第8話 その頃、勇者一行は……
エドワードは隣でまだ眠っているアリステラを起こさないように王宮の部屋から出た。
アダムが去り初めての朝だ。昨日抱いていた不安感はやはり酒のせいだったなと安堵しながら、今日の休みは何をしようか?と思案していると、庭にブルックの姿が見えたので向かうことにする。
「おはよう」
「あぁ。エドワード。おはよう」
ブルックは何やら疲れているように見える。声にもどこか覇気がなく、何かあったのか?と不安になってしまう。
「どうした? 疲れてるみたいだけど?」
「あぁ。お前たちと別れてから、ハンナの愚痴に朝まで付き合わされてたんだ」
「愚痴?」
「愚痴って言うか……、まぁアダムが居なくなって嬉しいって話しとか、今までのアダムへの『愚痴』だな」
「アリステラも相当喜んでたよ……。何か……なぁ?」
「あぁ。俺はアダムの事、気に入ってたから余計気が滅入ったよ……」
ブルックは深いため息を吐きながら大きく伸びをした。確かに、アダムと1番仲の良かったのはブルックだろう。
「ブルックは仲良かったもんな。平気か?」
「あぁ。確かにアダムにも悪い所もあったのは事実だし、エドワードの……って言うかパーティーの決定には従うよ」
ブルックがそう言うと、また昨夜抱いた不安感がエドワードの心に灯った。
(なんなんだ? この感覚は……?)
エドワードはブルックに自分の心の中を悟られないよう、懸命に平然を装った。
「エドワード……何か変な感じしないか?」
ブルックはエドワードの目をしっかりと見据えて口を開いた。
「……えっ? いや、別に?」
「そうか……俺だけか……」
「まぁ、3年間ずっと一緒にいたヤツが急に居なくなったら、変な感じもするだろ?」
エドワードは自分で言いながら、(そうだ! その通りだ!)と自分を納得させようとするが、ブルックは難しい顔をしており、この「不安感」がそのような類ではない事を突きつけられる。
「そんな感じでもないんだけどな……。それより、今日はどうするんだ?」
話題を変えてくれた事にホッとしながらも、エドワードはまた今日の予定を思案する。
魔王四天王であるベルゼブとの先頭で「勇者の鎧」が欠損していることを思い出し、それをこの国1番の鍛治職人であるドワーフの「ガルフ」に直して貰おうと決める。
「今日はガルフさんの所に行って、装備の修復とか、メンテナンスして貰うよ」
「あっ。いいな! 俺も行くよ」
「一応、ハンナにも聞いてみてくれ。俺はアリステラに聞いておくよ」
「わかった」
エドワードはブルックと別れ、アリステラの元に向かいながら、昨夜の巫女様の姿を思い返した。全てを見透かすような淡褐色の瞳に白い肌。艶やか黒髪と神々しい「天の羽衣」。綺麗な口元から凛とした声で発せられた「勇者様」と言う言葉を反芻した。
(そうだ。俺は勇者だ……。魔王から人類を救い出す、救世主だ。何も恐れる事はない!)
先程から拭いきれない不安感を押しつぶす。巫女様の姿を思い返して、蒸気した頬の熱に「自分が神に選ばれた勇者である」と言う自負を再確認する。
ドアを開くと、裸にベッドのシーツを巻いたアリステラと目があった。
「おはよう」
「おはよう、エド。いい天気ね。今日はどうするの?」
「あぁ。ガルフさんの所に行って装備を整える予定だ」
「そう。いいわね。私も行くわ。あれ? ……何で顔が赤いの?」
「……えっ? ア、アリスがそんな恰好をしてるからだろ!?」
「ふふっ。勇者様は朝からイヤラしいわ」
エドワードは何の疑問も抱く事なく、楽しそうに笑っているアリステラを見て小さくため息を吐いた。
アリステラの事は好いているが愛しているわけではない。彼女もきっと、「勇者」である俺に恋しているだけだろう。心から自分を慕っているわけではなく、「勇者の恋人」というブランドに拘っているのは、もう気づいている。
昨夜の巫女様の可憐な姿と、目の前で何の羞恥もなくのんびりと支度をしている自分の恋人との落差にエドワードはバレないよう、今度は深くため息を吐いた。
アリステラの準備が終わり、王宮を出るとブルックとハンナの姿があった。
「おはよう。アリス、エド」
「おはよう」
エドワードは挨拶を返しながら、いつも通りのハンナに内心ホッとした。ブルックのように「何か変な感じがしない?」などと言われたら、この不安感を認めざるを得ない。
4人で王都を進むと、「四天王討伐おめでとう!」だとか「ありがとう!」などと民衆から声をかけられた。エドワードは手を上げそれに応えていると、1人の10歳くらいの少女が駆け寄ってきた。
「勇者様ー! 赤髪のアダム様は一緒ではないのですか?」
瞳をキラキラと輝かせ、周囲をキョロキョロとしながら少女は言った。
「あの人はもうパーティーから離れましたよ?」
アリステラは満面の笑みで少女に伝える。
「えっ……? なんでですか!!??」
「えっとねぇー…、それは、これから先の冒険は彼の力では難しいの……。だからお別れしたのよ?」
「えぇっ!!?? あんなに強いのにー!?」
少女は目を丸くして、驚愕している。4人は一斉に苦笑しながらも仲間達で顔を見合わせた。
「お嬢ちゃん。アダムが戦ってるの見た事あるのかい?」
ブルックは苦笑しながらも、少女に優しく声をかける。
「あるよー! この間、『ドイルの森』で助けてもらったんだー。アダム様にお礼を言いに王都まで来たんだけど……」
少女はがっくりと肩を落とし、泣きそうな表情を浮かべるが、4人は苦笑から真剣な面持ちに変化させ、またお互いに顔を見合わせた。
魔王領と大国エデンの境界線である、魔境都市「ドイル」。確かに勇者一行がベルゼブ討伐を終え、傷を癒すためにしばらく滞在した都市だ。
「ドイルの森」には屈強な魔物がうじゃうじゃと湧き出ており、1人で立ち入れば無事に帰る事はできない「危険区域」のはずだ。
「な、なんで君は1人で森に入ったの?」
エドワードはそんな危険な場所に少女が立ち入った事が信じられない。と、言うよりも、アダムが戦闘を行っていたと言う話しを信じたくない。
少女はハッと口元に手を当てる。一同が「ん?」と首を傾げる。
「これは内緒なんだった……。誰にも言わないって……」
「大丈夫。俺達は絶対に誰にも言わないよ?」
ブルックが力強く微笑むと少女は少しホッとしたような顔になる。落ち着いた少女にエドワードがまた質問する。
「で、何であんなに危険な森に入ったんだ?」
「……実はママが病気で、森には珍しい薬草があるって聞いて……」
「……そうか。それで……アダムが……?」
「うん! 凄かったんだ! おっきな目玉が一つのおーーきな魔物がいっぱい出て来たんだけど、アダム様が黒い球を出して、一瞬でババーーーって全部吸い込んだんだよー!」
少女は全身でアダムの活躍を知らせてくるが、4人には信じられない気持ちでいっぱいだった。全員がゴクリッと唾を飲み、絶句する。
一つ目の巨人……。ドイルの森……。十中八九「サイクロプス」だろうが、もし仮にこの4人で討伐に向かったとして、一体を討伐するだけでもかなり疲弊してしまうだろう。
(サイクロプスの大群を一瞬で……)
エドワードは心の中で呟いた声だというのに、震えている声に歯軋りをした。少女は俺達の様子に違和感を抱いたのか、「ん?」と不思議そうな顔を向けてくる。
「ふふっ。面白い事を言う子供ね……。でもドイルの森になんて、嘘でも『入った』なんて言っちゃダメよ?」
アリステラは引き攣った表情で少女に言う。
「……え?……嘘じゃないもん……。それにママの病気を治す薬だって貰って、ママも元気になったもん! 私はお礼を言いに来ただけだもん……」
少女はアリステラの言葉に泣きそうな表情を浮かべる。
「そんなはず、、、」
「アリステラ!! 君とお母さんが無事で良かったよ。でも危ないからドイルの森には入っちゃだめだぞ?」
ブルックはアリステラの言葉を遮り、少女と視線が合うように跪いて、穏やかな口調で少女に言う。
「……う、うん。アダム様にも怒られたし、もう森の中には入ってないよ……?」
少女はアリステラをチラチラと伺いながら言う。アリステラは唇を噛み締め、「そんなの嘘よ……」と小さく呟いたが少女の耳には届いていないようだ。
「いい子だな。またアダムに会った時にでも俺達から伝えとくよ! せっかくドイルから来たのに残念だったな……」
ブルックはひどく動揺しながらも、少女が安心できるように頭を撫でながら言った。すると、1人の女性が小走りで駆け寄ってきて、
「うちの子がすみません! …………アダム様は?」
「いえいえ。アダムは今、少し居なくて……」
「あっ。そうですか……。よろしければ、おかげですっかり良くなりました。本当にありがとうございましたとお伝え下さい。聖盾騎士様」
「はい。わかりました」
「では……」
と言って少女と母親らしき女性は去って行く。4人は誰も口を開く事なく、親子の背を黙って見送った。
(何かがおかしい……)
と全員が思っているが、それを口に出す事は出来ず、ただ立ち尽くす事しかできなかった。
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