第1話 俺が追放!?(笑)


――――3年後。


 勇者パーティーの一員である俺は、魔王ルシフェルの側近であるベルゼブの討伐に際し、王城にて執り行われる勇者パーティーの論功行賞に訪れていた。


 四天王の1人でもあるベルゼブ討伐は、瞬く間に国中に知れ渡り、論功行賞には複数の国民達が押し寄せていた。


「パーティーメンバー全員に金貨10億枚を授与する」


 大国「エデン」の国王アレクサンダーは高らかに宣言し、参列者からは歓声が響き渡った。


「有り難き幸せでございます、国王」


 勇者エドワードがメンバーを代表して挨拶を述べる。


(金貨10億枚か……。まぁ悪くはない)


 俺は心の中でそう呟き、褒賞の額に満足しながらも、何に使おうか思案する。本音を言えば俺の『スキル』を使えば、お金なんて全く必要ないのだが、やはり目に見える富はあっても困らない。


 式典は滞りなく進み、王族や貴族と共に宴会が行われた。美酒に美食、この国のあらゆる最高級のものが立ち並んでおり、参加者は一様に笑みを溢している。




 大広間の大きなテラス。明らかに不穏な空気が流れている一角は、今まさに俺がいる場所だ。メンバーは最高の美酒に酔いしれ、仄かに頬を赤く染めている。


 全員が15歳の頃、「予言の巫女」イブ・アダムスによって集められた5人の勇者パーティーは3年間の活動の末、ようやく四天王の1人ベルゼブを討ち取ったのだ。


「今回は本当にギリギリだった……。本当に、本当にギリギリだった……。みんなが全てを出し切らなければ確実にベルゼブは討てなかっただろう」


 神妙な面持ちで勇者エドワードは口を開いた。


 聖剣エクスカリバーに選ばれた真の勇者であるエドワード。もう3年も経っているのにも関わらず、全くと言っていいほど容姿が変わってない。


 短い黒髪に黒茶色の瞳。幼さが抜けきらない可愛い感じの男前で、容姿と「勇者」というギャップに、骨抜きにされてしまう女性が後をたたない。ピカピカの鎧を常に纏い、勇者である事の自負が極めて高いのもこの男の特徴の一つだ。


「ハンナは火や水、風と土など、あらゆる魔法でサポートしてくれた。どれか一つでも欠けていたら、ベルゼブは討てなかったかもしれない……。ありがとな」


 エドワードの言葉に魔導士ハンナは照れたような、誇らしいような曖昧な笑みを浮かべる。


 青色のゆるふわの長髪に茶色の瞳がよく似合っている。魔法の四大元素を全て網羅し、魔力量は常人の比ではない。ゆくゆくは立派な賢者として、この国の歴史に名前を残す事間違いなし!と言われている逸材である。



「ブルックは危険な前衛に果敢に飛び出し、身を挺してみんなを守ってくれた。みんなを代表して感謝を伝えさせてくれ。ありがとう」


 盾役ブルックも満更ではない様子で力強く頷く。


 長身にガッチリとした体型とは裏腹に、何かと細かいことに気を配れるちょっとだけ良いやつだ。茶色の髪を逆立て、聖盾騎士の兜がよく似合うワイルドイケメンで、神器級の大盾を軽々と操り、肉壁となってみんなを守る。これほどできる盾役はこの国にブルック1人だけだろう。


「アリステラは味方の回復、神聖魔法による攻撃など攻守に渡って活躍してくれた。アリステラが居なければこの中の誰かは命を落としていた事だろう。ありがとう……」


 聖女アリステラは美酒で染まった頬をさらに染めて恥じらいを見せながらもコクンと頷いた。


 金髪ストレートに紫色の瞳。回復魔法は朝飯前。魂が浄化していなければ蘇生魔法すらも出来ると言われている、聖女だ。


 エドワードとなにやら怪しい雰囲気で、夜な夜なゴソゴソとしているのを俺は知っている。純潔を守れない聖女など聖女ではない!


 可憐な容姿にクソビッチの称号を獲得している、聖女らしからぬ女だ。俺はアリステラの言動が一々、鼻につくので、シンプルにこの女が嫌いだ。


 流れ的に最後は俺の番だろうとエドワードの言葉を待つが、何やら様子がおかしい……。


「アダム……。お前は今日何をした?」


 明らかに責めている口調のエドワードの言葉に、俺は思わず「はっ?」と言う表情を浮かべる。


「みんなが必死に戦っている時、お前は何をしていたんだ?」


「いやいや、俺がいなかったら、ぜった」


「言い訳が聞きたいわけじゃない! アダム……。みんなが全てを出し尽くしてベルゼブを討ち、こうしてみんな、賞賛を得る事ができたんだ……。俺は……何もしていないくせに、賞賛も褒賞も甘んじて受け入れるお前の人間性の事を言っているんだ!」


 エドワードは俺の言葉を遮り、捲し立てる。


「確かに、今回ばかりは俺も同意見だわ……みんなが血を流して懸命に戦ってたんだ……」


「そうよ! いつも後方で何やら手を動かしているだけで……。いつも無傷で……。一体、あなたは何ができるのよ!?」


 ブルックとハンナがエドワードに続く。


 確かに俺のスキルの事は伝えてはいないが、「相手を弱体化させる魔法を使っている」とこれまでに散々言ってきたはずである。


「……いや、だから、相手を」


「私も同じ後方なのでよくわかりますよ? アダムさんが何もしていない事が! みんなの危機に慌てたり、飛び込んでしまったり……あなたには仲間を思いやる心はないのですか!?」


 次に俺の言葉を遮ったのはアリステラだ。


「だから、俺がいなかっ」


「そもそも『調整者』って何ですか? みんなはちゃんとした役職を与えられているのにも関わらず、『調整者』など聞いた事がありません!!」


 堰を切ったように捲し立てるアリステラ。



 確かに、俺の「スキル」の事を話すのは、スキルを与えてくれた巨乳の女神に禁じられている。俺の力を疑いたくなるのも無理はないが、コイツら言い過ぎじゃね?と苛立ちが募る。


 「調整者」と言う役職も、始めは戸惑ったが、俺の仕事は間違いなく「調整者」だ。相手と仲間の力のバランスをとるのが、このパーティー内での俺の仕事なのだから。


 俺の『スキル』で相手のステータスを弱体化させ、パーティーメンバーが全力を出し切ってギリギリ勝利させることで、メンバーの成長を促し、魔王を討伐させるのが、俺が「予言の巫女」であるイブ・アダムス、もとい、「神」に課せられた使命なのだ。


 コイツらは俺がどれだけ神経をすり減らしながら、顔を立ててやってると思ってるんだ? ぶっちゃけ魔王なんぞ、存在そのものを消してやれば、1秒も経たずに瞬殺できちゃうんだぞ? お前らの不細工な戦闘を見守っているこっちの身にもなって欲しい……。



「アダム……。お前がいると、このパーティーの士気が下がる……。言ってる意味わかるか……?」


 エドワードは眉間に皺を寄せながら目を閉じて、諭すように俺に言う。


(えっ……? これ、クビ? 俺が……?)


 あまりに馬鹿げた発言に思わず笑みを浮かべてしまう。このパーティーから去れるかも……と言う期待感が心中を蹂躙し、止まることを知らない。


「何笑ってるの? そうゆう所も虫唾が走るのよ!」


 ハンナは辛辣な言葉を俺に投げかける。


「わりぃな……」


 ブルックは目を伏せ、俺の顔を見ようとしない。


「神に懺悔なさい。きっと救われるわ」


 アリステラは冷淡な口調で俺を罵る。


(いや、お前が懺悔しろや! 汚れた聖女め!)


 と内心悪態を吐くが、正直願ってもない事だ。俺の苦労などコイツらは一つも理解していないのは充分伝わって来たし、コイツらのために貴重な時間を奪われるのに辟易してた所でもある。


 パーティーを組んで3年間。何千、何万とコイツらの命を救って来てやったのにも関わらず、こんな事になるんだ……。ぶっちゃけ、「予言の巫女」によって寄せ集められただけのパーティーなので、どうなろうと俺の知った事ではない。


 だが、俺が居なければ確実に魔王を討つことはできないだろう。それはこの国に住まう人たちのためにもならないな。と微かに残っている良心に従うことにする。


「お前ら、大丈夫か? 俺が抜けて……。俺はもう、ほんとーーに、どうなっても知らないぞ?」


(これが最後のチャンスだぞ?)


 と心で呟きながら、皆の顔を伺うが、俺の最後の優しさは床に投げ捨てられる事となる。


「お前、何言ってんだ?!」


「最初から要らなかったのよ! あんた!」


「もう、どっか行けよ……」


「何もしてないくせに! 二度と顔見せないで!」


 よしよし。お前達の気持ちは充分にわかりました!


(そこまで言うなら、去りましょう!!)


 俺は満面の笑みである。こんな無能共と3年も「いてやった」んだ。もう知らない。


「わかった! まぁせいぜい頑張れよ。『2度と』俺の前に現れるなよ??」


 俺がそう言うと、4人とも苛立った様子だった。何にそんなに怒っているのかわからないが、とりあえず込み上がってくる笑みを抑えきれない……。


 15歳からの3年間……。貴重な青春の時間を魔王討伐などというふざけた事に費やしたのだ。辞めさせられたのだから、神が言っている「ヤバい」事も起こらないだろう。


 もう俺は自由だ!

 ゆっくり、のんびり、人生を謳歌するんだ。


「あっ。今回の褒賞はみんなにやるよ。手切金って事で……。ん? この場合、逆手切金かな? まぁ立派な装備にでも使ってくれ! じゃあな!」


 ダラダラと話しをしていたら、この中の誰かが改心する可能性もある……。俺はみんなの気が変わらない内に、ここを去ったほうがいいと判断し、ポカーンとしている4人を残し、「大気」を操作し、夜空に飛び込んだ。


 王宮から離れた事を確認し、


「ふふっ……フハハハハっ!!!!」


 とあまりの嬉しさに魔王っぽく笑ってみたが、少し恥ずかしくなったのですぐ辞めた。


(さてさーて! どこに行こうかな……?)


 勇者パーティーを追放された俺は、やっと俺の人生が始まった気がして、胸を高鳴らせながら、鼻歌混じりに王都の夜空を闊歩した。

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