第2話 アダムが去った後の勇者一行……



 エドワードは優雅に夜空を闊歩しながら去っていくアダムを見送りながら(そんなスキル持ってたんだ?)と何も理解できず、唖然とした。


「あの赤髪をもう見なくていいって思うと清々するわ!」


 自分の恋人でもあるアリステラの声に現実に帰ってくる。甘い美酒に酔いが回ってないとは言えない。流石に言いすぎたかもしれないと思いながら、アダムにはアダムの苦悩があったのかもしれない……と思案する。


「行っちまったな……」


「ブルックはアダムにすら優しくしていたもんね。でも、クビにして正解だよ!」


 ブルックの喪失感がわかってしまうエドワード。知り合って3年。少しばかり傲慢な所も見受けられたが仲間であった事は隠しようのない事実なのだ。ハンナの言葉は右から左に消え去っていく。


 エドワードは瞳を閉じ、つい先程去っていったアダムの姿を反芻する。赤髪に端正な顔立ち。漆黒の瞳は全てを見透かしているようだった。無駄にしか見えない進路変更。頻繁に「トイレ」に向かう姿。余裕綽々な態度……。


 それらに憤りを募らせ、ついに爆発してしまったが、アダムから謝罪の一つでもあれば自分はそれを受け入れ、皆が魔王討伐に向けて一致団結できていたはずなのだ。


 いつも飄々としていて、いつもどこか退屈なそうで……。まるで自分の事を「勇者」と認めていないかのような態度にいつも苛立っていたはずなのに、自分が取り返しのつかない事をしでかしてしまったような……、もう打つ手が残されていないような、不安感に苛まれる。


 最後の最後まで、掴み所を見つけられなかったが「アイツ」の背中はやけに頼もしく、アダムの人成らざる雰囲気を思い出しては、強引に掻き消した。


(俺は間違ってない。俺は間違ってない。アイツが間違っているんだ。アイツが間違っているんだ。俺は勇者だ。俺は勇者だ)



 ひどい喪失感の中、エドワードは呪文のように、これらの言葉を繰り返した。なかなか消えない焦燥感はきっと美酒に酔ってしまったのだ……と無理矢理に自分を納得させ、気を引き締め直した。


「……大丈夫だ。俺達は4人でやっていける!」


 エドワードはまるで自分に言い聞かせるように無駄に声を張り上げた。


「当たり前じゃない! アダムなんていらないよ! エドがいれば、私達は最強なんだからっ!」


 ハンナも言いようのない不安に襲われている。なまじ常人よりも優れた魔力量や、優れた魔術の才能が必死に警鐘を鳴らしているのを見ないふりをしていた。


「当たり前でしょ! エドは「勇者」なのよ? 本当に清々したわ……。やっと魔王討伐に本腰を入れられるわね!」


 アリステラはアダムがパーティーを抜けた事を本当に喜んだ。いつも眠そうで、めんどくさそうなあの表情……。大聖女である自分に侮蔑の表情を向け、勇者であるエドワードに呆れ切った苦笑を浮かべる。もうあの無言で責め立てられているような感覚を味合わなくて済む……。もうあの忌々しい男と顔を合わせなくていいのだと歓喜する。



 ブルックは無言を貫いた。口を開けばパーティーの決定を否定する言葉が垂れ流されてしまう予感に思わず口を紡いだのだ。アダムは少し傲慢な所はあるが、いいやつだった。


 皆が不安に駆られている時も「大丈夫だ。『絶対』になんとかなる!」と影ながらパーティーを引っ張ってくれていたのを知っている。どんな時でも余裕綽々で、アダムが慌てふためく姿など見た事がない。命掛けの討伐に向かう時ですら、「『絶対』に死なないから大丈夫だ。今日も全力で行こうぜ?」と皆を叱咤激励していた。


 そのくせ、戦闘の時はあまり目立つ動きはしていなかったので今回のような結果を招いたのだが、アダムの『絶対』がブルックにとってはエドワードと並ぶ精神的支柱だった。


 でも、流石に今回は目に余る所がありすぎた。皆が必死にベルゼブとの戦闘をしているのを傍観していたのだ。心底、呆れ果てたように……、心底、退屈そうに……。深い深いため息を吐きながら……。


 アダムの事は嫌いじゃないが、せめて一言、謝罪してくれれば俺はいくらでも味方になったのに……とブルックは後悔を滲ませた。



「とりあえず、明日は4人での戦闘テストのために比較的安全な魔王領地に向かう。みんなそのつもりで準備しておいてくれ」


 エドワードは一刻も早く不安を拭い去りたい一心で言葉を紡ぐが、みんなの顔は曇る。


「明日くらいゆっくり休んでもいんじゃない?」


「そうだよ。邪魔者も居なくなったんだから!」


「俺も明日は1日休ませてくれ……」


 エドワードは皆の意見を聞きながら、ふぅーっと大きく息を吐きながら(何を焦ってるんだ? 俺は『勇者』だぞ……!)と心で呟き、自分の存在意義を再確認し、皆の意見を聞き入れる。


「わかった。明日1日ゆっくり休んで、明後日にでも戦闘テストに行こう!」


「まぁ何も変わらないと思うけどね?」


 アリステラは笑いながら呆れた様子で口を開いた。


「確かに、居ても居なくても一緒だったよね?」


 ハンナは明るく声を弾ませるが、空元気であるのは一目瞭然で、必死に同意を求めているようにしか聞こえない。


「わかった……」


 ブルックの言葉には一種の覚悟が滲んでおり、エドワードは益々、取り返しのつかない事をしてしまった気分に陥ってしまい、誰にも気付かれないように深くため息を吐く。


(アダム……。お前が悪いんだからな……)


 と心の中で赤髪を揺らめかせ、余裕綽々で笑うアダムに向けて呟いた。




 突如湧き上がった歓声に「何事か?」と視線を向けると1人の女性の姿が目に入る。


 『見る者全てを虜にする』


 エドワードは彼女を視界に写した時点で、それは戯言でない事を理解してしまう。アリステラはエドワードの視界に「彼女」が写らないよう咄嗟に移動したが、「彼女」は一目散にこちらに向かってくる。


「……予言の巫女様……」


 半ば無意識で声を発し跪く。エドワードの挙動にパーティーメンバーが続く。


「……アダムは?」


 巫女様は周囲を見渡し、不思議そうに呟いた。メンバーのみんなはエドワードに視線を向け、言葉を促す。


「……つい、今しがた、このパーティーを追放しました……」


「…………」


 エドワードは何も言葉を発さない巫女様を不思議に思い、失礼は承知の上で顔を上げると、淡褐色の瞳をこれでもか!と見開き、微かに笑みを溢す巫女様と目が合った。


「…………えっ?」


 エドワードは薄く笑っている巫女様に思わず疑問の言葉が口から溢れたが、巫女様の笑顔に思わず赤面してしまいそうになる。


「……ア、アダムは何と?」


「『2度と俺の前に現れるな』と……」


「あれ? アダムは自分から去ったのですか……?」


「い、いえ、売り言葉に買い言葉で……。我々が……」


「えっとー……『勇者様』……? 頑張って魔王を討伐して下さいね?」


 巫女様は穏やかに微笑みながら激励する。


「は、はいっ! 任せて下さい! 俺は勇者なので!」


 アダムが去って行った喪失感など、跡形もなく消え去ってしまう。巫女様の激励にはそれだけの力がある。


 アリステラは少し面白くなさそうに唇を噛み締めたが、顔を伏せているのでそれは誰にも見られてはいない。


「ふふっ。まぁ……。勇者様、聖盾騎士様、魔導士様、……聖女様。全人類のために頑張って下さいね?」



 言葉を詰まらせた巫女様に一同は曖昧な違和感を抱いたが、激励の言葉に力が満ちるのを感じた。


 エドワードはこの世にこれほどまでに美しい者が存在するのか?と絶句し、ただただ見惚れてしまいながら、自分の選択が間違いでない事を確信する。


 ブルックは巫女様の言葉に小さな違和感を抱いたが、その違和感の正体はまるで見当がつかなかった。


 ハンナは直感的に巫女様が喜んでいる事を理解する。アダムの追放は正しい選択だったのだ。と確信を深めると同時に、同性であるはずなのに騒がしい心拍数に困惑した。


 アリステラはエドワードが巫女様に見惚れているのを眺めていた。渦巻く嫉妬心に心を焼かれながらも、これは一時のことでしかない。と自分に言い聞かせ、早く巫女様が去るのを祈った。


「ちょっと用事ができましたので、失礼します。皆様の活躍をお祈りしております……」


 巫女様はそう言い残し去っていく。


 一同はその美しい後姿に目を奪われながら、気を引き締め直し、明後日の戦闘テストに照準を合わせた。


 単純な確認作業である戦闘テストが地獄と化す事は、パーティー内の誰一人として、予想していない。

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