第44話 「許し」と「決別」



 スキルを使用したはずのブルックはピンピンしている。おそらく虹色の雪の影響だろうが、まぁ死ななくてよかったな……とシンプルに思った。


 ブルックの謝罪には激しい後悔がみてとれたし、追放された事はむしろ、イブとの旅を始めるきっかけになったので、憤怒は一切ないが、俺に舐めた口を叩いたのは忘れたわけではない。


「アダム……。そんなに強いのに……なんで……?」


 ハンナはボロボロと泣きながら、疑問を口にする。


「まず、何か言う事ないのか?」


 俺は鼻で笑いながら、謝罪を要求するとアリステラが抱きついてくる。意味がわからず、固まってしまう。いや、本当に意味がわからない……。


「アダムさん……ごめんなさい……。追放も、その前もずっと……。アダムさんに嫌われているのが悲しくて、キツく当たってしまう事しか出来なかったの……」


 俺の耳元でアリステラは途切れ途切れに話す。確か俺がアリステラを嫌い始めたのは、「ちゃんと戦いなさい!」と命令された事が発端だったはずだ。


 まぁ聖女のくせに勇者と卑猥な事をしていた事で俺の聖女に対するイメージをぶち壊した、と言うのもあるが……。確かに、今はイブを好きになって、すぐにでも抱きたい!と思う気持ちがわかるだけに、もういいかな?と思った。


「わかったから、離せ」


「あっ……。ごめんなさい……」


 アリステラはオドオドと下がり、俯き顔を真っ赤に染める。



「アダム、ありがとな……。本当に悪かった。全力で戦わなかった理由はわからないが、ちゃんと相手を弱体化したり、俺たちに隠れて魔物の数を減らしたり、ずっと俺たちのサポートをしてくれていたんだろ?」


「なんで、魔物を狩ってたのを知ってる?」


「き、昨日、トアルで戦闘訓練をしたんだ……。ま、まぁ結果は散々だったが、そこでゴブリン達がアダムの事を『赤の悪魔』って呼んでてな……」


 確かに、俺は適当に生かして、勇者パーティーの驚異を魔物達に教えてやろうとしていたが、まさか自分が「赤の悪魔」などと呼ばれているとは思いにもよらず、思わず苦笑してしまう。



 俺が黙っていると、何やら合点がいったようなハンナが唇を噛み締めているのが見えた。


「アダム……ごめんなさい……。『何もしてない』なんて言って……。私達の成長させるためにずっと後ろに居たんだね……」


「えっ!? 何と羨ましい!!」


 話しを聞いていたジョンは耐えきれず声を上げたようだが、俺の視線に気づき、すぐにハッとしたように、手で口を塞いだ。


「俺は何度も『弱体化してやってる』って言ってただろ?」


 俺は呆れたように笑いながらハンナに言うと、


「……うん。……ありがとう……」


 とほんのりと頬を染めてモジモジし始めた。まぁちゃんと反省してるようだし、俺の苦労も少しは伝わっているようだ。


「まぁこれからも頑張れよ。まだ魔王はいるんだからな」


「ア、アダムさん。もしよかったら、戻って……」


「いや、それはあり得ないな。もう俺には俺のするべき事があるからな」


 アリステラは唇を噛み締め、頬を染める。何だか3日会わないだけですっかりと様子が変わっている。憎まれ口を叩かないだけでこうも雰囲気が変わるだろうか?


「アダム、何だか変わったね……」


 ハンナは困惑しながらも嬉しそうに声をかけてくる。変わったつもりなどさらさらない俺は首を傾げるが……。


「ああ。何か優しい雰囲気になった。俺たちの前ではいつも退屈そうで、呆れ果ててたしな……」


 ブルックもハンナの意見に賛同する。


 自覚はないが、俺が変わったとするならばイブの影響だろう。イブの純真無垢な態度や美しい笑みに心が癒されているのは事実だ。


 誰かに影響を与えられるなんて信じられないがイブになら変えられてもいい……。そんな事を思うと数十分離れただけなのに、今すぐにでもイブに会いたくなった。



「で? コレは……?」


 俺は全身に火傷のような跡が残っているエドワードに視線を向ける。死んでいるように見えなくもないが、しっかりと感知はできているので、気を失っているだけだろう……。


「エドワードは結界から出て来て、ずっとこうだ……。息はあるみたいだけど、あの虹色の雪が溶け込んでも目を覚まさないんだ……」


 ブルックは神妙な面持ちで話すが、俺にとってはもうどうでもいい。死のうが生きようが好きにしてくれって感じだ。


 今回の騒動の元凶であるし、勇者としての権威はどん底まで落ちるだろうが、自業自得だ。コイツが勝手に逆恨みして、勝手に闇堕ちしただけだ。俺は関係ないっていうか、もう本当にどうでもいい。



 俺は何も言わずに王宮へと歩みを進めた。後ろからブルックが、


「俺達はどうすればいい?!」


 と叫んだが、


「ふっ。俺が知るわけないだろ? 自分で考えろよ。許してはやるが、お前らの『お守り』はもうごめんだ!」


 と呆れ笑いを浮かべながらいってやった。


 ブルックはそんな俺に「ハハッ」と苦笑し、ハンナは「やっぱり変わってないや!」と何故か嬉しそうにし、アリステラは寂しそうに微笑んだ。



 「追放」された俺はコイツら何か知らない。そんな事より「予言の巫女」、イブの笑顔を早く見たいと思った。

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