第24話 新たな旅のお供 ①



 すっかり元気になったアースドラゴンは歓喜の咆哮をあげた。


「おい、うるさいぞ?」


 俺が軽く睨みを効かせると、


「も、申し訳ないのです……。マスター」


 とアースドラゴンは死ぬほどイカつい顔をシュンとさせて言った。(マ、マスター??)と眉間に皺を寄せながらも、発せられた言葉の意味と少女のような声に、俺とイブとカーラは目を見開いた。


「……女の子なの?」


 先程まで口を尖らせていたイブがドラゴンに話しかける。


「はい〜! 我は女の子なのです」


「……えっとーー……何歳なのかな?」


 イブの声かけに(いや、そこッ!?)とツッコミを入れそうになってしまう。


「117歳なのです〜!!」


「ええっ!! 見えない!!」


 イブは天然を炸裂させている。声の印象でもっと幼いイメージをしていたのか、イカつい顔と貫禄にもっと歳をとっているイメージをしていたのかはわからないが、込み上げてくる笑いを抑える。


 俺はドラゴン何か無視して、目的の遂行を優先するために、イブに声をかける。


「イブ、機嫌治ったか? そろそろ褒賞は?」


「え、うん……。褒賞……?」


 イブは顔を真っ赤にする。忘れていたでは済まさない。俺は「アダム以外の『お』」の続きを聞くために、こんな面倒な事をしてやったのだ。


「俺以外の? 確か、ノワールのジョン殿下の事を聞いてたんだったな……。その時に俺以外の『お』って言ったんだ。思い出したか?」


「………ぅ、うん。覚えてるよ?」


「それで? 何だ?」


 また耳まで赤くなっているイブに俺は非常に満足しながら、イブの言葉を待っていると、カーラが口を出す。


「あ、あの、これは一体、どのような状況……」


「うるさい。ちょっと待ってろ」


「は、はい……」


「で? イブ?」


 俺はカーラを黙らせ、イブに問いかける。


「アダム、意地悪しないで……? みんなの前だと恥ずかしい……で、す……」


「俺、頑張ってドラゴン倒したのに……」


 俺が落ち込んだようにそう言うと、イブはオロオロとし始めた。俺は「ふふっ」とその姿を楽しみ、イブの耳元に顔を寄せ、


「じゃあ2人になった時、ちゃんと教えろよ?」


 と言うと、イブは俺の顔も見ずに真っ赤な顔でコクッコクッと何度も頷いた。



 とりあえず、イブは変わりない。口を尖らせていた理由はわからないが、もう大丈夫のようだ。ふぅ〜と息を吐きながら、前後の俺の言葉を待っている貴族とドラゴンを確認する。


(めんどくさッ……)


 ぶっちゃけカーラはさっさと領地に帰ればいいと思っているし、ドラゴンへの興味もすっかり失せている。だが、カーラには俺がスキルを使っている所を見られたし、ドラゴンは俺のことを「マスター」などとふざけた呼び方をしている。


 まずはふざけたヤツから対処しよう……。


「おい、マスターってのは?」


「…………我に言っているのか?」


「お前以外に俺をマスターと呼ぶヤツはいないだろ?」


「そ、そうなのか? 我は敗北して、マスターに命を救われたのだ! マスターに仕えさせて欲しいのだ!」


「…………めんどくさい! さっさと巣に帰れ!」


「わ、我に帰る所はないのだ……『炎竜フレイムドラゴン』お姉ちゃんとケンカして、追い出されてしまったのだ……」


 巨大なアースドラゴンはガックリと首を折り項垂れている。(『炎龍』とケンカして追い出された?)そんな事、俺の知ったところではない! むしろ一緒に住んでいたのか!? と思ったがそれも俺には関係ない。


「じゃあ新しい棲家を探して、大人しくしておけ」


「探そうとしていたら、そこの女達が襲って来たのだ。我は何もしていないのに……。『ドラゴンだー!』って……。いつもそうなのだ……。我は何もしていないのに、我を見つけると人間は我を屠ろうとしてくる……」


 アースドラゴンは月白げっぱくの瞳に涙を浮かべて、鋭利な鉤爪で涙を拭っている。なんだか憎めないやつだ。



「す、すまなかった!! 人を襲うのかと思っていたのだ!! こうして会話できるとは思っていなかったんだ!!」


 カーラは慌てて声をあげる。アースドラゴンは少し鼻を啜り、また涙を流す。


「我も初めの頃は『何もしない!』と伝えていたのだ……。でも人間はいつも、いつも襲ってくる……。我は新しい棲家を探しているだけなのに……。街にだって行かないように気をつけていたのだ……」


「本当に申し訳ない!! ドラゴンは人を襲うものと決めつけ、其方に配慮がなかった事を心より謝罪する!」


「別にもういいのだ……。命を救ってくれる人間のマスターにも出会えたし!! それにしても、マスターの『強さ』には本当にびっくりしたのだ! 我もマスターと旅したいのだ!!」


 アースドラゴンは涙を拭いながら、凶悪な牙を見せて満面の笑みを浮かべている。


(これ、どうゆう状況だ……?)


 と俺は心の中で絶句する。


「あ、ありがとう……許してくれて……。よかったな……。旅人様と出会えて……」


 カーラも紺碧の瞳に涙を浮かべる。おかしな方向に話しが進んでいる気がする。


「そうだね……。あなたも苦しみの孤独の中に、光を見つけられたんだね!」


 イブまで、感極まっているように涙を浮かべている。


(これ、どうゆう状況だ!!??)


 俺は心の中で絶叫する。とりあえず、話しを本筋に戻さなければ……と決意し、俺はぐうの音も出ない正論を突きつける。


「ドラゴンと旅なんかしてたら、いく先々で騒ぎになって旅どころじゃなくなるだろ!?」


「「……………」」


 押し黙る、カーラとイブ。2人の顔にも(それはそうだ……)と書いてある。ホッと息を吐いたのも束の間、


「それなら問題はないのだ!」


 とアースドラゴンは元気に叫ぶと、眩い光を発し始め、強風が辺りを包む。


「わ、わぁーー!!」


 と倒れそうになるイブを抱き寄せながら、俺は眉間に皺を寄せる。「あ、ありがとう……」と顔を染めるイブを見ながら、まだ戦うつもりなのか? とアースドラゴンを見定める。



 すると、アースドラゴンの光が次第に人型を形成し、10歳前後の少女が全裸で姿を現す。


 目鼻口のバランスの良い、整った可愛らしい容姿。大きな月白の瞳はそのままに、黒髪のショートヘアの毛先は茶色になっている。身体には所々岩のような鱗が残っているが、子供らしい自信満々のドヤ顔で少女はにっこりと微笑んでいる。


「これなら大丈夫なのだ!!」


 少女は先程のアースドラゴンと同じ声で満面の笑みを浮かべる。八重歯が特徴的な可愛らしい笑顔だ。先程までのアースドラゴンの威厳など微塵も感じさせない姿に、俺は口を開けて驚いた。



「こ、こら!」


 イブはそう言って、慌てて自分のコートを脱ぎ、少女に着せるが、小柄なイブのコートでも裾は地面に着いており、苦笑している。


「人になれるのか……?」


「これならマスターと旅ができるのか……?」


 俺の問いかけに不安そうな表情を浮かべるアースドラゴンだった少女。未だ固まっている俺を他所に、イブは少女を抱きしめる。


「もちろん! 私からもお願いしてあげるよ? アダムは優しいから大丈夫!! アダム……この子もアクアに連れて行きませんか……?」


 イブはうるうるの淡褐色の瞳で俺を見上げ、アースドラゴンの少女はうるうるの月白の瞳で俺を見つめている。


(なんでこうなった!!??)


 と俺は心の中で叫ぶが、絶世の美女と今にも泣き出しそうな美少女の懇願はなかなか強力だ。


「……俺はイブと2人旅がよかったのに……」


 俺は心の中で呟いたつもりだったが、口から漏れ出ていたようで、少し恥ずかしくて頬に熱を感じる。すると、イブは唇を噛み締めながら顔を真っ赤にして目をパチクリさせる。


「………………ド、ドラゴンさん……ちゃん? ……悪いけど、この旅は2人なの……。カ、カーラさんに棲家を探して貰えるかな……?」


 イブは瞳を泳がせまくりながら、途切れ途切れにテンパリながら言っていて、俺はかなり驚いた。まさかイブが少女を突き放すとは微塵も思っていなかったからだ。


(ふふっ。これはもう、どう考えた所で俺に惚れてるだろ!!??)


 と歓喜に沸く俺の心中。俺は自然に浮かび上がってくる笑みを抑える事ができない。


「……お、お姉ちゃんはう、嘘つきなのだー!!」


 アースドラゴンは本当に少女のように月白の瞳からボロボロと涙を流し始めてしまった。イブはハッと正気に戻ったように、


「ご、ごめんね? ごめん、ごめん」


 と少女を抱きしめた。助けを求めるように俺に視線を向けるイブに、はぁ〜と長いため息を吐きながら少女に声をかける。


「連れて行ってやるから、もう泣くな!」


 俺的にはイブも俺と2人旅がしたい!と思ってくれている事がわかっただけで僥倖だ。まだアクアまで時間はあるし、少女、いや、アースドラゴンの棲家を探すくらいならしてやらなくもない。


「ヒクッ、ヒィッ。ヒィッ」


 と嗚咽を漏らしながら懸命に涙を堪える少女はゆっくりと落ち着きを取り戻して行く。イブはホッとしたような、少しだけ諦めたような表情を浮かべながらも、「ふふっ」と優しい微笑み浮かべて、少女の頭をなでている。


「あ、ありがどゔ〜なのだ〜!!」


 鼻水をダラダラと流しながら嬉しそうに笑う少女に、俺とイブは穏やかな笑みを浮かべた。


(これからまた大変かもな……)


 と思いながらも新しい旅のお供ができた事に、少しだけ、ほんとーに少しだけ胸が高鳴った。



「よ、よ、よ、『予言の巫女様』………?」


 すぐ後ろで聞こえた声に、(あぁ……すっかり忘れてた……)と、この状況がまだ終わっていない事を理解しながら振り返ると、両手で口元を覆い、紺碧の瞳を今までで1番見開いているカーラの姿があった。

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