第22話 勇者一行、戦闘訓練 ①
全ての準備が整った4人は王宮の外に出る。皆が「初めて」魔王領に足を踏み入れるような緊張感を持っており、パーティー内の空気は張り詰めている。
王都の北門を潜り、エドワードは口を開いた。
「みんな、準備はいいな?」
3人は頷く。
「よし。ハンナ、転移を頼む」
「了解」
ハンナはそう言って「転移結晶」を荷物から取り出し、魔力を込める。結晶は眩い光を放ち、4人を包み込む。
(大丈夫だ。何も問題はない……)
エドワードは心の中でそう呟き、昨日1日のモヤモヤも今朝のアレクサンダーとの会話を知らぬふりをして、結晶からの光に目を閉じた。
ーー魔王領 辺境地帯 「トアル」
禍々しい雰囲気。久しぶりの荒野地帯のトアル。魔王領は全域に厚い雲に覆われており、青い空が見えず薄暗い。魔王領の魔物達は、国内の魔物達と違い、種族の優劣はあれど知性を持っている者ばかりだ。
初めて足を踏み入れた時は、その悍ましい雰囲気に飲まれそうになったが、4人にとっては最早これが普通である。
いつもならここで、
「右に10キロ雑魚の群れ、前に5キロクソ雑魚の群れ、後ろに2キロ警備のカスの小隊、左に20キロドラゴン擬きの雑魚が20体くらいだな」
と言ったようにアダムが周囲の敵をみんなに伝えてくれていたが、その声は聞こえない。
「エ、エドワード……索敵はどうするんだ……?」
「……この辺りの魔物はゴブリンやオークくらいだろう。必要ない……」
ブルックの問いかけにエドワードは(こんな初歩的な事に気づかないとは……)と顔を顰めた。
「そ、そうだよ! この辺りは2年前の私達でも問題なく攻略できたんだから!」
「何も焦る事はないわ。目についた魔物を狩れば、訓練は滞りなく済ませれる……」
ハンナとアリステラは慌ててエドワードを擁護するが、皆の頭には一つの事がその脳内の全てを支配している。
『……これから先の冒険は……??』
今回はなんとかなるかもしれないが、今後、魔王討伐に向けての冒険で、索敵ができない事は致命傷以外の何物でもない。4人ともその事実に気づいていたが、声を上げることはしなかった。
「前、ワイバーンを討伐した西の山岳地帯に向かう」
「まぁ今更、ゴブリン狩っても意味ないよね?」
ハンナはエドワードの決定に賛同し、アリステラとブルックも力強く頷いた。
エドワードを筆頭に荒野を歩く。
「それにしても懐かしいなぁー。あれから俺達の成長具合に魔物達も驚くだろうな!」
ブルックは周囲に細心の注意を払いながら明るい声を出した。一歩一歩、重くなって行くパーティー内の空気をどうにかしないと!と思っての発言だ。
「ハハッ! そうだね。ワイバーンなら私の魔法で一撃で訓練にならないかも!」
「それを言うなら私だわ。回復する必要なんてないだろうし、神聖魔法は死霊系の魔物にしか効果がないのだから」
「それを言うなら俺だって、盾が必要な相手がいないだろ?」
ブルック、ハンナ、アリステラは、一向に口を開かないエドワードの様子がこれまでとは全く違うことに気づいていた。
何やら怒っているような、荒ぶっているような……。いつもの穏やかで笑顔を絶やさないエドワードからは想像をできない雰囲気に、引き攣った表情を浮かべながら中身のない会話に花を咲かせた。
山岳地帯を視界に捕らえ、荒野から森に足を踏み入れた。魔物の姿は一向に見えず、エドワードは「ん?」と眉間に皺を寄せた。
「少し、休憩するか?」
エドワードはアダムに対する憎悪や王に虚偽を吐いた事などを噛み締め、出来るだけいつも通りの笑顔を作り声をかける。明らかにホッとしたような3人に、かなり気を遣わせてしまっていたのだな……と反省すると同時に、アリステラの心底ホッとしたような表情に吐き気がした。
「魔物も全然いないし、大丈夫そうだね?」
ハンナは周囲をキョロキョロしながら口を開いた。
「かなり歩いたが荒野で1匹も魔物が出なかったのは初めてだな……。2年も経てばトアルも変わったって事か……?」
ブルックもハンナ同様、周囲に視線を配るが魔物の気配など一切なく、拍子抜けしている。
アリステラは無言でエドワードの態度に怪訝の表情を浮かべた。(昨日、ガルフさんの店で何かあったに違いない……)と、まさか自分の寝言や王にアダムを貶める進言をした事が原因であるとは、まるで思っていない。
「トアルには魔物を統率する者がいないはずなのに、少し様子がおかしくないか?」
エドワードはブルックとハンナに声をかける。
「確かに……。バラバラに散ってるイメージだったけど、2年で幹部の誰かがトアルに来てるのかも……」
「幹部がこの辺境に? それはないだろ」
「いや、警戒して損はない……。ハンナ、いざとなった時のために転移の準備をしておいてくれ」
「わかった。でも幹部なら大丈夫じゃない? 私達は四天王の1人を討ったんだよ?」
「確かにそうだな。幹部くらいだといい戦闘訓練になるんじゃないか?」
「……アリスも回復の準備をしておいてくれよ?」
「あ、はい……」
急に声をかけられたアリステラは今日初めてちゃんとエドワードの顔を見た気がした。穏やかに微笑みながら、いつも通りの笑顔に、(初めての4人での戦闘に緊張していただけだったのかな?)と先程の懸念が杞憂に終わった事に安堵した。
しばらく休憩し、また足を進めていると5匹のゴブリンの姿を見つけた。エドワードは以前のトアルと全く同じゴブリン達の姿にふぅ〜と息を吐いた。
(魔物を見つけてホッとしたのは初めてだな)
と苦笑しながら、皆んなに伝える。奇襲をかける必要もないだろうが、周囲の把握ができていない以上、隠密に事を済ませるのが得策だと、足を踏み出した。
「ブルック! 俺の横でカバーを! ハンナ! 辺りに気を配り、魔術の準備を! アリスは後方待機だ!」
エドワード達の急襲にゴブリン達は奇声を上げてコンボウを振りかざしてくる。ブルックはエドワードの前に飛び出しそれらを軽々と跳ね除ける。
ゴブリンの体制が崩れたところをエドワードはエクスカリバーを振るう。
「『神閃』!!」
ゴブリン達の肉片が辺りに散る。何の問題もなく戦闘できた事に言いようのない安堵が襲ってくる。
(アダム、お前が居なくても何も問題ねぇんだ!)
エドワードは心の中で叫び、みんなが駆け寄ってきて、声をかけてくる。
「4人でも大丈夫だな! いつも通りの連携だった!」
「2年前は少し手こずったのに、余裕だね?」
「やっぱりアダムさんはこのパーティーに必要なかったんです! 流石です、エド!!」
エドワードはアリステラの笑顔と嬉しそうな声を聞きながら、(昨日の寝言は本当に気のせいだったのではないか?)と思ったが、その判断はまだ早い気がして曖昧な笑みを返した。
「よし! 俺たちは4人で大丈夫だ! ワイバーンを何体か狩って、王都に戻るぞ!」
「「「おぉーーー!!」」」
エドワードは3人の安心感に満ちた声に、満足し笑顔を浮かべた。
エドワードは後に、この選択を後悔する事になる。ここで引き返していたならば、あるいは自分達の力を疑う事などなかっただろう。
今はまだ4人とも、今日起こる惨状を知らない。
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