第43話 『英雄』 アダム・エバーソン




 王都に降り注ぐ虹色の雪はふわりふわりとゆっくりと降下していき、様々な人や地面に溶けて行く。


(我ながら、これは……)


 と俺は心の中で呟きながら、その美しい光景を眺めた。どうせなら、イブと一緒に見たかったな……と思いながら、先程のイブの唇の感触を思い出しては、悶々とした。


「お、おぉーーーーー!!!!」


「あの驚異を、一蹴するなんて……」


「アダムがやったぞーーー!!!」


「神だ……。アダム・エバーソンは神の化身だ!!」


 周囲の歓声は止まる事がない。あんなクソザコの討伐などとるに足らない小事だ。それよりも、大変なのは俺が普通に皆の前で戦闘してしまった事だ。


 コッソリと後方からチャチャッと対処しようと思っていたのに、アルムの馬鹿共の死体を見て、少しネジが外れてしまった……。


(そもそも、瞬間移動先を間違えたんだ。あんなど真ん中に現れたら騒ぎになるに決まってる……。いや、イブにキスをして動転してしまったのが、そもそもの……)


 などと考えながら、はぁーっと深いため息を吐き、(これはかなりめんどくさいな……)とこの場を収めるための行動を思案する。



 周囲を見渡すと、随分と死体が生き返っているように見える。アリステラも使いようだな……と思っていると、何だか様子がおかしい事に気づき、俺は首を捻った。


「まただ!!!! これは『奇跡』だ!!!!」


「こっちもだ!! おおーーーー!!」


「この虹色の雪は……『奇跡の雪』だー!!」


「あぁ……!! 『神の御業』だ……!!」



 俺はさらに首を捻り、眉間に皺を寄せているとヨルがこちらに走ってくるのが見えた。


「アダム!! この野郎!! ガハハハッ!!」


 豪快な笑顔に豪快な笑い声。すっかり傷も癒えているようだ。ブルックががんばったようだな……と、ほんのりと涙を浮かべている大男に(気持ち悪いな!)と苦笑する。


 ヨルの後ろにはアルムの馬鹿共が元気に続いている。すっかり生き返ったようで何よりだ……。


「……はっ? 元気すぎないか……?」


 後ろのバカ達は、はちゃめちゃに元気だ。いや、元気すぎる。先程まで死んでいたとは誰も思えないだろう……。


(アリステラ……?)


 俺はアリステラがこんなに高度な技術を持っているとは思えず、困惑するが、目の前にはヨルを筆頭に元気に走ってくる馬鹿共がいる。


「アダムーー!!」


「お前はやっぱり最高だーー!!!!」


「お前はどれだけ強いんだよー!!」


「まるで『神』じゃねぇか!!??」


 泣きながら俺の周りに群がってくる馬鹿共に俺は声を張り上げる。


「うるさい!! くさい!! ちょっと落ち着け!!」


 俺の言葉に一瞬だけ静かになったが、すぐに、


「バカやろう!! これが落ち着いてられるか!!」


「アダムがやったんだ!!」


「『また』俺たちを救ってくれたんだ!!」


「ありがとうーーー!!」


 などとまたガヤガヤと騒ぎ始める。


(これだから、飲んだくれのアルムのバカは……)


 と心で悪態を吐きながらも、コイツらが無事でよかったと思った。




「アダム……。みんなを代表して改めて、礼を言うぜ。本当にありがとな……」


 ヨルは少しかしこまったように俺に感謝を述べた。


「ああ。っていうか、何でお前達がいる?」


「昨日の夜に『金ピカ鎧』が暴れ出したから、この国中の実力者達が王に集められてるようだ」


「国中……? どうやってここに来た? 早すぎるだろ?」


「国王の転移系のスキルか何かだろう。アルムの領主の家にある魔法陣の上に立つと、気がつけば王都だったんだ」


「ふぅ〜ん……」


「それより、良かったのか……? 隠さなきゃいけない理由があったんじゃねぇのか?」


 おそらく、俺の『力』の事だろう。ヨルは俺の『力』がバレないように色々と尽力してくれていたのだから当然な疑問だな……と思っていると、他の連中も俺の周りに集まって来る。



 「救世主だ!」や、「この国を救った英雄だ!」などと、名前も知らない奴らも、すっかりアルムのバカ共と同じようにはしゃいでいる。


 皆が涙を流して喜んでおり、


(えっ? そんなに強かったのか……?)


 と首を捻っていると、青い髪に透き通る茶色の瞳の男が話しかけてくる。かなりのイケメンで、ボロボロの鎧に刃こぼれしている剣を握っている。


「アダム・エバーソン様……。この国を救って頂きた事を心から感謝申し上げます」


 男は俺の前で跪くと、周りの人達もそれに倣うように全員が跪いた。アルムの馬鹿共もすっかり大人しくなり、(コイツ何者だ……?)と眉を顰めた。



 男はかなり偉い身分のように感じる。貴族独特の雰囲気とでも言うのだろうか……?


(カーラ以外にもこの国を救おうと戦地に行くようなバカ貴族がいるんだな……)


 と思うと、思わず鼻で笑ってしまいながら、(さっきやったのは俺じゃない!)と言う作戦は無理のようだな……と、やってしまった事の大きさに更にめんどくさくなってしまった。



「別にいい。それより、その恰好はやめろ。恥ずかしいから……」


「はっ! 申し訳ありません。少しでも感謝を伝えたく……」


「いらない」


 俺がそう言うと、男は立ち上がり、一礼をする。周りの奴らも立ち上がり、一礼すると、アルムのやつらを筆頭にまた騒ぎ始めた。


「アダム様。この『虹色の雪』は何なのですか……?」


 男は周りなど気にする事なく、ただただ緊張した面持ちで俺に問いかけて来た。この「虹色の雪」が何なのか、俺だって知らない。


「ただの俺の魔力の残滓だろ?」


 俺は適当に答えると、男はアワアワと震え出し、尊敬の眼差しを向けてくる。


「……この『雪』に触れた者が続々と生き返ったり、重症者もすっかり元通り……いや、身体の奥底の魔力が増大したような感覚を感じています。もちろん、私も……」


「…………はっ?」


 俺は(なに言ってんだ? このイケメンは……)と絶句しながら、なぜここの奴らが涙を流しているのか理解した。


 死者が続々と蘇り、失ったはずの「友」や「仲間たち」が次々と生き返った事に感極まったのだろう。


(これは本格的にまずい事になって来た……)


 みんなを元通りに戻すのではなく、魔力を増大させている? そんな物、「神」と言われても仕方ない。それが俺の仕業となっているのだから、俺が「神代スキル」を持っていると言っているようなものである。


「ア、アダム様……?」


 男は首を傾げながら、固まった俺を覗き込んでくる。


「……お、俺はこ、『国賊』だぞ?」


 苦しい苦しい俺は、自分で評価を下げようと試みるが男は苦笑を浮かべる。


「国を救う国賊などあり得ませんよ。父の愚行を、『今は』私が謝罪致します……。本当に申し訳ありませんでした」


(…………『父の愚行』……?)


「……お前は誰だ?」


「あっ。申し遅れました。私はこの国の第二王子、ジョン・エリクセンと申します」


 男はそう言って腰を折った。


「………ノ、ノワールの?」


「は、はい! アダム様に知って頂けるなんて光栄であります!!」


 男、もとい、ジョンは瞳を輝かせ、憧憬の眼差しで俺を見つめる。いよいよ言い逃れはできない状況にある事を理解する。


(なんでこんな死地に『王子』がいる!?)


 俺は心の中で絶叫し、深い深いため息を吐く。


「ア、アダム様……。もしよろしければなのですが……」


 俺は嫌な予感に顔を歪ませるが、ジョンは満面の笑みで続ける。


「わ、私を弟子にして頂けないでしょうか!?」


 てっきり、魔王も討伐してください!などと言われるのかと思ったが、斜め上の面倒事を、純真無垢な瞳で恥ずかし気もなく、大声で叫ぶ。


「ば、バカか……」


 と俺が言葉を続けようとすると、


「おぉーー!! 殿下!! 見る目があるぜ! アダムに着いていけば間違いなしよ!!」


「殿下がアダムの弟子になったってよーー!!」


「王子がアダムに弟子入りだーー!!」


 などと周囲の馬鹿共が騒ぎ始める。


(あぁ、めんどくせ……)


 もうさっさとイブを迎えに行って、さっさと王都から離れよう……と思ったが、いまこの場所にこの国中から実力者が集まっている事を思い出し、小さく舌打ちをした。


 とりあえず王宮に向けて歩き始めた俺の後ろをぞろぞろと着いてくるのを鬱陶しく思っていると、先程まで戦闘していたポッカリと空いた穴の上に見慣れた顔と転がっている男の姿が目に入る。


「アダム……」


 うるうると瞳に涙を溜めているブルック、ハンナ、アリステラに、まだイブに会うのは先のような気がして俺はまた深いため息を吐いた。

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