第31話 国賊 アダム・エバーソン (カーラ視点)

 

side カーラ・メイヤー



 アダム様達と別れた私はすぐに護衛達と合流した。


「カーラ様! ご無事でしたか!!」


 と心底ホッとしたような護衛達の顔に、(私が死んじゃったら大変だもんね……)と皮肉混じりに呟きながら苦笑した。私は命を落としてしまった3人に心を痛めながらもチアノへの道を急いだ。



 まさか「予言の巫女」のイブ様と「勇者パーティー」のアダム様にこんな場所で出会うとは思ってもみなかっただけに、未だバクバクと脈打つ心臓に戸惑いを隠せない。


(それにしても、イブ様は本当に麗しいお方だ……)


 と心の中で呟きながらも、頭の中ではさらさらの「赤髪」を揺らめかせ、漆黒の瞳で私を見つめるアダム様の事しか考えられなかった。


 アースドラゴンがあのような少女だった事や、イブ様の『予言者』の神々しさにも驚嘆したが、頭の中ではアダム様の事しか考えられない自分に、顔の熱がおさまらない……。


「一緒に行くか?」


 と言ってくれたアダム様の表情を思い浮かべては、


(落ち着きなさい! カーラ! はしたない!)


 と何度も何度も自分を戒めていると、次第に日が傾き始め、見たくもない父が治める都市……私が暮らす街チアノが視界に現れた。



 巨大な門が開き、ボロボロの私達を領民達は心配そうに声をかけてくれた。


「カーラ様。ご無事で何よりです」


「いつも魔物の討伐、お疲れ様です」


「この間、助言頂いた商品が完成しました!」


 などと、私の無事を心から喜んでくれる領民達に胸が痛む。


(私は……ここを離れる……)


 自分がチアノから去ると、私が今まで抑えていた圧政や貴族達がここぞとばかりにこの民達を苦しめるだろう……と思えば、まともに顔を見れなかった。


 曖昧に笑いながら心の中で謝罪する事しかできない。


 私がこの地に留まっていた理由は「領民達の生活のため」と言う一つだけだった。今はしっかりと耐えてもらう他ない……。さまざまな都市や民達を見て周り、見聞を広め、いつか必ず、このチアノを良い街にしてみせる。


 私は領民の笑顔に後ろ髪を引かれながらも、決意を新たに、我が家の門を潜る。


「父上に面会を求める」


 屋敷に入るなり、使用人に声をかけ、すぐに出立できるように、自室で着替えや荷造りを済ませる。


(アダム様はどんな御召し物が好きなのかしら……)


 と考えてしまい、一人で首を振り、恋慕を胸の奥にしまい込んだ。


「お嬢様、準備が整いました」


 私の筆頭執事のラミアがいつもと変わらぬ、穏やかな口調で迎えに来る。父の部屋までの道のりの間に、この屋敷で唯一信頼しているラミアに声をかける。


「ラミア。私は少しこの地を離れます」


「……いかがなされたのですか?」


「それは秘匿せねばならない。留守の間、出来る限り領民に寄り添い、可能な限り、手を差し出しなさい」


「……承知いたしました」


「期間は私に推し量れるものではないが、必ず戻ります……。ラミア……。頼みましたよ?」


「お任せ下さい。お嬢様がどのように成長為さるのか楽しみにしております」


 ラミアの穏やかな微笑みに、背中を押された気がして、私はグッと気が引き締まるのを感じた。



 父の部屋に足を踏み入れると、父は私を一瞥し、不機嫌そうに口を開いた。


「また魔物を討伐しに行っていたらしいな……。そんなみっともない事はやめろと言ったはずだが?」


「チアノへの順路を確保するためには仕方のない事です」


「そんなものお前がせずとも良い!! それよりもお前に縁談の話しが山ほど来ているのだ。さっさと王族に嫁ぎ、私を引き上げろ!」


「私は父上の道具になるつもりはありませぬ」


 父は恨めしそうに私に視線を向ける。王族のどこかに私を嫁がせ、メイヤー家の、いや、自分の出世のための道具としか見られていない事に吐き気がする。


「この役立たずの異端児が……で? 何用だ?」


 父は苛立ったように私がここに来た理由を聞いてくる。


「しばらく、チアノを離れます」


「ふざけるな!! そろそろ大人しくして、しっかりと貴族らしさを養え!! 平民共にいい顔をしおって……。少しはメイヤー家の1人である事を自覚しろ!!」


「重要な任に就きましたので」


「……どいつもこいつも面倒な事ばかり言いおって!! お前も、国賊も……どうでもよい!!」


 父はそう叫びながら持っていたグラスを投げる。壁にワインのシミが滲んでいくのを見ながら、(どいつもこいつも……? 国賊……?)と眉間に皺を寄せる。


 部屋の下女達は眉一つ動かさずに後片付けに取り掛かっている様子に、父への嫌悪感が顔を出す。私が8歳の時の記憶がフラッシュバックして、ギリッと歯を食いしばった。


「…………そうだ。お前がすれば良い……」


 父は思いついたように呟き、


「使えない駒に用はない!」


 と続けた。私は苛立つ心を落ち着けながら、「お前がすれば良い……」と言った言葉を意味を考える。


「……何をすればよろしいのです?」


「国賊『アダム・エバーソン』を捕らえよ。お前が留守にしている間に、王家から通達があったのだ」


「……こ、国賊ですか……?」


「あぁ。チアノからも人を出せと言われている。お前はスキルに恵まれているし、『閃光』を追っ手に出したと言えば、王家も押し黙るだろう」


「な、なぜそのような事に……?」


「うるさい! 出て行くのなら勝手にしろ! そのかわり、アダム・エバーソンを連れ帰れ。編成もお前の好きにすれば良い。チアノを離れるのならそれが条件だ!」


 アダム様が国賊……? 理由もなにも聞かされていないが、とてもじゃないが国賊だとは思えない……。仮に国賊だと言うのなら、この国は既に終焉を迎えているはずだ。


 ドラゴンを1人で一蹴するほどの、『力』を持っているのなら、この国を潰すことなど、わけないはずであるし、国賊であるなら、「予言の巫女」と旅をする事など天地がひっくり返ってもあり得ないはずだ。



「わかりました。その条件を飲みます。失礼致します」


 私はそう言って父の部屋を出る。あまりの嫌悪感に激しい頭痛が襲いかかってきたが、ふらつく私をラミアが支えてくれる。


「ありがとう……。アダムさ、…アダム・エバーソンが国賊と言うのは?」


「今朝、王家からの早馬があり、『勇者パーティーの調整者アダム・エバーソンは王命と『予言』に、背いた国賊である』と勇者エドワード様から直接国王に進言があったようです」


「……真偽は?」


「わかりませんが、勇者様本人の進言とのこと……。国のため尽力している勇者一行に罵声を浴びせ、身勝手に去っていったようです。そもそも調整者アダムはいつも戦いを傍観し、勇者パーティーの和を崩していたようで……」


 あれほどの『力』を持ったアダム様が傍観……? 勇者本人からの進言……? にわかには信じられない内容に私は呆れて果てて、鼻で笑ってしまう。


 アダム様を連れ帰る事などできるはずはないが、イブ様の護衛と言う大義名分もなく、チアノを離れる事が出来るのは僥倖だ。


(アダム様達に早く知らせなくては……)


 私は頭痛を噛み締め、ラミアに念を押す。


「ラミア。アダムさ……アダム・エバーソンの事の真偽はこちらで調べますので問題ありません。それよりも、私の留守を頼みましたよ?」


「承知致しました」


 ラミアの笑顔にとりあえず安心しながらも、息つく暇もなく、イブ様の馬を走らせる。


(明け方までに……。アダム様達がノワールに足を踏み入れる前にこの事を伝えなくては!!)


 と心の中で叫びながらチアノを後にした。夕闇に馬の蹄な音が響く……。あの綺麗な赤髪を思い浮かべながら私は懸命に馬を走らせた。

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