第21話 勇者一行、それぞれの起床 ②



 ハンナは窓から差し込む朝日に目を覚ました。ふああ〜と大きな欠伸をしながら窓の前で大きく伸びをすると、窓から朝早くから鍛錬しているエドワードの姿が見え、


(気合い入ってるなぁ〜!!)


 と自分の気も引き締め直した。寝巻きから魔術士のローブに着替え、身なりを整えて庭に向かう。



「エド! おはよう。早くから鍛錬?」


 ハンナは鬼神の如くエクスカリバーを振るうエドワードに「何か」があったのでは?と違和感を抱いたが、いつも通りに話しかけた。


「あぁ。おはよう。今日は北側の魔王領に行く……。転移の準備を進めてくれ」


「わ、わかった。エド……北側だと余裕すぎて訓練にならないんじゃない……?」


「……アダムは何もしてなかったのは間違いないが、『初めて』に対しては、警戒しすぎくらいでいい。それに俺達が初めて魔王領に入ったのも北側だ。もう一度、初心に帰るんだ……」


 ハンナはエドワードの黒茶色の瞳を見ながら「何か」があったことを確信する。いつも笑顔を絶やさないエドワードの表情は苦悩に満ちており、見ているだけでこちらの心中まで「痛々しい」物が伝染してくる。


(ガルフさんの店で何かあったのかな?)


 ハンナは心の中で呟きながら、丸一日見なかった「赤髪」を思い返した。


 第一印象はよく覚えている。全てを見下すような漆黒の瞳は、まるで雑務を投げられた子供のようだった。端正な顔立ちにサラサラの美しい赤い髪。エドワードとブルックも優れた容姿であり、最近では常人ではないオーラを放っているが、アダムの場合は初めて出会った頃から、不思議なオーラを醸し出していたのだ。


 あの漆黒の瞳に捕らえられたらもう逃げられない……。15歳の多感な乙女は、なす術なくお縄についたが、一緒に過ごしている内、だんだんと辟易してくる漆黒の瞳に耐えられなくなり、こちらから拒絶することで自分の心を守るのに精一杯になっていった。


 アダムは気怠そうな仕草すら、様になってしまう程、綺麗な人だった。男性に対して「綺麗な人」と言うのは語弊があるかもしれないが、本当に「綺麗な人」だったのだから仕方がない。


 はぁ〜っと深いため息を吐きながら、


(私の『鑑定眼』でも、結局アダムの力を推し量る事はできなかったな……)


 ともういないアダムの退屈そうな顔を思い浮かべた。


 ハンナにとって「未知」は「恐怖」の対象だ。ハンナが「追放」に賛同したのは「あの瞳から逃れるため」とこの「恐怖」からのものだったが、アダムが去り、ハンナが感じる違和感は寝て覚めても消えていない。


 だが懸命に外に漏れ出ないよう、厳重に鎖をかけ、みんなへと自分の不安が伝染しないよう細心の注意を払っている。


(もしかしたら、エドも……)


 無我夢中でエクスカリバーを振るうエドワードの姿を見て、ハンナはそんな事を考えた。ハンナは(ほぼ確信に近いだろう……)と推察をするが、口に出す事は出来ない。


 辺りには、エクスカリバーが空を斬る音とエドワードの呼吸音しか聞こえず、居た堪れない雰囲気に耐えられなくなり、口を開いた。


「みんなを起こしてくるね?」


「あぁ。頼む……」


 エドワードは一切ハンナに目を向けなかった。ハンナと視線を合わしてしまったら、心の中から、自分を丸ごと飲み込もうとしているどす黒い霧をハンナに悟られるのではないか? と無意識にそれを拒否したのだ。


(もう後戻りはできない……)


 ハンナが去り、エドワードはまた1人になる。思わず深いため息を吐き、今一度、今日の戦闘訓練に向けて気を引き締め直した。



※※※


 アリステラは隣にエドワードの姿がない事に「あれ?」と疑問を抱いたが、すぐにそれらは消え去った。


 久しぶりに見たアダムとの懐かしいの記憶が夢となり、追体験出来たのだから、今は余韻に浸りたかった。


(何で今頃、あの頃の夢を……?)



ーーー


 出会ってすぐに各々の成長のため、まず冒険者の街であるアルムへと向かった。対峙する魔物は想像していたよりも恐ろしく、皆一様に緊張した面持ちだったが、アダムだけは薄い笑みを浮かべており、その姿に見惚れてしまったのをよく覚えている。


 荒野の主であった巨大なサーペントの討伐に失敗した時、アダムはそれがわかっていたように複数の馬を連れて現れた。


 エドワード、ブルック、ハンナに馬に乗るように指示し、


「アリステラ、馬に乗れ!!」


 と叫ぶアダムに、困惑することしか出来ない私をアダムは抱き上げ、馬に乗せた。私が乗るはずだった馬はサーペントに噛みちぎられていたが、


(まるで王子様のようだ……)


 と私はアダムの顔を見つめながら、早くなる心拍数に戸惑い、熱を集める顔をアダムの胸にしがみつき隠した。


 アダムにしがみつき震える私を心配したハンナが横に並ぶ。


「アリス。大丈夫?」


「アリステラは馬に乗れないのかもな……」


「アダムがいて助かったよ〜」


 などとアダムとハンナは仲良く話していたので、そのことに少し嫉妬した私は、


(私だけを見て……)


 とアダムにしがみついた腕に力を込めたのだった。


―――


 懐かしい記憶と現実のギャップにアリステラは目眩がした。嬉しそうに去っていく「赤髪」、自分を卑下する漆黒の瞳。


 明らかに自分を嫌っている態度のアダムに、自分の心を隠しキツく当たる事しかできなかった……。


(そう言えば、何で私は嫌われていたのだろう……)


 と記憶を手繰り寄せるが、いつも言い合いばかりをしていた事がわかっただけで、その答えは見つからなかった。


 アダムが目の前から消え、


(やっと、自分の感情も上手く制御できる……)


 と歓喜したはずなのに、あの親子の話しのせいでどうしようもなくアダムに恋する自分が溢れてくる。


「役立たずの無能のくせに……」


 広い部屋に自分の声が虚しく響く。藁に縋る思いで、エドワードに身体を捧げても何も変わらない自分の恋情……。


(早く『アダムの呪縛』から解放して……)


 アリステラは姿の見えないエドワードに心の中で懇願した。


 コンッコンッとノックの音が聞こえる。


「アリス、おはよ〜。今日は頑張ろうね?」


 返事をする前に開かれた扉からハンナがひょこっと顔を出した。アリステラはいつもと変わらないハンナに安心しながら、今日の戦闘訓練に向けて気を引き締めた。

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