第23話 アダムvsアースドラゴン




 イブの頬にキスしてしまった俺はあり得ない速度で脈打つ心臓と経験したことのない顔の熱に戸惑いを隠せずにいる。


 イブは懸命に俺に抱きついて来ており、赤い耳が落ち着く気配は見えない。


「た、旅人様! そろそろでございます!」


「あぁ。わかってる」


 カーラの進言に無愛想に応える。もうほんっとーーにアースドラゴンなどどうでもいいのだが、ここまで来たのだから討伐してやっても構わない。


「……私はどのように助力すればよろしいですか?」


 カーラの不安気な声に、自分の顔の熱が落ち着いているのを確認し、カーラに視線を向けると、カーラは慌てて視線を外した。(まだ俺が怒ってると思っているのか?)とめんどくさくなって来る。


「『閃光』って速いんだろ?」


「……え、ええ。普通に比べるとかなり……」


「じゃあ、着いたら護衛を拾って行け。全員拾ったら逃げていい」


「旅人様はお一人でアースドラゴンを……?」


 カーラは信じられない!と言ったように紺碧の瞳をこれでもかと見開いている。


「あぁ。心配するな。なんとかするからすぐに逃げろ。それと、これ」


 俺は創造した5個の回復薬をカーラに手渡す。カーラは緊張したように頬を染め、「有り難く……」と呟いた。


「おそらく3人はもう……。いいか? 絶対逃げろよ?」


 (邪魔だから)と付け加えようかと思ったが、また俺が悪いみたいになっても嫌だと思い、ここで言葉を切った。


「…………は、はい」


 カーラは俯き、顔を赤くする。自分の無力さに腹を立てているのかもしれない……。



 俺はまだ少し耳の赤いイブに声をかける。


「イブ? そろそろ着くぞ?」


「…………う、うん」


「馬に乗ってるか?」


「アダムの後ろにいる……。邪魔になる……?」


 イブは赤い顔で俺を見上げてくる。想像以上の破壊力に悶絶しながら、イブが後ろにいても大丈夫なように討伐しよう!と心に決める。


「いや、じゃあ後ろにいろ」


「……うん」


 また頬に熱を感じ、心臓はバクバクとなっている。


(可愛すぎるだろ!? コイツ!!)


 と絶叫していると前方にアースドラゴンを確認する。


 全体的に禍々しい棘のような岩の鱗を身に纏った巨大なドラゴンだ。獰猛な鉤爪に凶悪な牙。月白げっぱくの瞳は淡い月の明かりを宿しつつも、物凄く美しい。


 以前カオスドラゴンを従える魔王幹部の……、まぁ名前は忘れたが、そのカオスドラゴンよりも迫力がある。所詮首輪をつけられたドラゴンだったと言うことだろうが、「本物」のドラゴンの迫力はなかなかのものだった。



「カーラ、護衛を避けろ! ドラゴンは『投げといて』やる」


 カーラの頭にはたくさんの疑問符が宙を舞っているが、


「承知しました!」


 と叫び、馬の上から消えた。


(ほぉー……確かに速いな)


 俺は心の中で少しだけ感心しながら、「大気」を操作し、アースドラゴンの足元に渦巻く大気を操作、変換させ、竜巻のように巻き上がらせ、アースドラコを空へと打ち上げた。


(あの速さなら、これくらいの時間で護衛を回収出来るだろう……)


 と空に投げられたアースドラゴンを目視しながら、ふぅ〜っと息を吐き、イブを抱いたまま馬から降りた。


「ア、アダム……気をつけてね?」


 ドラゴンを前に震えるイブは心配そうにしているが、「怪我しないでね?」とは言わなかった。そんなに乳だけ女神を信用しているのか? と思ったが、さっさと終わらせようとドラゴンと対峙する。


 うぅーん……。アースドラゴンの核を操作し行動不能……は、どうやってやっつけたんだ?となるから却下。存在そのものを消す……は、どこ行ったんだ?となるから却下。


 めんどくさくがちゃんと死体を残して安心させた方がいいだろう……。いや、いっそ「テイム」するのはどうだ? ドラゴンのペットなど聞いたことがな…い……と思ったが魔王幹部の……、まぁ名前は忘れたが、アイツがしていたから辞めた。



 アースドラゴンは咆哮を上げて俺を威圧してくる。自分よりも強い存在に出会った事がないのだろう。


(……馬鹿な竜だ)


 俺の態度が気に食わないのか、鉤爪を振り上げ、牙を露にしながら突進してくる。


「アダム!!」


 後ろからイブが叫ぶ。盗賊と同じように「自業自得」もいいかもしれないな……と笑みを浮かべるが、同じスキルというのも味気ない。


 とりあえず何が起きてもいいように多重結界を俺の周囲とイブに張る。とりあえずこれで考える時間はできた。カーラは無事、護衛達を連れて避難しているようだ。あまりの手際の良さにエドワード達よりよっぽど優秀だと薄く笑った。


(これなら見られる心配も無さそうだな……)


 アースドラゴンは俺の結界にぶち当たったようで困惑している様子だ。よくよく考えたら、俺はまともな戦闘をした事がない事に気づいた。


 いつも「削除」ばかりだったのだ。まぁ無駄に声を上げられても困るからと選択した物だったが、あれでは強いも弱いもわからない。


 この世界の最高峰の『力』が目の前にいるのだ。反則技は無しで行こう。


 試しに巨大な風の刃を「創造」する。


(刃先には高密度の大気……えぇーと……絶えず循環させて……少し水分を多めに含ませてから……えぇーと……大きさは……あの丸太のような足を斬れるくらい……で)


 と言った感じで、風の刃を操作、変換させ、アースドラゴンの足に向かって投げつけてみる。


「すごい!!」


 すぐ後ろでイブが感嘆の声を上げるが、(まぁ『閃光』でも傷一つつかないと言っていたし、これくらいでも傷一つつかないだろう……)と思いながら「ふふっ」と笑い、刃の行方を追うと俺が造った巨大な風刃はアースドラゴンの足を真っ二つに切り裂いた。


「はっ!?」


「アダム! 本当にすごいよ!!」


 まるで豆腐を斬るようにアースドラゴンの足がなくなる……。困惑する俺と感激するイブ。


(えぇー……『八竜』ってこんなもんなのか……?)


 魔王幹部のカオスドラゴンと戦っていたエドワード達はそれはもう壮絶な戦いを繰り広げていた筈だが……と絶句する俺を他所に、アースドラゴンは片足を失い、大きな音を立てて地面に転がった。


 アースドラゴンは火に耐性があった筈だ!と思い出し、普通の炎を創造しようかと思ったが、「黒炎」の方が何かカッコ良さそうだな!と黒炎をイメージし、アースドラゴンの明らかに燃えなそうな岩の鱗に着火させる。


「く、黒い炎だ!!」


 イブの反応の良さにニヤけながら、(ふふっ、アースドラゴンに火は効かないんだぜ?)とイブの反応に期待しながら黒炎を眺めると、ものすごく順調に燃え広がっているように見える。


「え、えぇー……」


 アースドラゴンは苦悶の表情と叫び声だ。イブは燃え広がる黒炎に、


「ちょ、ちょっと可愛そうだね……」


 と少し困ったように呟く。その意見には果てしなく同意だ。なんだか、じっくり痛ぶっているような感じになってしまっている。


 俺は黒炎を削除し、アースドラゴンの様子を伺うとドラゴンが月白の瞳を潤ませている。


「た、だずげでぐだざい……ごべんだざい……」


 おそらく「助けて下さい。ごめんなさい」と言ったのだろうと解釈する。ガラガラのダミ声は痛々しさを倍増させており、


(何か……ごめん……)


 と心で呟いた。放っておいたらそのまま死に絶えるだろうが……どうしたものか……。


 俺的にはしっかりと戦闘している所を見せて、イブを虜しよう!と思っていただけに、アースドラゴンが不憫すぎてもう助けてやりたい心境に陥っている。




「…………そ、其方は本当に何者なのだ……!?」


 すぐ後ろで聞こえた声に俺とイブは同時に振り返る。カーラはこれでもか!と目を見開き、驚愕している。それもそのはず、目の前には息も絶え絶えなアースドラゴンが転がっているのだ。


 こちらに意識を集中していたので、カーラの来訪に目を丸くする俺と、少し焦ったように唇を噛み締めるイブ。


「…………とりあえず、討伐はできたぞ?」


 俺は見たままをカーラに伝える。


「先程の『黒炎』は旅人様が……?」


 カーラはパチパチと瞬きをして俺を真っ直ぐに見つめてくる。紺碧の瞳は透明度が高く、狼狽えてくせにやけに輝いて見えた。


「あ、いや、俺は、」


「びどだらざづぼの……どうが、どだずげを……」


 また背後からこんがりと焼けたアースドラゴンの声が聞こえる。「人ならざる者……。どうか、お助けを」だと思うが……。


「『人ならざる者よ。どうか、お助けを』……?」


 カーラは驚愕の表情でアースドラゴンの言葉を復唱する。俺は深いため息を吐く。


「どこから見てた?」


「ア、アースドラゴンの足が切り落とされた所からです……」


「嘘つけ! 確認したけどお前の反応はなかったぞ?」


「護衛を置いて、『閃光』ですぐに戻って来ましたので……」


 カーラは俯き、またシュンとする。困った俺はイブに視線を移すが、イブは何だか拗ねたように唇を尖らせている。


「わでを、だずげで……」


「さっきからうるせぇな!」


 と叫び、アースドラゴンの上に大量の回復薬を創造し、回復薬の雨を降らせた。アースドラゴンはみるみる回復し、元の姿へと戻っていく。


 口を開けてそれを眺めるカーラ。未だ口を尖らせるイブ。涙を流すアースドラゴン。


(やってしまった……)


 と焦る俺。まだこの場の終息には早い。俺は深い深いため息を吐きながら、もうどうにでもなれ!と諦めたように小さく笑みを浮かべた。

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