第42話 終息 (イブ一行)




※※※


 アダムにキスをされたイブ達一行は言いつけを守り、竜化したアイラの背に乗って王宮に向かった。


 王宮に到着したら、イブはアダムに対する不名誉な「お触れ」を今のうちに解決しようと決めた。いま戦闘しているであろうアダムのために出来る事を考えた結果の答えであった。


 唇に残るアダムの感触を何度も何度も反芻しては頬を染めてしまいながらも、


(今の私に出来る事を……)


 とアイラの背の上で巫女装束に着替え、アダムに造って貰った服を丁寧に畳んだ。


「イ、イブ様、先程は申し訳ありませんでした。勢いとはいえ、アダム様にあのような事を……」


 カーラは泣きそうな表情を浮かべ、アダムに「寵愛を!!」とせがんだ事を謝罪する。


「ううん。しょうがないよ……。アダム、かっこいいもん……。でも、アダムは誰にもあげないわ」


 アダムからのキスがなければこれほど穏やかな気持ちでは居られなかっただろう。


(何だか、キス一つで、もうすでに「自分の恋人」と勘違いしてしまっているような、傲慢な女に見えるかもしれないな……)


 イブは心の中で呟きながら、苦笑したが、キスされた事で浮かれすぎている自分に喝を入れた。




 王宮に降り立つドラゴンに周囲は騒然とした。


「この世の終わりだー!!」


「ドラゴンまでもッ!!」


「だ、誰か、助けてくれーー!!」


 などとパニックに陥っている。


 カーラはアイラの背を撫で、


「アイラ殿。気にする事はない! 私達が付いてます!」


 と声を張り上げた。アイラは少し鼻を啜り、


「ありがどゔなのだ〜……」


 と涙声で感謝を述べた。民衆の敵視に悲しくなったと言うよりも、カーラの優しさに涙が出てしまったように見える。


 イブはふぅ〜っと長く息を吐き、アイラの背に立ち上がる。


「私の名はイブ・アダムス! 『予言の巫女』です! このドラゴンは私の仲間であり、皆様に危害を加える事がない事は私が保証します!!」


 大きく手を動かしながら、懸命に伝わるようにイブが言うと、民衆から歓声があがる。


「巫女様だ!! もう大丈夫だ!!」


「巫女様ー! 我らをお救い下さい!」


 などと止めどない民衆の声にイブは更に大声を張り上げる。


「到着が遅れてしまい、申し訳ありません! でも、もう大丈夫!! 国王アレクサンダーが愚かにも『国賊』などと許し難いお触れを出された、元勇者パーティーの1人、アダム・エバーソンが皆様をお救いする事を私が『予言』……いや、皆様をお救いする事を『確信』しております!!」


 民衆からは戸惑いの声と歓喜の声が混じり合っている。イブが「くっ……」と顔を歪めると、カーラはハッとしたように、立ち上がる。


「巫女様のお言葉とアダム様の事を信用できない者は前に出ろ!! 私が『閃光』の名の元に叩き斬ってくれる!!」


 民衆はしばらく沈黙するが1人の、


「閃光の伯爵令嬢だ……」


 と言う発言に、ざわつき始め、次第に歓声が上がる。


「閃光姫ー!!」


「もう大丈夫だ! 我らには『巫女様』と『閃光姫』が付いているぞーー!!」


 民衆の歓声を聞きながら、とりあえずの混乱とアダムに対するマイナスイメージは軽減されたように見える。


「カーラ、ありがとう。助かったよ」


「いえ、私は思ったままを口にしただけです。イブ様がとても麗しく、とても逞しく見え、私を尽力したいと口を挟んでしまいました……」


「カーラ!? ありがとうって言ったんだけど?」


 イブが拗ねたように首を傾げるとカーラは顔を真っ赤にして、


「い、いえ!」


「どうしたの? 顔赤いよ?」


 カーラは更に顔を染め、(巫女装束のイブ様の破壊力はヤバすぎる……)と悶絶する。同性なのにも関わらず、こんなにもドキドキしてしまう……。本当にアダム様とお似合いだと思ったが、口には出せず、


(私の入り込む隙間などない……)


 と苦笑してしまった。




 イブは王宮のテラスにアレクサンダーの姿を見つけ、アイラに指示を出し、テラスに降り立つ。


「アレクサンダー様。ご挨拶は抜きにして、アダム・エバーソンが『国賊』とはどう言うつもりです?」


 アレクサンダーは突然のドラゴンの襲来とイブの演説、チアノのメイヤー家の令嬢カーラの言葉を聞きながら、


(どうゆう事だ?)


 と思考を開始していたが、目の前に降り立ち、怒気を隠そうともしない、イブ・アダムスに背筋が凍り、


(『予言の巫女』……いや、世界最重要人物の逆鱗に触れてしまったのだ……)


 と自分が取り返しのつかない事をしてしまったと理解した。


「かなり事実がねじ曲がっているようですが……?」


(い、いや、勇者エドワードが……)


 とアレクサンダーは咄嗟に思考したが、ちゃんと調べもせず、受け入れた自分の責任であることに気づき、皆を統べる者としての行動をとる。


「……申し訳ない。きちんと精査し、それに伴い再考させて頂く……」


「ふざけた事を言わないで!! 今、王都を救うために戦っているのは誰だと思っているのです!? 再考の余地など許しません! 今すぐにアダムの不名誉を解消しなさい!」


 アレクサンダーは幼い頃からイブを見てきたが、これほどまでに感情的になっているのは初めてだ。


「……この王都を救い、全てが終わった時、改めて皆の前で宣言しよう。『英雄』だと……」


「……アダムはきっとそんな事を望みません。『お触れ』を撤回し、アダムに謝罪なさい……。話しはそれからです」


「……『予言の巫女』の言葉ならば受け入れよう……」


「アレクサンダー様……数々の無礼、お許し下さいませ。心配せずとも、この王都の混乱はすぐに収まります」


「『予言』が……?」


「いえ、これは予言などと言う曖昧な物ではありません」


 イブはそう言ってアイラの背に乗り、民衆の元に向かう。未だ絶望している人達が残っている。


(今の自分に出来ることを……)


 イブは心の中で呟きながら、アダムの無事を祈ったが、祈る事が信じていないように感じ、ただただアダムの帰りを楽しみにする事にした。


※※※


 アイラは王宮の外を警戒し、カーラはイブの周辺に付きっきりだ。イブが人々の不安を取り除くため、奔走しようとした時、王都に虹色の光柱が突如現れた。


 曇天を突き上げ、ポッカリと穴を空けると、ふわりふわりと降り注ぐ虹色の雪を見ながら、イブは全てが終わった事を理解した。


「綺麗なのだーー!! マスターの『匂い』なのだー!!」


 すぐ横でアイラがドラゴンの姿で叫んでいるが、やはりその姿で、少女の声はギャップがありすぎるのか、王宮の人たちや、避難してきた民衆は、苦笑を浮かべている。


(綺麗……。どうせならアダムと見たかった)


 と拗ねたように心の中で呟いたが、言葉とは裏腹に表情は晴れやかだった。

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