第29話 勇者一行、戦闘訓練 ③
エドワードはぼんやりとした視界の中で、目の前のオーガの大群を見上げていたが、頭の中では、
「あの悪魔の動きで全部決まっちまうんだぞ……? アイツが1人で動いているってことは蹂躙しに回ってるって事だぞ!!」
と叫んだ、ゴブリンの言葉がグルグルと回っていた。
(『勇者』は俺だぞ……? 『アイツ』の動きで全部が決まる……? 1人で動いてるってことは蹂躙している? ふざけやがって……。どいつもこいつも『アイツ』の事を言いやがって……)
高い自尊心を見事に打ち砕かれたエドワードは自分の中から溢れ出す憤怒を抑えられない。ブルックの怒声もアリステラの泣き声も、ハンナの慌てる様子もどこか別世界での出来事のように感じる。
(もう俺は必要ないのか……? 俺はもう……ダメなのか……? 『アイツ』が……あの役立たずが……『英雄』だとでも言うのか……?)
アダムが去ってからのバランスの崩れ、すっかり醜くなってしまった自分の心の内。
(ふざけるな! あの野郎はずっと隠れて生きてればいいんだ!!)
エドワードが心の中で絶叫していると、突如、頬に激痛が走る。
「何してやがる!!?? お前は『勇者』だろうが!?」
ブルックの怒りの形相に自分が殴られた事を理解したが、目の前には巨大なオーガが「獲物を見つけた」と言わんばかりに笑みを浮かべている。
「ハンナ!! 転移結晶は!?」
ブルックが叫ぶと同時にオーガは巨大な斧を振りかざす。「チィッ」と舌打ちしたブルックは自らの聖盾でそれを防ぐが、あまりの衝撃に(なんだ? この威力は……?)と吹き飛ばされてしまう。
確実にこれまでのオーガの一撃ではない。カオスドラゴンの鉤爪のような威力だ。ブルックの頭には1人の言葉がよぎる。
「魔物を弱体化するスキルを使っている」
気怠そうに、ため息混じりに、綺麗な赤髪を掻きながら漆黒の瞳に呆れを滲ませて言った「友」の言葉だ。大木に打ち付けられながら、(これは本当にヤバいな……)とすぐに立ちあがろうとするが、よろめいてしまい、膝を着いた。
ハンナはブルックが吹き飛ばされたのを見て、即座にこれまでのオーガではない事を察する。転移結晶を拾う前にこのオーガ達をどうにかしなければ、転移どころではない事を理解する。
「『水龍の逆鱗』!!」
オーガ相手には強力すぎる魔術だが、(このオーガ達は普通じゃない)と、なんの躊躇いもなく、極大魔法を放つ。前にいる3匹まとめて屠るつもりの攻撃魔術であったが、1番前のオーガが倒れただけである。
(やばい、やばい、やばい!!)
「エ、エドーーーー!!!!」
ハンナはこのままでは魔力を消費しすぎ、転移する魔力が残らなくなってしまう……と勇者に助けを求めた。
アリステラは目の前の状況が悪い夢にしか見えない。いつも軽々と弾いているブルックが吹き飛ばされる所やいつもは視界が綺麗になるハンナの極大魔法が、一体しか屠る事が出来なかった所など、(もう夢なら覚めて……)と心の中で懇願するが、これは現実で覚めるはずもない。
ゴブリン達の手の感触が全身に残っており、全身に悪寒を感じながらも、自分にできる事を模索し行動に移す。
「『超回復ハイ・ヒール』」
ブルックに回復魔法をかけ、エドワードのもとに走る。
「エ、エド! 早く2人を!!」
「俺はもう、ダメだ……。みんな、『アイツ』の事ばかりだ……。アリス、お前も」
エドワードの言葉に目を見開く。錯乱状態なのは間違いないが、言葉の意味を理解し、(私のアダムへの気持ちに気づいてたの……?)と絶句してしまう。
動揺しているのは確かだが、この状況をどうにかせねば、確実に全滅してしまう……。アリステラはエドワードにそっと唇を当てる。
「『アイツ』って誰かしら? あの無能のこと?」
ゴブリン達の手の感触の気持ち悪さは消えていない。全身の震えは止まらないが、すっかり慣れてしまった『アダム』への侮蔑の言葉は自分でも思った以上にすんなり口から出た。
「我らをお救い下さい。『勇者様』……」
アリステラはそう言って神に祈るように片膝を着くと、エドワードの黒茶色の瞳に色が戻った。
エドワードは跪くアリステラを眺め、やっと現状に帰って来た。オーガは自分達を取り囲むように6体が立ち塞がっている。
一体は既に倒しているようだが、かなりマズイ状況にある事をすぐに理解する。『アイツ』の事はいまは捨て置き、自分がすべき事に取り掛かる。
(俺は『勇者』だ!!)
ギリギリで繋ぎ止めた自尊心。
周囲の状況を把握し、指示を出す。
「ハンナ! ブルック! アリス! 悪かった!! ブルックは俺のサポートを! ハンナはアリスを守りつつ援護を! アリスは回復サポートを!」
そう叫びながらブルックの方に走る。
「『神威』……」
エクスカリバーが光を放ち、エドワードを包み込む。一気に超加速し、オーガに向かう。
「『神閃』!!」
神速の斬撃がオーガを斬る。ドサッと大きな音を立て倒れるオーガには見向きもせず、別のオーガに向かう。
「エドワード!! しっかりとトドメをさせ!!」
ブルックが慌てた様子で叫ぶ。エドワードは(何を言っているんだ?)と先程切り倒したオーガを見ると、傷だらけではあるが、立ちあがろうとしているのが目に入る。
「な、なんで……?」
自分の必殺の「型」を与えたのにも関わらず、オーガはまだ生きている……。
(『オーガ』だろ……? 今まで散々屠って来た魔物のはずだ。この『型』で確実に屠ってきた魔物のはずだ……)
何かが起こっている事はわかっているが、もうどうしようもない事を理解する。
「ハ、ハンナ!! 援護はいい!! 転移の準備を! ブルック! ハンナにつけ!!」
「オーガはどうするんだ!!??」
「俺が休まず、斬り続ける!!」
エドワードはオーガにトドメをさすことを諦め、「神閃」の連撃でオーガを立ち上がらせないように高速で動き回る。
(くっ……身体が……)
エドワードは「神威」の反動で悲鳴をあげる身体に鞭を打つ。(あと少し……)心の中で呟きながら、光を待った。
ハンナは落とした転移結晶は諦め、予備の転移結晶を取り出し、魔力を込め始める。
辺りが光に包まれ始めた事を察知し、エドワードはその光の中に飛び込んだ。
「待て! この軟弱勇者!」
「逃げるのか!!??」
オーガの叫び声は4人の鼓膜を震わせた。
――王都 北門
夕焼けの空の下で、疲弊しきった4人は大きく深呼吸をした。あの場から逃げたしてしまった羞恥よりも、命がある事への安堵が皆の心には染み渡っている。
「『超回復ハイ・ヒール』……」
自分も含めた、傷だらけのメンバーをアリステラは回復魔法をかけた。
「なんなんだ……? あのオーガは……」
エドワードの呟きに、ブルックは唇を噛み締める。ただでさえ、精神にダメージがある状況で、
「今まではアダムが弱体化してくれてたんだ」
と口に出してしまえば、エドワードが壊れてしまう事を直感的に理解していたのだ。
「確かに、普通じゃなかったよね……」
ハンナはエドワードの言葉に賛同しながら(あのオーガは変異種なのではないか?)と思った。
「今は無事、王都に戻れた事を……」
アリステラはそこで言葉を区切り、涙を流し始める。ボロボロの衣服に震える身体。もし、ゴブリンに捕まったままだったら……と考えるとまともに声を出せる状況ではなかった。
ハンナはすぐに駆け寄りアリステラを抱きしめる。その様子を眺めながら、ブルックはエドワードにしか聞こえない声でゆっくりと口を開いた。
「このままでは、とても魔王など討伐できないぞ……」
「……わかってる」
エドワードはそう言いながらも、何をどうすればいいのかはまるでわからなかった。
ハンナはアリステラを宥めながら自分が最大の失態をしている事に気づき、顔を青くした。ハンナの異変に気づきブルックは「ん?」と首を傾げ、声をかけた。
「ハンナ、どうした?」
「み、みんなごめん……。転移結晶を置いて来ちゃった……」
「…………魔物の手に渡ったのか?」
エドワードは目を見開き、確認する。
「それはわからないけど、落としちゃったやつは諦めて、予備のやつで、ここに帰って来たの……」
「………………」
魔物に転移結晶が渡ったとなると、知性ある魔物達が国内のどこに現れても不思議ではない事を意味している。万が一、魔王の手に渡ってしまえばとんでもない事になってしまう……。
(なぜこんな事になってしまったんだ……。まさか俺がアダムを貶めた天罰が降ったのか……)
エドワードは心の中で絶望したように呟いたが、態度にはおくびにも出さなかった。
太陽が沈む王都の北門には、アリステラの泣き声だけが静かに響いていた。4人はこの失態が新たな惨劇を巻き起こす事になる予感に、誰も口を開く事が出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます