第35話 ハンナと「現実」
ブルックの肩越しに『エドワード』が浮いている。左腕は禍々しいほど黒く、メラメラ?と揺らめいている。左腕に「留まれなかった」残滓とでもいうのだろうか……?
ハンナはこの絶望的な状況に立ち尽くした。杖を構えるでもなく、魔術を発動させるでもなく、ただ目の前の「エドワード」を見ていた。
「ハンナ! 準備しろ!! 王都の人達を守るんだ!!」
ブルックの声が聞こえる。
(王都の人達を守る……? エドから……? 勇者であるエドワードから王都を守る? ブルックは何を言っているんだろう……?)
エドワードが浮いている理由も、左腕が黒く揺らめいているのも、何もわからない。王都に住まう人達の悲鳴がやけに耳に残る。
ハンナの頭の中は絵に描いたような「混沌」だ。先程までアダムが国賊である。と言う話しに全思考が偏っていたのにも関わらず、目の前には明らかに「エドワード」ではない「エドワード」が浮いている。
(誰か……。ちゃんと説明して……)
ハンナが何も出来ず、いや、正確には思考を放棄していると、「黒の残滓」が建物を破壊する。
辺りに響く轟音にビクッと身体を震わせ、理由もなく涙が頬をかける。本当は理由があるのかもしれないが、今のハンナにはそれがなぜなのかはわからない。
瓦礫の下敷きになり、泣き叫ぶ人々を見てもなお、ハンナはただそれを眺めていた。逃げ惑う人々。これはまさに青天の霹靂。
平和な国の「平穏」は崩れ去り、初めての脅威に慄き、泣き叫び、脱兎の如く王都を駆けている。ハンナは自分以外の時間が猛スピードで流れているのかと思った程だ。
「「クハハハッ!! 思うように動かせないものだな!!」」
エドワードの声と低い威圧感のある声が重なって聞こえ、無邪気に殺戮を楽しんでいる雰囲気すらある。
「エドワード!! 目を覚ませ!!」
ブルックが「それ」に話しかけている。
(今日はきっと悪い夢だ……。戦闘訓練も、この状況も、アダムを『追放』してしまった事で見てしまった、悪い夢だ……)
ハンナはブルックの前に歩みを進める。
(流石に死んだら夢でも醒めるでしょ?)
涙を流しながらも、引き攣った笑みを浮かべて『聖盾』の前に躍り出る。
「ハンナ!!」
ブルックの叫び声と共に「黒の残滓」が足を貫く、
「あつっ!!」
反射的に叫んだハンナはその場所に崩れ落ちる。ハンナの身体は強烈な痛みを熱さだと錯覚させたようだ。自分の足から止めどなく流れる血と、だんだんと覚醒する痛みにハンナは声を上げることすら出来ない。
「『超回復ハイ・ヒール』」
ハンナはアリステラの咄嗟な治癒魔術を受けたが、その場に座り込み、身動き一つとらない。
「「フハハハッ! コイツは『いい養分』だなぁー? 他の『虫』とは段違いだ」」
「「に、げ、……ろ……」」
「「流石は『勇者様』!! クハハハハハッ!!」」
ハンナは動けないず、座り込んでいるが「黒の残滓」はそれを許してはくれない。エドワードの左腕からは明確な殺気が漂っている。
(死ぬの……?)
ハンナは絶望の淵で未だ現状を理解できず、「生」を手放した。
ガキンッ!!
周囲に「何か」が壊れる音が響く。
「コプッ……」
そんな音をたてて、ブルックは口からは血を吐き出した。
「い、いやぁーーーーーー!!」
アリステラの絶叫はハンナの耳にも届いている。
ハンナの目の前には、聖盾を「黒の残滓」に貫かれ、腹を撃ち抜かれているブルックの姿と、自分の目の前で止まった槍のような「黒」があった。
「ブルックーーーーー!!!!」
アリステラがまた絶叫した。
ハンナは顔中にぶちまけられたブルックの生暖かい血を震える手でなぞり、今日一日からの現実逃避をやめた。
目の前には残酷な「現実」があるのだからそれも当然だ……。
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