第7話 ちょっとした事件 (イブ視点)
side イブ・アダムス
緊張しっぱなしの「3度目」の出会いも済まし、アダムの目尻にホクロがある事もわかった。
まだ警戒が完全に解けていないアダムに自分は厄介ごとばかりを連れてくる「害」ある存在ではない。と少しはわかって貰えただろうか?
不安はまだ消えないが、想像の中ではないアダムのカッコ良さったら、もう……、とどまる事を知らない。
朝食を済ませ、とりあえずアクアまでの護衛をしてくれる事を嬉しく思いながら、玄関を抜ける。一歩足を踏み出した時、これまでの私と決別したような感覚に陥り、
(ここは私の原点だな!)
とアダムが造ったであろう家を振り返った。アダムははぁ〜っと一つ息を吐いて、建物に手をかざし、その拳を握りしめると、つい先程まであった「私の原点」は音もなく消え去ってしまった。
(なくなっちゃった……)
と心の中で呟きながらも、それはそうよね?と納得する。
「イブ? どうした?」
アダムはそんな私に気づいたのか、心配そうに声をかけてくれる。おそらく勝手に「創造」したものなのだから、「後片付け」をするのは当たり前なのだけど、アダムとの思い出が消えてしまったようで悲しくなってしまう。
「イブ?」
アダムは私を気遣ってくれている……。それだけに私とアダムの始まりの場所がなくなったことに涙が流れてしまいそうになりながら、
「ご、ごめんなさい。さっきの家、すごく気に入ってたから……。何か寂しくて!」
とアダムにこれ以上心配をかけないように、極力明るい声を出した。
「まぁでも勝手に造っちゃったし、ちゃんと片付けないとな! また造ってあげ……いや、何かそれは違う気がするな……」
私の言葉を受け、さらに心配を重ねながらも、(アダムにとっても大事な『家』だったのかな?)と思えば、自然と笑みが溢れてしまう。
(これは仕方のない事だ……)
と心の中で呟きながら、この「家」のことはそっと胸にしまい、大切な思い出として刻んでおこう!と思った。
アダムも些細な違和感でも、今はそんな小さな心の機微が有難い。ただ単に私の挙動不審に対する機微だったのかもしれないが、「夢」の現実へとちゃんと進んでいるような感覚に緩む口元を抑えられない。
ほんのりと頬を染めるアダムに、(もしかして脈あり!?)と絶叫しながら、漆黒の瞳を見つめた。アダムは「んんっ!」と咳払いをして、自分の装備を確認している。
「イブはここまでどうやって来たんだ?」
「……あっ。……えっ? 馬で来たよ」
じっとアダムの漆黒の瞳を見つめていたので反応に遅れたが、アダムは少し苦笑を浮かべただけで、特に気にしてないようで安堵する。
それにしてもうっとりしてしまうほど綺麗な容姿だ。先程、見つけた目尻のホクロもやけに色っぽい。何やら真剣に思考を繰り広げている姿も恐ろしく様になっている。
アダムのいろんな表情に酔ってしまう。やはり「リアル」の破壊力は絶大だ。きっと私の知らない所で、複数の女の子に言い寄られたりしたのだろうと思いながら、少し嫌な気分に陥る。
「アダム?」
アダムの結論が出るのを待っていた方がいいのだろうけど、早く私に視線を向けて欲しくて、思わず名前を呼んでしまった。
「いや、何でもない。馬で行くか?」
こちらに視線を向けたアダムに満足しながら、「これから」を一切考えていない私は慌ててしまう。「今」のアダムに夢中になってしまう癖はやめよう……と決意する。
(アダムが、カッコ良すぎるからだ!)
と理不尽な事を考えながら、思案する。これから2人で王都まで帰ってしまうと、これからの2人旅に水をさされる可能性がある。
ええーと……。あの名前の出てこない「勇者様」パーティーがアダムをまた連れて行くかもしれないし、私だって王宮を出るときには誰にも伝えていない。
まぁアレクサンダー様が、上手くやってくれているとは思うが、無駄な足止めでアダムの気が変わってしまうのも避けたい……。
「うぅーん……。そうだね。王都に馬を返しに行くと何かと大変そうだし……」
私の発言にアダムは少し驚いたように薄っすらと笑みを浮かべる。
(そんな顔もするの!!??)
これまでの自分の想像力の乏しさを呪いながら、結局「今」のアダムに夢中になってしまっていると、アダムはふぅーっと息を吐き、真剣な表情を浮かべる。
私がドキッと心臓を打たれていると、突如、茶色と黒色の毛並みを持つ精悍な馬が現れる。日の光を受けて、所々光沢ができるほど綺麗で美しい。
「何度見てもすごいね!?」
やはり何度見ても、見慣れない気がする。「創造」に慣れたところで、アダムのイメージが反映され、生み出されるものの美しさに、私はきっと慣れないだろうと、また一つ心臓を刺激される。
「……まぁすぐ慣れるだろ。それより、その服装は目立ちすぎるな……。すぐに『予言の巫女』だってバレるぞ?」
「あっ……。アダム! どうしよう……」
ここに来て、手ぶらで来てしまった事を後悔するが、私は巫女装束以外の服を持っていない事を思い出し泣きたくなる。
王宮を出る時はアダムに会いたい一心で、全く今後の事を考えていなかった。神代スキルを持っていた所で私は気が遠くなるほど、無能だ。
(これだから私はダメなんだ……)
とアダムに見放されることを想像してしまい、顔から血の気が引いていく。
「どんなのがいい?」
少し呆れたようでいて、物凄く愛情に満ちた笑みのアダムの顔に頬を染め、優しさに涙腺が刺激される。
「あ、ありがとう。……アダムの好きなものがいいで、す……」
ぼんやりと口を開きながら、思ったままを口にしていることに気づき、次は羞恥に顔が染まる。
アダムと居ると本当に心が忙しない。私は抗うことなど出来ず、漆黒の瞳に溺れてしまうんだ。
ずっとそのままでいいはずはないのだけど、自分が1人でない事を実感できる。きっとアダムと居る事でしか私はそれを実感できないだろうと思えば、愛しくて堪らなくなってしまう。
アダムは何かを考えているようだったが、白と赤の服とフード付きの白いマント、茶色のブーツを「創造」して、私に手渡した。
「……? ありがとう! アダム。とっても嬉しい!」
きっと私に似合う物を考えてくれたのだろうと嬉しくなり、初めてのアダムからのプレゼントに顔じゅうの筋力が緩んでしまう。
アダムが先程家があった所に手をかざすと、小さな小屋が現れる。私がまた感動しているのを他所に、
「あそこで着替えな?」
とアダムは穏やかに微笑んだ。
(もぉ! カッコ良すぎるんだってば!)
と叫びながらアダムに顔を見られないように小走りで小屋に向かった。待たせるのも悪いし、急いだ方がいいよね?と、すぐに着替えをはじめる。
アダムが作ってくれた服は、白と赤のワンピースと、フード付きの白いコートだった。ワンピースは赤いグラデーションを施された物で、とても綺麗でとてもお洒落な物だった。白いコートには木製のボタンが三つほど付いており、コートの形とボタンのアクセントが絶妙で、これまたお洒落なコートだった。茶色のブーツは歩きやすそうな柔らかい素材で、アダムの心遣いに頬を緩めた。
アダムも冒険者風の白いインナーに黒いパンツ。そして私と同じコートで物凄くお洒落だし、お揃いのコートにテンションが上がってしまう。
「ふふふっ」
と笑いながら(こんなにお洒落な服、私に似合うかな?)と思っていると、小屋がメキメキと揺れる音が聞こえてくる。
何かあったのかな?と思ったが、(アダムがいるんだから何が起きたとしても大丈夫なはずだ!)と思っていると、小屋が一気に壊れたと思ったら、目をパチクリしているアダムと目が合った。
「ちょ、ちょっと、アダム!!」
私は咄嗟に座り込み、脱いだばかりの巫女装束で上半身を隠したが、アダムは固まったまま動こうとしない。
「アダム? ちょっ、ちょっと待って!!」
私が恥ずかしくて泣きそうになりながら叫ぶと、アダムはハッとしてすぐにイブに背を向けた。
「ご、ごめん! わざとじゃない! イブの馬も『テイム』していいか聞きに来ただけなんだけど……」
「なっ、なんで、それで小屋が壊れるの!?」
「い、いや……ちょっと急いで来たら、ふ、風圧で……」
「な、なんで急ぐのよ!? は、恥ずかしいから、また小屋を造って貰える?」
「わ、わかりました!」
すぐに先程の小屋の中の風景になり、ホッと胸を撫で下ろした。
「ア、アダム? み、見たの……?」
「いや、見てないよ? そ、それより馬の件だけど……?」
私は(それよりも……? 下は下着だけど、上は裸だったんだよ!?)と叫びながら、自分の胸に手を当てる。あまり他の女性の身体を見たことがないが、私の身体は魅力がないのだろうか?
「…………本当に見てない?」
「み、見てない! ギリギリ見えなかったから!」
珍しく、アダムが焦っている。きっと見たんだろう……と判断する。
(見たのに襲いたくならない身体なんだ……)
と意味のわからない事に落胆しながら、初めて誰かに身体みられたのに……と泣きそうになる。やっぱり、聖女様のように豊満な胸があった方が好きなのだろうか……。そこまで小さくはないと思うんだけど……。
私だって18歳なんだ。性に興味がないとは言えない。まだキスすらした事がないが、相手はアダムじゃないといやだ。
(もっと魅力的な身体を手に入れないと……)
と決意しながら、そういえば返事をしていなかったなと思い出す。
「…………わ、わかった。私の馬も『テイム』してくれたら助かります……」
「ご、ごめんな? じゃあイブの馬も契約しとくから……」
「……はい。お願いします」
何だか、こんな不埒な事を考えていると思われたくないし、先程の出来事の恥ずかしさで、思わず敬語になってしまう。
着替えを済ませ、壁にかけられている鏡で身支度を済ませる。いつもと違う服を着ているだけなのに、自分が生まれ変わったような気がする。
(いや、生まれ変わったんだ! 私はもう『予言の巫女』じゃない……、私はただの『イブ・アダムス』だ!)
決意を新たに小屋を出る。アダムの姿が見えた途端に先程の光景がフラッシュバックして顔に熱が灯る。アダムも私に気づいたようで少しバツの悪そうな表情を浮かべる。
「ご、ごめんな?」
眉を下げ申し訳なさそうな、赤毛の子犬のようなアダムの表情に胸がキュンとする。
「……アダムなら別にいい……」
ずるいな……と思いながら呟いた言葉を自覚し、ハッと口元を押さえた。恐る恐るアダムを伺うと、真っ赤になっている顔が目に入る。
(えっ……? 照れてるの?)
これまで、余裕綽々な表情が多く、これほどまでに赤面している顔は見た事がなかった。なんだかちゃんと異性として見られているようで嬉しくなる。
(死ぬほど恥ずかしかったのは無駄じゃなかった!!)
照れるアダムにつられて、私もこれまでにないほど顔が熱い。
「……い、行こう!?」
私の顔を見ないように、馬に視線を移しアダムが呟く。
「う、うん。行こうか……」
そう言って、自分の乗ってきた馬に向かうとアダムが手を差し伸べてくれる。
「あ、ありがとう……」
と言いながら手を取り、馬に跨りながら、アダムの少し温かい手の感触が逃げないように手を握りしめる。
「服……似合ってるな。じゃあ、行くよ?」
「うん!」
元気に返事をしながら、アダムの言葉を脳内で繰り返す。嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ。
これから始まるアダムとの2人旅。アクアまでの道中で、少しでも距離が近づけばいいな!と淡い期待に胸が躍った。
私たちを乗せた2頭の馬はゆっくりと森の中を歩き出した。
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