第28話 勇者一行、戦闘訓練 ②



 4人は森の中を闊歩する。先程のゴブリンとの戦闘は2年前の自分達ではない事を証明した結果だったので、皆が嬉々としている。


「それにしてもエドワード。かなりエクスカリバーを使いこなせるようになったんじゃないか?」


 ブルックもご機嫌で爽やかな笑みで口を開いた。


「あぁ。エクスカリバーの武技で習得していないのは一つだけだ」


「『神閃』と『神威』だけじゃないのか?」


「『神撃』がまだ残ってる……。魔王と対峙するまでには何とか身につけたいが……」


 エドワードは勇者にしか与えられない、英雄スキル「聖剣」の持ち主であり、エクスカリバーの武技を操ることが可能だ。


 「神閃」は神の光を纏った神速の斬撃。「神威」は神の威光を身に宿し、人ならざる身体能力を得る物だが、使用しすぎると身体に反動が来るのが難点だ。


 二つの武技をさらに高め、神の一撃を下す「神撃」は、あらゆる者を屠る力とされており、魔王討伐に欠かせない力である。


 エドワードは(ベルゼブを討ったときに『神撃』の片鱗を見たのだが……)と未だ使いこなせない力に焦りを滲ませた。


「エドなら大丈夫だよ!!」


「そうよ! エドは勇者ですもの!」


 ハンナとアリステラの言葉に自分が選ばれた者である事を再確認し、エドワードは(必ずものにして見せる!)と決意した。




 ゴブリンを討伐してから、また魔物の気配はさっぱりとなくなっているが、連携の確認を済ませた4人は何の心配も、アダムがいない事への不安も一切なかった。


 トアルが以前と変わりない事への安心感に緩む緊張感は仕方のない事なのかもしれない。4人共がある重要なことを忘れている。


『このパーティーには索敵できる者がいない』




 そしてその時は唐突に訪れた。


 ガサッと音が聞こえたと思い、皆が同時に振り返ると、四方八方からゴブリンの群れが飛びかかってくる。


 急な事に驚愕しながらもエドワードは「神閃」にてゴブリンを蹴散らす。ブルックも咄嗟に聖盾で身を守り、ハンナは咄嗟に「火球ファイヤーボール」を放つ。


 最後尾を歩いていたアリステラは背後からゴブリンに捕らえられた身動きが取れなくなってしまう。


「グヌフフフッ」


 ゴブリンの笑い声が森の中に響く。すっかり取り囲まれてしまったが、アリステラの喉元に見える刃物にエドワード達は身動きがとれない。


「ア、アリスを離せ!!」


 エドワードは声を荒げる。


「勇者様はバカだなぁ〜。離すわけがないだろう?」


「…………」


「それにしてもこの聖女はいい女だ。今日の夜が楽しみだ」


 ゴブリンはそう言って、アリステラの首下を舐めると、「バカ! 俺が先だ!」や「俺が1番に決まってる!!」などと周りから野次が飛ぶ。



「……エド……」


 アリステラの悲痛の叫びに3人は更に足を動かす事ができなくなる。


「グヌフフフフ!! ……それより……『赤の悪魔』はどうした……?」


「赤の……悪魔……?」


 エドワード、いや、この場にいる4人共、誰のことを言っているのかはわかっているが、なぜゴブリンが「赤の悪魔」などと呼んだのかは見当がつかない。


「赤髪の悪魔だよ!! どこにいる!?」


 ゴブリンは周囲をキョロキョロと警戒しているように見える。


(警戒した所でその『赤の悪魔』は何もして来ないだろ?)


 とエドワードは心の中で吐き捨てながら、アリステラの救出方法を模索する。



「もういいだろ! みんなの前でやっちまえよ!」


「そうだ! そうだ!」


 ゴブリン達はクソみたいな笑みを浮かべながら叫びあう。


「馬鹿野郎!! あの悪魔の動きで全部決まっちまうんだぞ……? アイツが1人で動いているってことは蹂躙しに回ってるって事だぞ!! 2年前を忘れたわけじゃねぇだろ!!」


 アリステラを人質にとっているゴブリンが叫ぶと周囲のゴブリン達の罵声が止む。エドワード達はゴブリンの言葉の意味がさっぱり分からず、この状況下で放心してしまう。


「『赤の悪魔』はどこだ……? 言わないとこの女をヤっちまうぞ……?」


 脅されている張本人のアリステラですら、放心している。これから自分の身に何が起こるのか? よりも、「『赤の悪魔』が1人で魔物を蹂躙していた?」と言うゴブリンの言葉が脳内を占めている。


 この状況に1番始めに帰ってきたのはブルックだ。少なからず『アダム』を精神的支柱の一つとしていたブルックにとって、なぜか嬉しく、何も聞かされなかった事を悲しく想いながらも、現状を打破しなければ! と思考を開始した。


 次に帰って来たのはアリステラだ。いつの間にか群がっていたゴブリンの1人に胸を掴まれた、外的要因により半ば無理矢理この状況に引き戻された。


「い、いやーーー!!」


 アリステラの絶叫にハンナは目の前の状況に帰ってきた。『アダム』の事についての結論は全く出ていなかったが、アリステラの叫び声に否応なしに引き戻されたのだ。


 チラリとエドワードとブルックに視線を移し、ブルックと目が合った事を確認する。アリステラの紫の瞳からは涙が溢れており、同じ女性として一刻も救い出したい! といつでも魔術を発動させる準備をする。


「おい! 聞いてんのか!?」


 ゴブリンは声を荒げ、アリステラの聖女のローブは所々破き始める。ブルックはハンナと目が合った事を確認して、口を開いた。


「ふっ。『赤の悪魔』なら、お前のすぐ後ろにいるじゃねぇか!?」


 ブルックは必要以上に大声をあげ、この場のゴブリン達はブルックの声にビクッと身体を震わせて、全員がアリステラを人質にしているゴブリンの後方に視線を向けた。


 ブルックはアダムがなぜこれほどまでに恐れられているんだ?! と驚嘆しながらも、視線でハンナに合図を送り、意図を理解したハンナはすぐさま魔術を発動させる。


「『火矢ファイヤーアロー』」


 ハンナが叫び、四方八方に炎の矢が駆けていく。ゴブリン達の眉間を正確に撃ち抜き、ゴブリン達は次々と燃えて行く。


 拘束を解かれたアリステラにブルックが駆け寄り、何とかアリステラの救出を成功させるが、未だ放心状態のエドワードはゴブリンを焼き尽くす炎の中、呆然と立ち尽くしていた。


「うぅ……」


 とアリステラは涙を流しているが、ブルックとハンナは心底ホッと胸を撫で下ろした。現状に戻らないエドワードにブルックは声を荒げる。


「エドワード!! 何突っ立ってんだ!!!?? さっさと王都に戻るぞ!! ハンナ! 転移の準備を!!」


 ピクリとも動かないエドワードを他所にハンナは慌てて転移結晶を取り出すが、森の中に響き渡る地鳴りに、急速に冷えて行く身体に抗う事が出来ず、転移結晶を落としてしまう。


「ハンナ!! 急げ!!」


 ブルックはこのままでは確実に全滅してしまう!と声を荒げる。ブルックの声にハンナはピクッと反応し、転移結晶を拾おうとするが、4人の眼前にはもうオーガの大群が姿を現していた。


 まだまだこの惨状の終息は見えない……。

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