第25話 新たな旅のお供 ②
カーラの言葉にイブは慌てて自分の手で顔を覆った。(いや、流石にもう無理だろ?)と呆れたように笑いながら、さてさて……と思考を開始する。
「どうしたのだ? お姉ちゃん?」
少し落ちいついてきたアースドラゴンだった少女はイブの様子に不安そうな顔を向ける。
「だ、大丈夫だよ? わ、私はよ、『予言の巫女』じゃないよ……?」
もう嘘がつけないのなら、黙っておけばいいのに……と思いつつも、そんなかわいいイブに自然に口元が緩んだ。
「み、巫女様……。これは一体……?」
カーラは困惑しながら普通にイブに話しかける。
「……わ、私は巫女様ではないです……」
「えっとー……? 巫女様?」
「……わ、私は旅人で、す……」
「でも、み、巫女様ではないですか……」
ドラゴン少女は何がなんだかわからないと言った様子でキョロキョロと2人の顔を伺っている。
「ち、違います……」
「イブと言うお名前も……」
「いー……イーブ……。私はイーブです……」
「イブ・アダムス様ですよね……?」
「…………」
「ハハッハハハハッ!!」
耐えられず笑い声を上げる俺を、3人はキョトンと眺めている。カーラは頭が堅く、「巫女様」である事を譲らないし、イブはまだバレてないと自分に言い聞かせて、馬鹿みたいに誤魔化している様子に笑いを堪えられなかったのだ。
「イブ、もう無理だろ? 別にカーラがバラさなければ大丈夫だろ」
「ア、アダム〜」
イブは泣きそうな声で、俺の言葉にホッとしたように表情を緩めた。カーラはそんな俺たちの様子を口を開けて呆然として見ている。
「こ、これは一体……?」
「巫女様はお忍びの『予言』にて、旅をしている。俺は巫女様の護衛に選ばれた者で、一緒に旅をしているんだ。お前はここで見た全ての事を忘れろ」
俺はカーラの紺碧の瞳を見つめ、有無を言わせぬ口調で言い切った。
「な、なるほど……。貴方様の『力』も納得するものであります……」
「わかったら領地に帰れ。俺たちのことは他言するなよ?」
「護衛は貴方様、1人なのでしょうか……? お風呂やトイレ、寝床などの警護はどうされているのです……?」
カーラは不思議そうに呟く。確かに風呂の中まで護衛する事は出来ないな……と今更ながら気づいた。アルムでは敵意ある人間がいないのがわかっていたので、そこまで考えてなかったが、これから先の旅で一々風呂場を貸し切るのは難しい事に気づく。
まぁ俺が「創造」した風呂で一緒に入ってもいいが、確実にやってはいけない事をする自信がある。
「イブ、そういえば、風呂とかはどうする?」
「お風呂くらい、1人で入れるよ?」
イブは困ったように笑いながら首を傾げる。
「我も一緒に入りたいのだー!!」
ドラゴン少女はここぞのばかりに口を挟む。俺はふふっ。と笑みを溢し、まぁ「ドラゴン」少女なのだから護衛くらいできるだろう……と思った。
「だそうだ。 ドラゴンが護衛する」
「左様ですか……。それよりも護衛様のお顔をしっかりと見せて頂きたいのですが……あれほどの『力』をお持ちな方など聞いた事がございません……」
まぁそうだろうな……。仮にも世界最重要人物を護衛している人間の身元を確認しないと!となるのは必然のような気もする。
だがここで俺の身バレはどうなんだろうか……?
まぁ追放されたのだからいくらでも言い訳はできるが、「何もしなかったから追放した」とエドワード達は言うはずだ。
「じゃあ、なぜこんなに強いのか?」
となり、俺の「森羅万象」が明るみになる可能性も否めない……。カーラが他言する可能性もないとは言い切れない……。気にする必要はないかもしれないが、この旅が途中で終わる事は避けたいのが本音だ。
(この旅の途中で『ヤバい事』はあってはならない)
イブの身に「何か」が起きる事は俺は許さない。万が一、その原因が俺だとしたら、俺は俺を許せない。
いっそのこと監視の意味も込めて、カーラも連れて行くか? いや、それだと俺の「スキル」を思うように使えなくなる……。
正直、俺はこの旅をかなり気に入っている……。こんな事はしたくないが、ここで間違えてしまうと全てが終わってしまう気がするのも確かだ。本当に癪だが、背に腹は変えられない! 「困ったときの神頼み」と言うし、俺は決意を決める。
「イブ……俺は最後までちゃんと旅をしたいと思っている……。あの女神に聞いてみてくれないか……?」
俺の発言にイブはかなり驚いた表情を浮かべながらも、なぜか嬉しそうに微笑み、コクリと頷いた。誰かに頼み事をしたのは赤毛の子犬を幼馴染のカレンに任せた以来だ。
「tprjn,mdjtodm.pjetjm」
イブが理解不能の言語を呟くと、光の粒子が集まり始め、人型を形成し、それらを従える。
この光景は何度見たところで慣れるものではない。
「お姉ちゃん、すごいのだーー!!」
とドラゴン少女の感嘆の声。フード越しではない本物の『予言の巫女』に絶句するカーラ。ただただそれに見惚れてしまう俺。
イブは2、3言葉を交わし、不貞腐れたような顔を浮かべる。俺たち3人の疑問の表情に、諦めたようにふぅ〜と息を吐いた。
「アダム……『カーラも連れて行け』って……」
イブの、いや、「神の言葉」を噛み砕く。確かにカーラを連れて行けば俺の懸念は全て解消される。カーラを監視しつつ、スキルを隠すか……まぁかなり面倒な事に変わりないが、最善手のようにも思える。
俺は一つ頷き、カーラに声をかける。
「神はカーラが俺たちと旅をするのがいいと言っているが、どうだ?」
「わ、私もお供してよろしいのですか!?」
カーラは興奮気味に声を張り上げ、瞳を輝かせる。俺はその様子に首を傾げる。まぁカーラが普通の貴族でない事は戦地にいる事でわかっていた事だが、いよいよ「コイツは本当に貴族なのか?」と疑ってしまう。
「何をそんなに喜んでる? それよりも領地には当分、帰れないと言うことだぞ?」
「……願ってもない事です……」
「……お前、本当に貴族か?」
「……き、貴族であります……」
カーラは少し分厚い唇をグッと噛み締める。唇の横からは血が流れており、伏せられた紺碧の瞳にはうっすらと涙を浮かべ、苦々しく呟いた。
イブとドラゴン少女は心配そうに俺とカーラを交互に見つめているが、言葉を発する気配は全くない。
「何だ? 言葉にしないとわからないだろ?」
「……わ、私は貴族でありますが、貴族のように生きて行きたいわけではありません……」
「……なぜ?」
「民を虐げ、気に食わないことがあると、必要以上に騒ぎ立て、事を大きくする。ちょっとした事で……本当に『ちょっとしたこと』で、簡単に銃の引き金を引くのです……」
カーラは顔を拳を握りしめながらプルプルと震え、涙を流し始める。
「今の私では守るべき民を救えない。その場凌ぎの優しさでは意味がなく、私自身、どうすればいいのかわからず、情けなくて、恥ずかしくて……。も、申し訳ありません。……長々と話してしまいましたが……わ、私は……貴族が大嫌いです……」
カーラはポロポロと涙を流し続ける。分厚い唇からは未だ血が流れている。握った拳の内側にもきっと血が滲んでいるだろう。
(貴族のくせに『貴族嫌い』か……。ちょっと面白いな……)
俺は心の中でそう呟き、カーラに声をかける。
「……一緒に行くか? 色んな場所を見て、色んな事を経験して、お前はお前にとっての『貴族』としての在り方を探せばいい。その代わり誰にも俺達の事を言うな……俺のスキルについて詮索しないと誓え……。できるか?」
俺は初めてカーラに笑顔を向けながら言うと、カーラは濡れた紺碧の瞳で俺と視線を合わせ、
「……は、はい……」
と泣きながら返事をし、笑顔を見せた。イブはカーラのそばに行き、ハンカチを手渡している。
「み、巫女様……しっかりと護衛させて頂きます」
「ふふっ。『イブ』でいいよ? それより私、同年代の友達がいないの……。私と友達になってくれたら嬉しいんだけど……」
イブは少し恥ずかしそうに、困ったように笑いながらカーラに声をかけた。
「……は、はい! イブ様の友になれるよう、精進致します……」
カーラは少し緊張したように頬を染めた。
俺は深いため息を吐き、(まさかの4人旅になってしまったな……)と呟きながら、これから一緒に旅をするのだから身バレは当たり前のように感じ、俺は自らフードをとる。
カーラはぽけーっと目と口を開き、放心している。
(勇者パーティーは思った以上にに有名だな……)
と心の中で呟いていると、
「マスター!! 綺麗な『赤』なのだ〜!!」
とドラゴン少女が声を張り上げる。(『マスター』は勘弁してくれ……)と苦笑しながら、呆れたように笑い、
「アダム・エバーソンだ。よろしくな。カーラ」
と、自己紹介をした。俺は「貴族」にこんなに穏やかに自己紹介する日が来るとは……と思いながらカーラの紺碧の瞳を見据えた。
「………よ、よろしくお願い致します!!」
カーラは顔を真っ赤にして、極端に腰を折った。(あんな無能の集まりでも、勇者パーティーの評価は相当なものだな……)と苦笑しながら、またふぅ〜っと長いため息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます