第3話 「予言の巫女」 (イブ視点)



side イブ・アダムス



 大国エデンの国境沿い、新興都市「ルビー」の視察も昨日で全ての日程を済まし、宿泊している宿のベッドで、私ことイブ・アダムスは目を覚ました。


 私は久しぶりに夢を見た。私の夢は全て「予知夢」であり、3年後の未来が視えるのである。それは私が神から授かった「神代スキル『予言者』」の能力の一つであり、確実に起こりうる出来事なのである。


(嘘でしょ……? なんで……?)


 と心の中で呟きながら、真っ赤になった顔を手で覆った。つい先程まで見ていた幸福な「夢」は3年後に叶う事は絶対にないはずなのだ。


 なぜなら「夢」に出てきた旦那様は3年程の時間では「平穏」を手にする事はできないはずだからだ。


 大国エデンの辺境都市「アクア」。別名「水の都」とも呼ばれる清く美しい都市で暮らす一つの家族。


 赤髪をゆらめかせ、私と同じ淡褐色の瞳を持つ男の子と女の子の赤ちゃん。整った容姿はきっと旦那の遺伝だろうと思うと頬が染まってしまう。


 旦那はアダム・エバーソン。私と同じ「神代スキル」の持ち主であり、現在、魔王討伐に向かっている勇者パーティーの1人だ。


(嘘でしょ!? 待って、待って!)


 見ていた夢を思い返す度に、赤く染まる頬を手の冷気で冷ましながらアダムと初めて会った時を思い返した。



※※※※


 あれはまだ私が8歳の頃。


「イブ〜? 2ヶ月後くらいに『フィラリア』って街がデッカい地震で消えちゃうよ〜!」


 唐突に聞かされた「神の言葉」に困惑しながらも、人命の避難勧告のために訪れた、フィラリアで出会った1人の少年こそがアダム・エバーソンだった。


 綺麗な赤髪に涼しげな漆黒の瞳。いつも接している神々特有の雰囲気と同じ雰囲気を醸し出す、美形な少年に幼い私は瞳を奪われてしまう。


 視線を外せない私と目が合った少年は少し首を傾げて歩み寄って来た。


「おい。何かこの街ヤバいらしいぞ。お前も早く逃げろ」


「……えっ? ええ」


 そのヤバい事を伝えに来た私に、「ヤバいらしいぞ」と伝える少年。もちろん、私の事を「予言の巫女」だと言う事は知らないであろうその少年は、遅れてやってきた私の護衛達に連れられ、すぐにその場を去っていく。


「ね、ねぇ! あなたの名前は?」


 私は多分、生まれてから1番大きな声でその少年に問いかけると、少年は護衛に抱えられながら、


「俺、アダム。アダム・エバーソン!」


 と元気に名前を叫んだ。


「アダム・エバーソン……」


 心に刻み込むように名前を反芻し、私は大災害が訪れる地で不謹慎にも恋に落ちた。


※※※※


 懐かしい記憶に頬を緩めながら、私は急いで、支度にとりかかった。


 今日は3年ぶりにアダムに会える。


 勇者パーティーが魔王軍四天王の1人であるベルゼブを討伐した論功行賞が王宮で執り行われる事となっている。


 15歳の時の再会では、あまりの緊張で食事も喉を通らなかった。少し大人になったアダムは、かっこよさに磨きがかかっており、目眩すら感じてしまう程だ。


 でも幼い頃から変わっていない、綺麗な赤髪と漆黒の瞳は私の胸を締め付けて、もう本当に死んでしまうのではないか?と思うほど胸が高鳴った。


 3年の時を経て、アダムがどのように成長しているのか気になって仕方がない。私は「予言の巫女」らしからぬ、浮き足立つ足元に喝を入れ、王宮への帰路についた。


 私は心の中で、(式典には間に合わないな……。夜には着けばいんだけど……)と呟き、移りゆく景色を眺めながらアダムを想った。



 王宮に着いた頃にはすっかり日が落ちていた。到着するなり、鏡の前に立ち入念に身なりを整える。


(大丈夫かな……?)


 みんなは気を遣っているのか、「お綺麗ですよ?」などと褒めてくれるが、おそらく私に対する忖度だろう。


 私はただみんなを助けているだけなのに、日増しに権力が増大している気がする。たまたまスキルを与えられただけで、特別な事など何もしていないはずなのに……と滅入ってしまう。


「お互い頑張りましょう」


 どこからか15歳のアダムの声が聞こえた気がして、気分を持ち直し、高鳴る鼓動を抑えながら宴会が開かれている大広間に向かった。


 私が広間に入ると歓声が沸き、周囲の人達は跪く。これは本当に恥ずかしくて、申し訳ない気持ちになるが、それ以上にアダムに会いたいのだから仕方がない。


 テラスに勇者一行がいるのを見つけ、一目散に歩みを進めるが、お目当ての姿が見当たらず困惑し、焦ってしまう。


「……アダムは?」


 私はどこにいても目立つはずの赤髪を探すが、どこを探してもアダムの姿は見当たらない。勇者一行は皆が勇者エドワードに視線を移しており、私も勇者の言葉を待つ。


 直感的に「何か」があった事を理解し、今朝見た「夢」を思い出し、抑えきれない期待感が全身を駆け抜け、身体を微かに震えさせる。


「……つい、今しがた、このパーティーを追放しました……」


 苦虫を噛み潰したように勇者様は答えた。本音を言えば、この勇者様の名前すら思い出せない……。


(追放……? アダムが……?)


 私は心の中で呟きながら、何て愚かな事を……と絶句してしまうが、急に舞い降りた「夢」の信憑性に思わず目を見開き、勇者一行への興味が冷めていくのを感じた。


 アダムの所在を今すぐにでも『予言』したい衝動を抑えていると、勇者様と目が合う。しばらくの間、固まった私に違和感を抱かれたようだ。


 私は詳しく話を聞こうと、次の言葉を探すが、「夢」の実現性に軽いパニックに陥り、時間を稼ごうと、曖昧な言葉しか出て来ない。


「……ア、アダムは何と?」


「『2度と俺の前に現れるな』と……」


「あれ? アダムは自分から去ったのですか……?」


「い、いえ、売り言葉に買い言葉で……。我々が……」


 勇者様は視線を落とし、小さな声で懺悔する。私はアダムが「自分から」パーティーを去った訳ではない事に安堵する。


「お互い頑張りましょう」


 と言う誓いが破られていない事に安堵したのだ。きっとアダムは全力を尽くしていたはずであると、15歳のアダムを思い出しては緩んでしまう頬を自重する。


「えっとー……『勇者様』……? 頑張って魔王を討伐して下さいね?」


 名前を思い返した所で、「勇者」であると言う認識しかない私にはこれが精一杯だった。


「は、はいっ! 任せて下さい! 俺は勇者なので!」


 勇者様の自負に満ちた言葉に苦笑しながらも、聖女様が唇を噛み締めているのが目に付き、きっと勇者様に恋しているのだろうと察した。


「ふふっ。まぁ……。勇者様、聖盾騎士様、魔導士様、……聖女様。全人類のために頑張って下さいね?」


 私は途中で名前を思い出すのを諦め、一刻も早くこの場所から去り、アダムの所在を確かめようと心に決め、


「ちょっと用事ができましたので、失礼します。皆様の活躍をお祈りしております……」


 と早々に去った。


(これってアダムはもう魔王討伐しなくていいって事よね? ちょっと待って! これは『ヤバい』ことになったわ!)


 心の中で叫び、胸を焦がしながら王宮に設けられた自分の部屋に急ぎ、部屋に入るなりスキルを発動させる。


 普段は神々からの「どこどこが危ないよ〜」だとか「あそこの魔物が活性化してるよ〜」などと、神々からの発信が多いが、今回ばかりはこちらから神に意見を求める。


「アダム・エバーソンはどこにいますか?」


 誰もいない、必要以上に豪華で広い部屋に私の声がゆっくりと溶け込む。淡い光が部屋に姿を現し、口を開く。


「王都から離れた南西の森で夜を明かすみたい! 頑張ってね〜。イブ!」


 神の声に頬を染めながら「ありがとうございます」と小さく呟き、思案する。


 ここから南西……。そのまま進めば辺境都市「アクア」があるはずだ。


(やっぱり『夢』は……)


 込み上がる笑みを抑えるために唇を噛み締めながら、部屋を飛び出し、エデンの王であるアレクサンダーの元に向かい、しばらく王宮を離れる事を伝えた。


「み、巫女様……急にどうされた? 何か不都合な事でも?」


 アレクサンダーは私の不可解な行動に眉を顰めた。


「いいえ、何もありません……。安心なさって下さい。『予言』があればすぐに知らせます。どうやら私の『幸福』が近くにあるみたいなので」


 アレクサンダーは目を見開き、驚いているがもう私を止める事はできない。


「み、巫女様!!??」


 呼び止めるアレクサンダーの声が私の背に投げかけられるが、私の顔は緩みっぱなしで、振り返る事もせず、自室へと向かう。


(待っててね。アダム!)


 私は心の中で呟き、夜が明けるのを待っていたが、我慢できずに太陽が顔を出す前に城を出た。


「ふふっ」


 と小さく笑いながら、ゆっくりと王都を進んだ。石畳を踏む馬の足音は軽やかで、閑散としている王都の空によく響いた。

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