第5話 アダムとイブの出立
イブの顔から紅潮がなくなっているのが目に入り、かなり長い間自分が固まっていた事を理解する。
(え……? ただ俺に会いに来ただけ……?)
いやいや、『何で!!??』である。もう何だかめんどくさくなってきた。「会う」事が目的なんだったら、それはもう果たせただろう?とイブに視線を向けると、首を傾げて、「ん?」と笑みを浮かべている。
(いや、もうなに!??! 可愛んですけどッ!!)
俺は絶叫しながらイブの事を見つめるのは危険だと判断し、歩きながら紅茶を啜る。
結局のところ、『予言』も『ヤバい』ことも何もないと言うことなのだろうか?と俺は思案しているが、もういよいよ「めんどくさくい」が勝ってしまう。
来た理由など、ぶっちゃけどうでもいい。俺的には、自分が自由に暮らせるなら別になんでもいいのだ。無理にイブがここに来た理由を詮索して、「実は……」などと明言され、自由が奪われる可能性もなくはないのだ。
「触らぬ神に祟りなし」と言うし、ほっとけばそのうち帰るだろうと思考を手放し、また一つ紅茶を啜った。
もう「傍観する」と決めるとふっと肩が軽くなる。俺がふぅ〜っと小さく息を吐くと、イブはニッコリと微笑んで口を開いた。
「アダム。これからどうするつもりんですか?」
「えっ? あぁ。まだ決めてませんが、とりあえず適当な所で適当にゆっくり暮らそうかと思ってますよ?」
「へ、へぇ〜……。いいですね! 楽しそうです! どの街にするとかは決めているのですか?」
イブの様子に違和感はあるが、まぁ「予言の巫女」的には同じ「神代スキル」の様子を確かめ、所在の確認のためわざわざ足を運んでくれたのかもしれないと思った。
「いや、まだ特には決めてませんが……」
「…………辺境都市『アクア』なんてどうです?」
イブは弾けるような満面の笑みで声を上げるが、3年間ですっかり捻くれてしまった俺は「何か裏があるのでは?」と疑ってしまう……。
色々な想像を膨らませながら、
「水の都ですか……?」
と呟き、正直悪くないと思った。まだ行ったことはないが、「温泉」と呼ばれる風呂があり、清い水が絶えず流れる美しい都市だと聞いた事がある。
俺の『森羅万象』はあくまで、俺のイメージの範囲でしか「創造」する事が出来ないので、美しい都市にはシンプルに足を運んでみたいと思った。
不安気なイブの様子にもしかしたら「アクア」で何かめんどくさい『予言』が出たのか?と思考を巡らすが、多少の面倒事など、俺のスキルの前ではどうにでもできると結論を出す。
それにこんな美女と朝食を取れたのだ。その礼に災害や魔物の芽を摘むくらいはしてあげてもいい。俺はイブの整った容姿を見ながら微笑み、俺の自由な生活は幸先がいいなと思った。
「ど、どうでしょう? 行ってみては?」
なぜか頬を染めるイブが背を押す。何だか絶対に「アクア」に行って欲しそうなイブが何だかおかしくて「ふふっ」と笑い、
「悪くないですね。行ってみますよ」
と伝えると、イブは心底嬉しそうに笑顔を作り、かなり楽しそうだ。なかなか面倒な『予言』が出ているのかもしれないが、イブの笑顔が褒賞で満足だ。
「そうだよね! それがいいよ!」
急に砕けた口調になるイブに苦笑しながら「ん?」と首を傾げると、イブは「あっ……」と口元を手で押さえ、また仄かに頬を染めた。
(なんだ? この可愛すぎる生き物は……?)
と悶絶しながら、笑みが溢れてしまう。何がそんなに嬉しいのかはわからないが、嬉しそうにしているイブは絵になるなと思った。
確か、「アクア」は辺境の地だったはず。「時空」を操作し、すぐに向かってもいいが、どうせならゆっくりとダラダラとしながら向おう。
(徒歩は面倒だな……王都に戻り適当な馬で向かうとしたら10日くらいかな?)
と心で呟き、これが俺の自由への第一歩だ!と意気込んだ。念願の一人旅。周囲の人達にスキルがバレないようにしなければならないが、ふらりと立ち寄った街なので美味しい食事に舌鼓も悪くない。
「ではそろそろ、俺は出立しますが……? イブはどうします? 護衛を呼ぶくらいなら、『時空』を繋げますが?」
「…………」
イブは俺の発言に泣きそうな表情を浮かべ沈黙した。
(喜怒哀楽を隠せない人だな……)
俺は心で呟き、可愛らしい人だ。と微笑んだ。
存在自体は知っていても「予言の巫女」がどんな人なのかまるで知らなかった。ただ単純に俺と同じ「神代スキル」を持っている綺麗な人と言うイメージしかないのだ。
なんで泣きそうな表情を浮かべているのかはさて置き、きっと嘘をつけない人だろうと推察する。
俺は知ろうと思えば相手の心の中を覗くことくらい朝飯前だが、俺はそれを決してしない。
知らなくていい事は知らなくていいし、俺は「人」にスキルを使わないと心に決めている。それはあの乳だけ女神に禁じられているからではなく、俺がこのスキルを与えられた時に決めた事だ。
もちろん、相手が敵意を持って向かってくるなら話は別だが、俺は「人」に力を与えたりしない。
例えるなら、目の前で瀕死な人が倒れていたとして、回復薬を「創造」し与えることはしても、瀕死の「人」の時間を巻き戻したり、「自動治癒」などのスキルを与えて、元気な姿に戻す事はしないと言った感じだ。
「人」にまで干渉してしまえば、俺は「神」になってしまう。俺は別に「神」になりたい訳じゃないのだ。
イブが嘘をつけない人だと、俺が思ったのだから、俺はそれに従う。相手の心を覗き見て、確かめるようなマネはしない。
俺は未だに難しい顔をしているイブに声をかける。
「イブ? どうします?」
「えっ? え、えーっと……そ、そういえば私も『アクア』に用があるんです! よろしければアダムが護衛してくれると助かるのですが……?」
不安気な表情に、泳ぐ目。嘘をつけないにもほどがあるなと苦笑する。
イブがなぜこんな嘘をついているのかは知らないが、イブと2人旅と言うのも悪くない。いや、むしろ最高だ。
2人で旅しているうちに、「あんな事」や「こんな事」があるかもしれない。俺だって健全な18歳だ。異性に興味がないと言えば嘘になる。
だが、手を出せば全世界を敵に回す事になるだろうな……とすぐに煩悩を掻き消し、未だ不安そうにこちらの顔色を伺っているイブに声をかけた。
「いいですよ? じゃあ『アクア』に向かいましょうか?」
「よ、よろしいんですか!?」
イブの感情豊かな表情に3年間で培われた毒気が抜けていく。まだ何かを愛でる気持ちが俺には残されているようで安心した。
「ええ。のんびり行こうと思ってましたけど、急ぎの用ですか?」
おそらくアクアには何の用事もないのだろうと思いつつも、少しいじめたい衝動に駆られ、意地悪な言い方をしてみると、
「い、いいえ! ぜ、全然、時間には余裕があります!」
とイブは慌てた様子で大声をあげた。込み上がる笑みを堪える。
(これは癖になりそうだな……)
と心の中で呟きながら、自分の性格に少し呆れた。
「そうですか……。じゃぁ、いきましょうか!」
俺は気を取り直して明るい声をだすが、イブはまだ少し狼狽えているようで、「アクアに用なんてないんだろ?」とさらにいじめたくなってしまう。
「あ、あの……思ったのですが、アクアまでは距離がありますよね?」
「……そうですね」
「私達は同じ『神代スキル』を持ってますし、同い年ですよね?」
「……ええ……」
「敬語を使ってると、私が『予言の巫女』だとすぐバレませんか……?」
「ふっ……。そうですね」
そもそもイブの服装で確実にすぐバレると思うが、本人は気にしていないようなのでスルーして、次の言葉を待つ。
「え、えっとー……け、敬語はやめませんか……?」
イブの一生懸命な話し方に胸を締め付けられながら返答していたが、正直、願ってもない申し出だ。俺も丁度めんどくさくなってきた所でもあるのだ。イブの服装は後で何とかするとして、それに対する答えは「イエス」だ。
なにを隠そう、俺は丁寧な言葉が苦手だ。幼い頃から敬語を使う経験が少なすぎる。この国で敬語を使うのはイブとエデンの王であるアレクサンダーくらいだろう。
それにアクアまで10日ほどはかかる。その間ずっと敬語を使っていられるか不安に思っていたところでもあるのだ。
「そうしよう! イブがいいなら!」
「………。ぜひ!」
勝手に威厳を醸し出している印象を抱いていたが、よく笑う普通の女の子の印象だ。
イブがもつスキルや権力と地位にばかり目がいって、本人の気持ちや、人と成りに目を向ける事がなかったが、いざ接してみるとどうだろう……?
これ、惚れない男いるのか?もう、俺はノックアウトしている。あとはカウント10を待つだけだ。
「じゃあ、行こうか? イブ」
「ええ。楽しみだね! アダム」
イブの笑顔に軽く頬を染めてしまう。俺は自分で造った家のドアを開きながら頭を掻いた。
「どうぞ?」
「ふふ。ありがとう」
イブが外に出て行くとき、仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐった。自分の五感がイブに好意を抱いているのを自覚し、深くため息を吐きながら笑みを溢した。
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