第38話 王都へ




 神との3年ぶりの謁見を済ました俺は、色々と考えるのが面倒になり、すぐに眠ったのだが、眩い光に包まれている部屋に目を覚ました。


「なんだ? 朝から……」


 と顔を顰めながら目を開けると、ポロポロと涙を流すイブが抱きついてきた。朝からの抱擁にイブの胸の感触を堪能していると、イブは弾ける笑顔で口を開いた。


「アダム! 一度王都に戻ろう!! 大丈夫! 私に出来ることは全部するから!!」


 俺はイブの泣きながらの笑顔に穏やかに微笑みながら、身体を起こした。イブの言葉に昨日の乳だけ女神との会話を思い出し、なんでイブが知ってるんだ? と首を傾げた。


「マスター! おはようなのだー!! イブがまた光をバーーってして、ゴニョゴニョって言って、ポロポロって泣いたのだー!!」


 朝から元気なやつだ……と思いながら、擬音が多すぎるアイラの説明でだいたいを把握した。


 おそらく、昨日の「ここで旅は終わりだ」と言った俺の言葉を覆すために、イブが『予言者』であのクソ女神に、「旅を続けるためにはどうすればいいか?」を聞いたのだろう。


「……どうかな?」


 イブは今にも泣き出してしまいそうな表情で言う。まぁ俺も旅を終えたいとは思ってないし、イブがまだ旅を続けたい! と思ってくれている事実に思わず笑みを浮かべてしまう。


 やっぱり「イブ」は「イブ」がいい。中身が女神で居るよりも、特筆すべき容姿などではなく、俺はイブの内面に惹かれているのだな……と心で実感しながら口を開いた。



「ああ。面倒だが、ちゃんと誤解を解きに行くか……」


「……まだ終わりじゃない?」


「ああ」


 イブはまた淡褐色の瞳に涙を浮かべて、屈託のない笑顔を向ける。


「イブ、どうしたのだ? お腹空いたのか?」


 アイラはまた泣き始めたイブを心配そうに見上げている。イブを宥め、支度を済まして部屋から出ると、早朝だと言うのに宿泊していた客達がざわついている。


(俺がここに居るってバレたのか?)


 と眉間に皺を寄せたが、「あんな美人、見た事ないぜ!」だとか、「どこのパーティーに所属しているんだ?」などとざわついていたので、俺とは全く関係のない事であるとわかり、早くここから立ち去ろうと思った。



 受付には宿泊客がごった返しており、軽く舌打ちしながら、皆の視線を独り占めしている人物に目を向けると、アイラが叫び声を上げながら駆け寄っていった。


(………忘れてた……)


 と苦笑しながら、高価そうな鎧に包まれたカーラを視界に捉えた。俺はコイツにもフード付きのコートを造ってやらないとな……と人目に付きすぎる銀髪と端正な容姿を見ながら思った。



「あっ!! アダ、、ム、、様、」


 カーラはこちらに気づいたかと思うと不自然に言葉を区切り、辺りをキョロキョロと見渡した。


「カーラ、どうしたの?」


「イブ様、アダム様、アイラ殿。少しまずい事になっています。ここからすぐに離れましょう!!」


 カーラは未だ周囲をキョロキョロと警戒しながら口を開くが、もう胸にしか視線が向かないのは男の性だ。たわわな胸が右、左……。


 おそらくカーラの様子からして、俺が国賊として追われているのを知ったのだろうと言う事は理解出来るが、俺は豊満な乳から視線を外せないでいる。


「ア、アダム!!」


 イブの声にハッとして視線を向けると、唇を尖らせるイブの姿が目に入った。


(か、可愛い……。カーラの使い方がわかった気がする……)


 俺は心の中で呟きながら、焦るでもなく笑みを浮かべると、イブは頬を膨らませた。



 宿屋から出ると、暑い雲が広がっていた。今にも雨が降り始めそうな気配に、濡れるのは嫌なので、馬で王都に向かうのは諦めようと思った。


「アダム様……かなり不味い状況です。何がどのようになったのか、」


「俺が『国賊』って事はもう知ってる。とりあえず王都に行って誤解を解いてくるから大丈夫だ」


「……えっ!! おそらく方々の都市からアダム様を捕らえるよう人が出ています。王都に向かってなど……」


「問題ない。気にするな」


 俺はコートの中で魔道具風の石を「創造」し、それをカーラに見せた。


「こ、これは……?」


「…………時空を繋げて、どこにでも行ける魔道具だ!」


「そのような魔道具までお持ちとは……」


 カーラは驚嘆したように、魔道具風の石を観察している。適当に造ったからそんなにマジマジ見られても……と思ったが、そんな魔道具ないのだから別に大丈夫か!とすぐに思考を辞めた。


 それよりも乳だけ女神は「明日中に王都に行け」と言った。つまり「今日中に行け!」と言う事だ。まだ朝も早いが、俺は面倒事はすぐ終わらせたいタイプなので、さっさと行って、さっさと旅に戻ろう……とすぐに王都に向かうと決める。



「イブ、おいで?」


 まだちょっと拗ねているイブに声をかけると、意外な程に従順にトコトコと走って来た。


「機嫌治ったか?」


 と顔を覗きこむと、俺のコートの裾をギュッと握って、顔を赤くした。「ふっ」と笑いながら、カーラとアイラに視線を向ける。


「今から、王都に行くぞ? アイラは絶対暴れるなよ?」


「はいなのだーー!!」


 ニコニコと何をしに行くのか、まるでわかっていないアイラに苦笑するが、このアホは気にしたら負けな気がして、もう適当に放置する事にした。


「カーラは別に何もしなくていい。何があってもイブの側を離れるなよ? 王国騎士団とか、衛兵が群がって来ても、俺が適当にあしらうから気にするな」


「は、はい!! イブ様はお任せ下さい!!」


 カーラは何故か顔を真っ赤にさせながら、大声で叫んだ。宿屋からたくさんの人が見ているのにとため息を吐き、(コイツもバカだな……)と呆れた。


「アダム……」


 隣でイブは心配そうに俺を見上げてくる。


「大丈夫だ。俺に任せとけ!」


 俺がそう言ってフードに手を置きながら笑うと、ほんのりと頬を染め、心底安心したように、


「うん!!」


 と屈託のない笑顔で、元気に返事をした。



 俺はふぅ〜っと長い息を吐き、形だけの魔道具を前にかざし、王都への時空を開いた。


「マスター! すごいのだーー!!」


 とアイラはぴょんぴょんと跳ね回り、イブは俺のコートを掴みながら、キラキラと淡褐色の瞳を輝かせ、カーラは、


「はぁぁあえぇー……」


 と意味のわからない事を言いながら、ぽけーっとそれを見つめていた。俺は(コイツ、絶対貴族じゃないだろ……顔が良くて、よかったな)と笑いを堪えた。


 繋げた時空から、何だか禍々しい物が流れて来て、俺は違和感を感じたが、別にいいか。とかなり楽観的に時空へと足を踏み出した。

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