第20話 勇者一行、それぞれの起床 ①



 エドワードは結局、眠ることなく朝を迎えた。アリステラの寝言はそれほどまでに衝撃的であったし、仮にも自分の恋人が他の男の名を呼んだ事実に苛立ちを抑えられなかった。


(今日は戦闘訓練だ……。気を引き締めなくては……)


 と心の中で何度も「勇者」としての言葉を反芻するが、それを「エドワード」は許さなかった。


(一刻も早く魔物で憂さ晴らしをしたい……)


 とても勇者とは思えない心中にエドワードは抗う事ができない。じっとしていても一行に晴れない気分を払拭するため、聖剣エクスカリバーを手に取り、人の気も知らず、すやすやと気持ち良さそうに眠っているアリステラを一瞥してから、朝日と共に庭に出た。


 複数の魔物の群れをイメージし、無心で聖剣エクスカリバーを振るう。壊れそうになる心を繋ぎ止めるには、「勇者」である自分にしがみつく事しか出来なかった。


「勇者エドワード……朝から精が出るな……」


 国王アレクサンダーは感心したようにエドワードに声をかけた。


「アレクサンダー様!」


 エドワードは慌てて跪こうとするが、アレクサンダーは片手でそれを制する。


「素晴らしい剣技であるな……」


「も、勿体なきお言葉です!」


「して、エドワードよ。調整者アダムがパーティーを去ったと風の噂で聞いたが……?」


 アレクサンダーは何の感情も瞳に宿らせず、エドワードに問うた。


(一体どこで……?)


 とエドワードは驚いたが、この国王なら別にそんなに驚愕することではない。この国で起こる事はどんなことでもこの王に伝わるように「作られて」いる。


 国王アレクサンダーの手腕の成せる技なのか、国王の秘匿されているスキルが関係しているのかはわからないが、それはエドワードには関係のない話だ。


「え、えぇ。今日の戦闘訓練を終え次第、お伝えする予定でありました……」


「そうか……。理由を聞いても?」


「……調整者アダムは我らの戦いをただ傍観し、我らの戦う姿をいつも侮蔑の視線を向けていたのです!」


「……して?」


「それを問いただした所、我らに侮辱と暴言を繰り返し、嘲笑し、勝手に去って行ったのです……」


 エドワードは昨日からのアダムに対する苛立ちを国王への虚偽の進言で精算する。あの親子の顔も、ガルフの心配そうな表情も、自分の恋人であるアリステラの寝言も……、


「全てはアダムのせいだ!」


 と勇者らしからぬ、他人を貶める発言をしたが、胸の中に充満していた黒い霧は、清々しいほどに消え去った。


「それは真実であるか……?」


 国王の瞳には感情が見えない……。嘘をついてしまったが、今更嘘だ!と言った所で、自分への信頼が揺らぐだけだ。


(アダムはこの3年間、『勇者パーティー』の1人として権力を行使してたんだ……。これからは一生隠れて暮らせ!)


 エドワードは少しだけ残っていた後悔や良心をかき消し、浮かび上がりそうな笑みを堪えて、苦々しい表情を作り、国王の問いかけに応えた。


「……はっ!!」


「……そうか……。調整者アダム・エバーソンを国賊として手配した方がよいか……?」


 国王の全てを見透かすような感情のみえない瞳に困惑しながらも、エドワードは「アダムはもう必要ない!」と言う覚悟を決める……。自分の中で、はっきりと決別と敵対の覚悟を決める……。


「そのようにして頂ければ、メンバーも喜びます……」


「……そうか……。勇者エドワード……武運を祈る。魔王討伐を心から願っておるぞ。稽古の邪魔をして悪かったな」


「い、いえ……」


 去って行く国王の姿が、夜空に去って行くアダムと重なった。先程消え去ったはずの黒い霧が、また自分の中に蠢きはじめ、自分がとんでもない事をしてしまった後悔が湧き上がってくるが、


(お前がよく言ってた、『自業自得』ってやつだ。アダム……)


 とエドワードは心の中でそう吐き捨て、またエクスカリバーを強く握った。




※※※


 ブルックも眠れぬ夜を過ごし、そのまま朝を迎えた。昨日の親子の感謝に満ちた表情を思い浮かべては、


(お前は今、何をしてる……?)


 と夜空に消えた「友」を思った。


 眠れなかったのには、もう一つ理由がある。


 昨日、一足先に王宮に戻ると、王宮内の人達が忙しなく走り回っており、慌てる召使いに声をかけた。


「どうしたんですか?」


「み、巫女様が!! 消えたのです!!」


 召使いはそれだけ言うと、また走り去っていったのだ。ハンナ達が戻ってくるころにはすっかり落ち着いていたので、(見つかったのだろう……)と納得しつつも、夜、寝室に入ろうとした時、


「ブルック様、巫女様は消えたのではなく、しばらく『お暇』なされるそうです。お騒がせして申し訳ありませんでした」


 と昼に声をかけた召使いから知らされたのだ。


 ブルックからすれば、「アダムがパーティーを離れた事」で慌ただしくしているのか? と不安に思っていただけだったので、(巫女様でも休んだりするんだな……)と気軽にそれを聞き流したが、ベッドに横になった時に気づいてしまった。


 論功行賞の夜の宴で巫女様と話した時に、「アダム」以外、名を呼ばれていない事に……。自分達を呼ぶ時には「役職」で呼んでいた事に……。


(巫女様との会話に違和感を抱いたのは、これだったのか!!??)


 と驚愕すると共に直感的に巫女様はいまアダムと一緒にいると思った。


(なぜ巫女様はアダムと一緒に……?)


 と考えだすと止まる事のない数々の疑問や違和感に責め立てられ、眠る事ができなかったのだ。



「お前ら、大丈夫か? 俺が抜けて……。俺はもう、ほんとーーに、どうなっても知らないぞ?」


 去る前、アダムがいつものように呆れきったように笑いながらも、少しだけ心配そうにしていた言葉がブルックの脳内に壊れたラジオのようにリピートされ、


「もう……どっか行けよ……」


 と突き放した自分の言葉がずっと自分の耳元で鳴っていた……。歯車が狂っている事は既に自覚している。


(だが、壊れた歯車はもう……)



 そんな事を心の中でぼやきながら、ようやく顔を出した朝日に気づき、ベッドから起き上がると、エドワードが庭でエクスカリバーを振っている所を見つけ、(頼もしい勇者だな……)と「ふっ」と笑みをこぼした。


 とりあえずアダムの事での悩みは捨て置き、今日の戦闘訓練の事だけを考えようと、ブルックは聖盾の手入れを始めた。

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