第41話 一蹴



 確か、ブルックは「暗黒神」とか言ってたはずだ。


(えっ? 仮にも『神』だろ?)


 禍々しい雰囲気に引っ張られて少し様子をみたが、気にする必要はなかったようだ。あの乳だけ女神もたかが知れているのかと思ったが、俺にこんな力を与えている時点で、この「バカ」とは規格外のヤツなんだろうとすぐに納得した。


 もうめんどくさくなって来たし、さっさと終わらせようと一歩踏み出すと、バカは声を張り上げる。


「「き、貴様! 俺を屠るということはエドワードも死ぬってことだぞ? い、いいのか!?」」


「エドワードはお前が殺してるんだろ?」


「「ちょ、ちょっと待て! いま変わってやる!」」


 バカがそう言うと右腕が肌色に戻って行く。右腕が「人の手」に戻ると、見掛け倒しの禍々しい雰囲気を少し和らいだ印象だ。


「「あ、だ、む、か……?」」


「エドワードか? ざまぁねぇな」


 俺が笑いながらそう言うと、『黒』は左腕に一気に収束し、エドワードの顔に戻る。


「「……も、もう、俺を殺してくれ……」」


 先程よりずっと流暢な喋りにふっと小さく笑う。


「「お前に嫉妬して、勇者らしからぬ行動をとってしまった……。お前に罪を着せ、て、しまった……」」


 そう言うと黒が一気に飲み込み、またバカが帰ってくる。


「「わかっただろ!? まだエドワードは生きてる! お前は俺に攻撃できないはずだろ!?」」


(このバカはどこまでバカなんだ? 直接俺を貶めたと言われたばかりだ。直接殺してくれと懇願されたばかりだぞ? 俺が躊躇すると思っているのか?)


 俺は更に一歩を踏み出し、太陽を振りかぶる。後はこのバカに向かって投げるだけだが、一つの懸念にそれを止める。


 先程のブルックとアリステラの様子からして2人も知っている事実なんだよな? と首を捻る。万が一エドワードしか知り得ない事実なのだとしたら、エドワード本人に懺悔してもらわないと、俺が「国賊」という不名誉は解消されないのでは……?


 それはこれからのイブとの甘々イチャイチャ旅の障壁になるのではないか? と……。


「「クハハハハハッ!! かつての仲間を殺める事はできないだろう?? 諦めて楽になれ! 『暗黒砲ダーク・ノヴァ』!!」」


 また先程と全く同じ、魔力の塊が飛んでくるのを、全く同じようにブラックホールに吸い込み処理する。



 エドワードを生き残らして証言させ、エドワードが惨めな余生を送るのも悪くないと、俺は悪い笑みを浮かべる。「勇者」としての自負が高すぎるエドワードから「勇者」を奪ったらどんな顔をするだろうか……?


 まぁ「追放」のおかげでイブに会えたと言うことも踏まえて、エドワードを殺す事は辞めておこう。後々、後味が悪くなりそうだし、先程からしっかりと奔走しているアリステラへの褒美と言う事にでもしよう。


「今から『お前』を屠るぞ?」


 結論が出たのなら対処は容易だ。俺は太陽を「削除」し、エドワードの体内に巡っている「暗黒神」を引き剥がす。


 ドサッと音を立ててエドワードは倒れ、「黒いモヤ」が目の前に現れる。先程倒れていたアルムの馬鹿共を思い浮かべ憤怒を募らせる。


「ま、待て! 帰る! 自分の世界に!!」


 「黒いモヤ」は慌てたように声を張り上げるが、俺は魔王顔負けの悪い笑みを浮かべ、口を開く。つい先程、「コイツ」に言われた言葉をそのまま投げかける。


「後悔しても、もう遅い……」


「や、やめっろ! お前の望むもの全てを差し出す!! 落ち着いてくれ!!」


 バカの言葉に、俺は「削除」でも「太陽」でも「ブラックホール」でも、特別な魔術や驚異的な物を創造することなく、「黒いモヤ」を具体化させてやる。


「クハハハッ! すごいぞ! 俺が、この姿こそが俺だ……! 感謝するぞ! アダム・エバーソン!! 『暗黒神 エレボス』は、今初めてこの世界に降り立った!!」



 歓喜の声をあげる「エレボス」は黒いドラゴンの翼のような物を背に携え、黒い牛とも鬼とも見えるような巨躯に変貌し、高らかに笑い声をあげる。


(本物の『バカ』だな……)


 と笑いを堪えながら、「抜け殻」になったエドワードを結界の外に放り投げる。


「最高だ! 『力』が漲ってくるわ!! クハハハッ」


 バカは未だに高らかに笑い声をあげている。


 俺はシンプルに身体強化した右腕に、自身の内側にある魔力を具現化し、顕現させた。


 様々な色彩が混じり合い、俺の拳には虹色のオーラが纏わりついている。


「……え? ア、アダム・エバーソン……? 助けてくれたんじゃ……? なんで? お、お前は何者なんだ……?」


 只事ではないと目を見開く「黒いモヤ」だった暗黒神エレボス。


「もう遅いって言ったろ?」


 俺は薄い笑みを浮かべながら、右腕を顕現したばかりの「阿呆」の顎先に叩きつける。


 触れた瞬間に響く轟音と共に、俺が張った結界の上部を突き破り、虹色の柱が王都の空に打ち上げた。空を厚く覆っていた雲を突き破り、ポッカリと空いた穴に雲が吸い込まれては消えて行く。



 すると、空から虹色の雪が燦々と降り注ぐ。


 ふわりふわりと緩やかに、ひらひらと蝶のように、キラキラと星のように王都に降り注いだ。

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