いします」


 急に敬語に戻ったイブに(確実に嫌われた……)と焦りながらも、イブの裸体を思い返しては悶絶する。


 真っ白い肌。しなやかな手足。綺麗なくびれ。ふっくらとした胸。綺麗な曲線の尻。


(もう、俺、死んでもいいです……)


 ふざけた事を呟きながら、イブの馬との契約を済ますと小屋からイブが真っ赤な顔で出てくる。


「ご、ごめんな?」


「……アダムなら別にいい……」


 イブは口を尖らせながら拗ねたように呟き、ハッと口元を押さえた。さらに赤くなる顔に、俺は盛大に狼狽えながらも、自分の顔にも熱が集まってくるのを感じた。


(えっ……? 俺ならいいの……?)


 聞き間違いかもしれないが、これ以上、赤くなりようのないイブの顔に、


(えっ……? もしかして俺の事好きなの?)


 と思い、頭の中で狂喜乱舞するが、まともに話をして数時間でそんな都合の良いことあるわけないと、その考えを一蹴する。


「……い、行こう!?」


「あ、あぁ。行こうか……」


 少し泣きそうな淡褐色の瞳に見つめられ、急激に高まる心拍数に困惑しながらうわ言のように呟き、馬に跨ろうとするイブに手を差し出した。


「あ、ありがとう……」


 イブは礼を言いながら馬に乗り、少し冷たいイブの手の感触を刻み込みながら俺も馬に乗った。


 小屋破壊騒動ではちゃめちゃになっていたので、気にならなかったが、俺の「創造」した服はイブに果てしなく似合っていた。きっとどんな物を着ても似合うだろうけど、俺はなんだか嬉しかった。


「服……似合ってるな。……じゃあ、行くよ?」


「うん!」


 イブは先程の事など忘れているかのように、楽しそうに瞳を輝かせ屈託のない笑顔で元気に返事をした。俺たちを乗せた2頭の馬はゆっくりと森の中を歩き出した。

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