第36話 アリステラの絶望と希望
「あぁ……。ぶ、ブルック……? あ、あぁ」
ハンナが「エドワードの左腕」に貫かれたブルックに手を伸ばしている。
アリステラは言いようのない焦燥感に呼吸が荒くなっているのを自覚した。
(何で……? なんで……。なんで……!!??)
「『聖者救済セイント・リリーフ』!!」
アリステラは迷わず、自分の蘇生魔術を使用する。直感的にブルックが去ってしまった事を理解していたのだ。
(お願い……間に合って……。連れて行かないで……)
まるで死神に懇願するようにアリステラは祈りを捧げる。自分にとって最大の魔力消費量のとっておきの魔術だ。
「「おお!! コイツもなかなかだな!! 美味いぞ!!」」
「「き、貴様ー!! よ、よくも、ぶ、ぶる、っく、をー、ーー!!」」
「「エドワードの仲間だったのか……? そ、それは悪い事をしてしまったなぁーー!! クククッ」」
アリステラは2人?の会話を聞きながら、涙が頬を駆けるのを感じる。
「あぁ……ブルック……」
項垂れるアリステラは助けを求めるようにハンナを見る。周囲からは綺麗に人が消えている。自分とハンナの2人だけがこの場にはいる。
この2人だけでこの状況をどうにかできるイメージが一向に湧かない。
「エド……? アダムさん……」
ギリギリの精神状態の中、いま目の前で左腕から胸にかけて「黒」が侵食している張本人の名を呼び、縋るように愛しい人の名を呼んだ。
「「クハハハッ!! 次はお前にしよう……。何やら気に食わない。あの忌々しい女神の片鱗がお前にはありそうだな……」」
「「や、やめ」」
「「ほぅ……。少し見直したぞ。エドワード。まだ自我があるか?」」
「「う、る、さい」」
「「そうか……お前の恋人か……。クククッ。躊躇するな……。『絶望』に身を任せれば良い……」」
(また左腕から『黒の槍』が飛んでくる!!)
アリステラは身構えるが、いつも守ってくれる『聖盾』はない……。身近すぎる死の予感に、恐怖も焦りも喜びも悲しみも、「何も」ない……。そこはどこまでも続く虚無が広がっている。
「うっ、うわぁーーーー!!」
ハンナの叫び声に虚無から抜け出す。ハンナの杖の先には巨大な青い炎を生み出されており、周囲の空気がペキペキッと音を立てている。
「『地獄炎ヘルフレイム』!!」
青い炎は『エドワード』目掛けて飛んでいく。突発的にアリステラは神聖魔術を合わせる。
「『浄化ピュリフィカシオン』!!」
光の粒子が青い炎に溶け込み、まるで太陽に透ける清く、美しい湖のようだ。
(あの『黒』に神聖魔術は有効なはずだ!)
「「……悪くないな……」」
「何か」は少し感心したように微笑む。左腕はゆっくりとエクスカリバーに手をかけ、荒々しく振るう。
(……嘘でしょ……?)
黒い斬撃に『聖剣』の光が混じり合った黒白の飛ぶ斬撃が自分とハンナの渾身の攻撃魔術を切り裂き、後ろの建物も切り倒している。
「がっはッ!!」
すぐ近くで聞こえた声に心底、安堵するが、自分がしなければならない事を自覚し、駆け寄り、ぽっかりと空いた穴に手をかざす。
「『超回復ハイ・ヒール』」
(よかった……何とか命は繋ぎ止めてる……)
ブルックは激しく咳き込み血を吐いてはいるが、ぽっかりと空いた穴の中の繊維が何本も何本も組織を形成してくのが見える。
(なんとか命は繋ぎ止めれそうだ……)
ハンナは火、風、水、土の極大魔術を惜しげもなく連発しているが、「アレ」には一切効いていない。むしろ子供が戯れてくるのを楽しそうに遊んでいるみたいだ。
ハンナが魔力切れになるのは目前のような気がする。
(万策尽きた……)
アリステラはあまりに絶望的な状況に涙を流す。自分が持ちうる神聖魔術はエクスカリバーに斬られ、おそらく一度、確実に命を落としていたブルックを救った所で待っているのは同じ結末に思えて仕方がなかった。
「……ありがとう。ハンナを回復させてやれ……」
ブルックはもう使えそうにないボロボロの聖盾を持って、立ち上がった。すぐにむせ返し、ゴボッと血を吐く。
(これではもう、盾役など絶対に……)
アリステラは心の中で呟いていると、ブルックは吐き出した血を聖盾に十字を描く。
「『不撓不屈エヴァラック』」
ブルックが呟くと聖盾が眩い光を発する。ブルック本人はゆらゆらと燃えているような赤いオーラのようなものを纏っている。
赤と白の光に包まれているブルックに、空いた口が塞がらない。こんなブルックは見た事がなかったし、ブルックはなにやら覚悟を決めたような表情を浮かべているので、アリステラにはこの状況を打破しうる一筋の光に見えた。
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