第4話 「二度目」の邂逅
華麗に勇者パーティーを追放された俺だが、あと5年くらいはアイツらのお守りをする予定だっただけに、いざ、暇になると特にやりたい事などない事に気づく。
俺の「スキル」があれば、どんな事でもできる。いや、冗談とかではなく、本当にどんな事もできるのだ。万能の力を持っているからこそ、何をすればいいのかわからなくなるのは人間の性かもしれない。
ゆっくりとカフェでも経営するか?はたまた、宿屋の亭主ってのも悪くない。知る人ぞ知る、隠れ家的な料理店なども面白いかもしれない。放浪の一人旅と言うのも悪くないな……。
考え出してみればどれも楽しそうで、改めて自分の自由を実感する。とりあえず、時間に縛られる事がないので、どこか適当な所に新居でも構えて、ゆっくりと考えよう。故郷である「フィラリア」に帰る選択肢もなくはないが、一応、勇者パーティーを追放された手前、どこかバツが悪いので却下だ。
と言うか、アイツら本当に大丈夫だろうか? 魔王軍幹部ですら、かなりステータスを弱体化させてやったはずだ……。大量の雑魚モンスターが攻めて来た時も、気づかれない程度にかなりの数を「削除」した。休憩の合間に「トイレ行ってくるー」などと理由をつけて、目についた魔物を狩ってやっていたりしたのだが……。
ベルゼブの時など、明らかに無理ゲーだったので、最終的にHPを残り1にしてやってギリギリ勝っていたのだけど……。
(……うん。アイツら、すぐ死ぬな)
心で冥福を祈りながら、まだ訃報の届いていないブルックの死を少しばかり悲しんだ。他のやつらは別にさっさと死んでくれて構わない。アリステラなど真っ先に死んで欲しい。
あっ。魔王軍側の味方になって、ブルック以外に仕返しでもしようかな? と思案したが、2秒でめんどくさくなったのでやめた。
ふぁあーーっと欠伸を一つして、どうするかは明日考えようと、王都から適度に離れた、適当な森に、適当な家を「創造」してふかふかのベッドで眠りについた。
※※※※
気持ち良く眠っていた俺は、家をノックする音で目を覚ました。コンッコンッ。と優しく軽やかな音が簡易的に作った家にはよく響いた。
まだ眠たい瞳を擦りながら、「ここ、誰かの敷地だったのかな?」とぼんやりと思考を巡らせた。森のかなり奥地のはずだったのだが……?と不思議に思いながら、
「はい〜?」
と深いため息を吐いて、ドアを開いた。
白と赤の巫女装束に「天の羽衣」を身に纏った女性が立っていた。綺麗な長い黒髪は「紅い神紐」で造られた「神留め」でふんわりと束ねられている。
全てを包み込む、茶色と深緑色が混じり合った淡褐色の瞳に白い肌と形の良い鼻。少し薄い唇は艶やかで、華奢な身体の周囲には人間らしからぬ神聖なオーラを纏っている。
予期せぬ来訪者に空いた口が塞がらない。息を飲むほど美しく、「見る者全てを虜にする」と言わしめる彼女に向けられた賛辞は、決して誇張されている訳ではないようだ。
「……巫女様? なんでここに……?」
「お久しぶりです。アダム」
巫女様は微かに頬を染めて、綺麗にお辞儀し、小さく首を傾げた。森に差し込む朝日が彼女の美しさを助長させている。絶句する俺に巫女様は口元を心底嬉しそうに笑みを浮かべ、口を開いた。
「勇者パーティーを抜けたみたいですね?」
心臓がバクンッと脈打ち、見惚れている場合ではないことを自覚する。15歳の頃、「お互いに頑張ろう」などと言っておきながら、自分は早々にフェードアウトしたのだ。
「いやいや、正確には『クビ』になったんですよ?」
ここははっきりしておかないといけない。『予言』を蔑ろにしたわけではないと理解して貰い、「ちゃんと頑張ってたけど、アイツらが……」的な、「俺は悪くない」的な弁解をする俺に、巫女様はクスッと妖艶に笑う。
「……えぇ。存じておりますよ」
穏やかな口調にホッと胸を撫で下ろす。勢いでパーティーを去ったが、『ヤバい』事になったわけではなさそうだ。
「……問題はないと思いますが?」
「そうですね……」
巫女様はそう呟いて、そこから何も言わない。とりあえず、誤解はしていないようだが、パーティー脱退の話ではないのだとしたら、
(なぜ彼女はここに来たんだ?)
と俺はプチパニックに陥る。世界最重要人物が護衛も連れずに1人で訪れたのだ。それ相応の目的があるに違いない……。俺は巫女様の次の言葉を待つが、一向に話し始める気配が見受けられない。
「あっ。え、えっとー……とりあえず上がります?」
ずっと玄関先で固まっているのは失礼な気がしたので、とりあえずお茶の一杯でも出して、すぐにお引き取り願うとするとしよう。
「よ、よろしいのですか?」
パーッと明るく弾ける笑顔で巫女様は言う。(いや、まぁ可愛いけどっ!!)3年前に会った時に残っていた幼さは消えており、すっかり大人の女性になっている巫女様に戸惑ってしまう。
「え、えぇ……」
巫女様の魂胆はわからないが、もう面倒な事はこりごりだ。またあの無能達を助けてやれ。と言われた所で可能な限り拒否してやる。『ヤバい』事が何だか知らないが、もう誰にも俺の自由は奪わせない!と決意する。
部屋の中を造り変え、テーブルと椅子、最高級の紅茶と茶器を創造し、巫女様を椅子に促した。
「すごいです! これが『森羅万象』! さすがですね、アダム」
巫女様はこの世界の中で俺の神代スキル『森羅万象』を知っているただ1人の人物でもあり、それは2人だけの秘密になっているはずだ。俺の「創造」に感嘆の声を上げ、無邪気な笑顔を浮かべる。
俺自身、人前であからさまに「森羅万象」を使ったのは初めてだ。実際、常にパーティーメンバーと居たので、ろくにスキルを使用できなかったのだ。無邪気に喜んでくれる巫女様の笑顔になんだか満更でもない気分になる。
「……他に何か欲しいものはあります?」
「……そうですねー……。では、朝食をお願いします」
「何がいいですか?」
「アダムが食べるものと同じ物を」
俺の頭には疑問符が縦横無尽に駆け回っているが、とりあえず、今は気分がいいので、パンとサラダ、ハムエッグにスープなどを「創造」する。
創造された食事に巫女様は、
「すごいです! アダム!」
とキラッキラの笑顔を向けてくれる。
(本来、俺のスキルはこうなるべきなんだ!)
俺は人前で創造できる喜びを初めて知り、悦に浸るが、巫女様は少しシュンとした様子で唇を噛む。
やっぱり、巫女様の故郷の料理である、お米や味噌スープなどの方が良かったか?と思ったが、何だかケチをつけられたみたいで気に食わない。別に俺がそこまでしてやる筋合いはない。
同じ「神代スキル」を持つ者なのだから俺が下手に出てやる必要はない気もするが、幼い頃助けられた恩義と、地位を確立している巫女様のほうが立場は上なのは理解している。
「ア、アダムも一緒にどうですか……?」
巫女様は頬を染めて、恥ずかしそうにしている。先程の「シュン」は一人で食べさせられそうになった事に対する物だったのか?と理解し、器の小さい自分が少し恥ずかしくなりながら、
(この巫女様、本当に何しにここに来たんだ?)
と心の中で呟くが、小腹も空いている事だし、その意見に賛同する。どうせ食べるのだったら1人で食べるよりも美女と食べた方が食事も美味いに決まっている。
俺は同じ物を創造し、巫女様の前に腰掛けると巫女様は屈託のない美しい笑みを浮かべる。思わずドキッとしてしまう俺は、まだ自分がドキドキする純情な心を持っている事に驚嘆した。
「いただきます」
「い、いただきます……」
2人の咀嚼音や食器とスプーンがぶつかる音が部屋の中に響く。会話はなく、まだ明確な答えはわからないが、緩やかな朝の日差しを受けながら、朝食を2人で食べるのは何だか悪くなかった。曖昧な表現だけど、しっくりくるような……。それが当たり前のことの様な……。まぁ、悪くないとしか言えない。
「ご馳走様〜」
「ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
満足そうに笑う巫女様。いくら万能の俺とはいえ、気を抜くと巫女様に惚れてしまいそうになる。
「あ、あぁ。お口に合ってよかったです。ところで、巫女様……。なぜここに?」
俺は優雅な朝食を食べながらも、巫女様がこの場所に来た理由を探していた。パーティー脱退は関係がないようだし、それ以外で俺に用があるとすれば、俺に関係する新たな『予言』が出たのだろう。
正直、聞きたくない。また縛られるのはごめんだ。俺はやっと自分の人生を歩き始めたんだ。俺の問いかけに巫女様は頬を染める。「ん?」と眉を顰める俺の事を見ようともしない。もうわけがわからない。誰か助けて下さい!
「私のことは『イブ』とお呼び下さい……」
「……えっ?」
「私の名前はイブ・アダムスです……。どうかイブとお呼び下さい……」
「……いや、名前は知ってますけど、ここに来た理由は……?」
「…………」
巫女様は俯き、今にも泣き出しそうな雰囲気だ。(俺、別に何もしてないだろ?)と誰かに弁解しながらも、こちらまで悲しくなってしまいそうな表情は見るに耐えない。
「い、イブ?」
「…………はい!?」
淡褐色の瞳に困惑顔の俺が写っている。巫女様、もとい、イブは頬を染め、うるうるの瞳で俺を見つめている。
(か、可愛いじゃねぇか……。コイツぅ……)
と心の中で悶絶しながら、必死にそれを振り払い、イブの魂胆を探ろうとする。
「……『ヤバい』事になります……?」
さすがの俺も声が震えている。明言される事に畏怖が付き纏うが、聞かないわけにはいかない。何度思案した所で『予言』か『ヤバい事』の二択なのだ。
いま思えば『予言』だったのだとしたら、玄関先で済ませれたはずである。まだ何も言わないのは、かなり言いづらいからに違いない。
「…………」
見つめ合う両者。イブは何かを考えているだけで、口を開かない。無言の圧に耐えきれず、俺はさらに口を開く。
「イブ、あなたは何しに来たんです?」
「わ、私はただアダムに会いに来ただけです!!」
予想だにしない理由に俺はもうノックアウト寸前である。イブは白い頬を真っ赤に染め、自分の手で顔を覆う。
「………はぇっ?」
俺の間抜けな声が部屋の中に響き、慌てふためく俺の様子が見えたのか、イブは顔を手で覆いながらも「ふふふっ」と楽しそうに笑った。
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