第40話 対峙
先程の自分の行動が自分で信じられない俺は顔を真っ赤にして、「その場」に降り立った。
先程のイブの衝撃発言と心配そうな顔を目の前にして突発的に行動してしまったが、何を隠そう俺のファーストキスだった。
周囲の異変など今の俺にとっては小事だ。自分の身の回りに結界を複数張り、唇の感触と顔が離れた時のイブの顔を何度も反芻した。
(やばいだろ……唇ってあんなに柔らかいのか!?)
俺はもう王都がどうなろうと知った事ではない。今すぐにでもイブの元に帰って、あの柔らかい唇にキスをしたい衝動に駆られる。
「アダム!!!!」
叫び声に「ん?」とこの場に来て初めて周囲を見渡した。王都に乱立していた建物など綺麗になくなり、まるで隕石でも落ちたかのような深い穴の中にいる。
後ろを振り返ると驚愕している面々の顔があり、全身を黒々とした物に包まれているエドワードっぽい「何か」が目に入る。
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべているが、動く気配はない。とりあえず、放って置いてもいいだろう。
「アダム!! 逃げろ!!」
この場に降り立つときにフードが取れているらしく、俺の赤髪が露わになっている事を理解し、めんどくさい……と舌打ちをした。
声の主はどうやらスキルを発動させたブルックのようだ。確か反動で死に至るはずだけど……と思い出していると反対の方からまた声が聞こえる。
「アダム!! 逃げろってんだ!!」
ヨルが必死の形相で叫んでいる。
(あれ? ヨルだ。こんなとこで何してんだ?)
と心の中で呟きながら、ヨルの周りに転がっている死体が視界に入る。俺はゆっくりとヨルの元に歩いて行く。
「ヨル、コイツらは……?」
つい先日一緒に酒を飲み、馬鹿みたいに笑い合っていた冒険者達の死体が無数に転がっている。
「あの『暗黒神』とか言うヤツに……。くっ……。俺に着いて来たばっかりに……」
ヨルは巨躯を震わせ涙を滲ませる。俺は手元で「創造」した回復薬をヨルに渡し、無言で反対側のブルックの元に転移する。
「アダム……」
「何やってんだよ? それ使ったら死ぬんだろ?」
「……俺たちが悪かった……」
「やっと気づいたか? バカが」
俺が笑いながらそう言うと、ブルックは赤いオーラに包まれ、光り輝く聖盾を手に笑いながら涙した。
「『アレ』は?」
「エドワードだ……」
「ふぅーん……。もう、殺していいよな?」
あのクソ勘違い勇者野郎よりも、アルムで楽しく酒を飲んだヤツらの方が俺にとっては大事だった。
死体の中には子供が産まれたばかりのヤツや、結婚したばかりのヤツ。やっとAランクに上がったヤツに、そろそろ引退しようとしていたヤツもいた。あの下品で薄汚い酒場で、
「そんなこと知るか!」
と俺が言いながらも、みんな幸せそうにしていた。本当に気のいい奴らだった。つい先日、本当にどうでもいい、本当にくだらない話しばかりをしていたヤツらが、今では死体となって転がっている。
(もう、『アレ』殺していいよな? 殺したんだから、殺される覚悟もしてんだろ?)
これが俺の出した結論だった。
ブルックは俺の発言に目を見開き、
「『アレ』はもう……エドワードじゃない」
と独り言のように呟いた。
俺はブルックの後ろに目をやると、ボロボロになって、気を失っているハンナと、座り込んで俺を真っ直ぐに見つめてくるアリステラの姿があった。
「よう。まだ生きてたのか?」
「……ア、アダムさん……。何で……?」
「蘇生魔術は使えるか……?」
「…………」
「使えんのか?って聞いてんだ!!」
「……ま、魔力がもう」
「魔力が戻って、術を発動したら、いま転がってる死体は生き返るか?」
ポツポツと話すアリステラの言動に声を荒げる。アリステラはビクッと身体を震わせる。相変わらず、嫌悪感はあるが、ボロボロの聖女のローブはなかなか唆るし、随分としおらしくなってるようだ。
「……あ、あの方が結界を張ってくれているようなので、可能だとは思います……」
アリステラはそう言って視線をそちらに向けた。見た事のない冒険者のようだが、助かる可能性があるならそれでいい。俺が生き返らせてもいいんだが、やった事がない。万が一、失敗する可能性を考えると、アリステラの方が確実だと判断する。
俺は魔力回復剤を無数に「創造」し、座っているアリステラの足元にボロボロと落とした。
「アリステラ……頼んだぞ?」
俺はそう言ってアリステラから視線を外し、ブルックに超回復薬を無数に手渡した。
無の状態から複数の物を「創造」する俺に、ブルックとアリステラは目を見開き、絶句している。
「ア、アダムさん……」
アリステラはボロボロと泣き始める。
(ビッチ聖女め! まずは謝罪しやがれ!)
と思ったが、アリステラはブルックと違い、あまり俺の助力に気づいていないかもしれない……と理解し、口を開く。
「泣いてる暇があったら、とっとと助けて回れ。ブルックはまだ生きてる奴にその回復薬を飲ませて回れ」
「アダム……」
ブルックは未だ、涙を流しながら俺の名前を呼んだ。
「今だけは俺の前に居ても許してやる。俺はこれから、あの『ゴミ』を殺してやる」
俺は穴の真ん中で、ニヤニヤとしている『ゴミ』に目を向け、その周辺に強力結界を「創造」し、まだ生きている、見知らぬ冒険者や貴族風のヤツらにとばっちりが行かないようにする。
目の前に転移した俺にソイツはやっと口を開いた。
「「お前が『アダム』か?」」
2つの声が合わさっているようだ。一つはエドワードの物でもう一つのダミ声は聞くに堪えない。
「「お前のおかげで、俺はこの世界に入り込めたんだ」」
「俺のおかげ?」
「「この愚かな勇者がお前に嫉妬して、嫉妬して、壊れたんだよ。その『闇』を喰らって俺が来たのさ!!」」
「ふぅーん……」
「「クハハハッ!! 後悔しても、もう遅い!! エドワードへの、恩返しにお前を殺す事にした」」
はぁ〜…っと俺は深い深いため息を吐き、手のひらの上に「太陽」を「創造」する。
結界内は地獄の熱さと炎が踊り、地面は太陽の発する熱に溶けていく。
「「なっ! なんだ!? お前、何も出来ないんじゃ……!!」」
ソイツは慌てたようにエクスカリバーをブンブンと振り回している。黒と白の斬撃が飛んで来たので、俺は反対の手で「ブラックホール」を「創造」し、それらを飲み込む。
目の前に対峙すると先程の憤怒が収まってくるのを感じる。エドワードの無残な姿を見ているからなのか、コイツから発せられている禍々しい雰囲気に少しわくわくしているのかは俺にもわからない。
「「く、『暗黒砲ダーク・ノヴァ』!!」」
黒い魔力の塊が俺目掛けて飛んでくるが、難なくブラックホールに飲み込ませる。
「「ん? えっ!?」」
ソイツは未だ不動の俺に目玉を飛び出させて驚いている。もしかしたら、コイツの最大の攻撃だったのかもしれない……。俺は見掛け倒しのソイツをただ呆然と眺めて、
(なんか……弱くね……?)
と心の中で呟いた。
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