第37話 ブルックの覚悟とアレクサンダーの動き





 スキルを発動させる事に躊躇はなかった。ここで躊躇したところで待っている未来は同じだ。「自分の命と引き換えに加護を受ける」絶対的な防御に特化したスキル「不屈」。自分の命が燃え尽きるまでの周囲の身の安全が保障される、ブルックのとっておきだ。



 ブルックは「神の加護」の力をその身に宿しながら、


(このままではジリ貧だぞ……? 持って夜明けまでか……)


 と呟き、自分の「死」を受け入れた。聖盾の効力を最大限に引き出す事が可能なのは間違いないが、こちらから「アレ」に有効打を与えることは不可能に近いような気がした。



「「おぉ!! 生き返ったぞ!! すごいすごい!」」


「「で、て、いけ」」


「「いつまでこの身体の主であるつもりだ? 自分の精神の弱さと、お前の馬鹿さ加減が招いた結果だろう?」」



 嬉々としている「左の顔」と苦悶の表情を浮かべる「右の顔」に、ブルックはエドワードも戦っている事を確認する。


 きっと予言の巫女様の「予言」により、アダムにもこの惨状は伝わるだろう……。数々の違和感にブルックは一つの結論を打ち出していた。


「アダムは俺たち何かよりもずっと強い」


 仮にアダムに救われた女の子の言葉が真実で、仮に巫女様がアダムの本当の力を知っていて、仮にあのゴブリン達を2年前に蹂躙して回っていたのなら……。


 なぜ、戦闘をしなかった……と言うよりも、なぜ「相手を弱体化させる」だけだったのかは不明だが、


(本当の『力』を見せるのは『今』だぞ?)


 とブルックは心の中でアダムに問いかけた。




 左腕に始まり遂には左半分程度、浸食されている「エドワード」が左手の上に黒い球を顕現させる。


「「ほーら! 『暗黒砲ダーク・ノヴァ』!!」」


 自分目掛けて飛んでくる、見るからに濃密そうな黒い球に光に満ち溢れている聖盾を構える。轟音とともに爆発した「暗黒砲」は王都にぽっかりと穴を空ける。


「ブルック……」


 後ろからアリステラの震える声が聞こえ、辺りを見回すと、「暗黒砲」の爆発で、自分の周辺以外を弾き飛ばされた王都に姿が目に入る。


「なんだ、これ……?」


 夜の王都に「闇」が訪れる。遠くに見える街の明かりと、慌てふためく人々の姿が見えるが、悲鳴は何も聞こえない……。


 初めて使用した「不撓不屈エヴァラック」の防御力にブルック本人も驚嘆する。


(アダムが来るまでは……)


 来るかどうかもわからない「友」に希望を託し、


(何とか耐え切ってやる……)


 とブルックはゴクリと唾を飲み込んだ。



※※※


 王宮のテラスから王都を眺めながら国王アレクサンダーは驚愕した。王宮に詰め寄せる民衆達の声に「何か」があった事を理解した。


「門を解放しろ!! 何があった!!??」


 いま自分の側にいるであろうエデンの「隠密」に声を荒げる。ふわりと風が頬を撫でると、自分の背後で跪く「隠密」筆頭であるマークが現れ、ゆっくりと口を開いた。


「勇者様が何やら『黒い闇』に飲み込まれたようです。いま聖盾と聖女、魔導士が対処に当たっているようですが、かなり劣勢であります」


「『黒い闇』??」


「詳細はわかりませんが、嫌な感じです」


 マークがそう言うと、王都に建物が崩れる音が響き渡る。アレクサンダーは顔を顰め、


(巫女様の『予言』なしか……)


 とギリッと歯噛みをした。勇者が「それ」になったと言うことは勇者不在と言うことだ。アレクサンダーはまた顔を歪め、即座に対応する。


「全国に散らばっている隠密に連絡をとり、戦力になりそうな者を片っ端から王宮に転移させる。準備が整い次第、知らせろ……」


「御意!」


 ふっ。とマークの気配が消える。アレクサンダーは流れ込んでくる民衆を眺めながら、星一つない空を見上げると、ふと、フィラリアで手を差し伸べた赤髪の漆黒の瞳を思い出した。


(『黒い闇』か……)


 と呟いていると、轟音が王都に響き、自分の治める都市にぽっかりと穴が空いた。


「ハハッ」


 思わず溢れた笑い声は1人のテラスにすぐに溶けて、アレクサンダーの引き攣った表情によく似合っていた。

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