第19話 アースドラゴンの場所へ


 


 それにしても、伯爵令嬢が完全武装して、こんな森の中に居るとは信じられないし、そんな話し聞いた事がない。カーラは相当な変わり者である事は間違いない。


 2年前だと、丁度、北側の魔王領に入った頃だな……と思いながらアースドラゴンの元へと馬を走らせる。


(そう言えばアイツらまだ生きてるかな?)


 3年間、毎日顔を合わせていただけに、丸1日顔を合わせないだけで、もう何年も会っていないような気分になる。


 まぁ慎重なエドワードのことだ。適当な場所で戦闘訓練でもしてから先に進むだろう……。どうなろうと知った事ではないが、俺の偉大さに気づいてから死ねばいいと思った。あんなに面倒な3年を過ごしたのだから、ちょっとくらいは報われて欲しいものだ。


(ブルックはちゃんと元気にやっているかな……?)


 と心の中で呟きながら、まだ1日しか経っていない事を思い出し、思わず苦笑した。



「アダム?」


 イブは俺の前で横向きに座っており、なかなか距離が近い。馬を進める度にイブの甘い香りが鼻先を擽る。心配そうに俺の顔を伺っているイブに、(俺、どんな顔をしていたんだ?)とまた苦笑を浮かべた。


 馬のスピードに困惑しながらも必死にふりおとされまいと頑張るイブを見ながら、先程の八つ当たりの件で冷静さを取り戻せたのはイブのおかげだな……と思うと、何だか胸にじんわりと愛しさが滲んだ。


「ふっ……。イブ、しっかり俺に捕まってろよ?」


 俺はわざとイブの耳元に顔を持っていき、そう呟くと、


「う、うん……」


 と顔を真っ赤にして俺にしがみついて来た。イブの甘い香りと俺の腰に回された腕と密着した胸の感触に悶絶しながら、(今後の旅はもうずっとこれでいこう!)と決意した。




 さっさとカーラを引き剥がして、適当な所で瞬間移動しようと思っていたが、離される事なく着いて来た。体力が回復したからといって、貴族に着いてこられるスピードではないはずだが……。


(本当に戦場を知っているんだな……)


 と少し後方を走るカーラを精査する。明らかに貴族とは思えない。こんなに巧みに馬を操る貴族など聞いた事もない。瞬間移動は諦め、深いため息を吐き、カーラに声をかける。


「おい! 護衛は全員で何人だ?」


「8人だが……?」


 アースドラゴンの周りには5人程しか反応がない。イブには悪いが3人はもう亡くなっているようだ。


「な、何かあったのだろうか……?」


 心配そうに声をかけてくるカーラを無視し、イブを見る。


「イブ……? 多分、既に死体もあるぞ……?」


「……まだ救える生命があるなら行く価値はあるよ……。それにドラゴンを放っておいたら、アルムの街の人達が……」


 イブは真剣な表情で、いつもとまるで雰囲気が違う。おそらく馬車の中ではいつもこんな雰囲気なのだろうな……と思い、俺との旅がいい息抜きになっている事を実感する。


「大丈夫か?」


「……うん。ありがとう、アダム」


「何が?」


「助けに行ってくれて……」


「ふっ。気にするな。どうせ、見て見ぬふりしたら後味悪いし、確かに、あのバカ達が死ぬのは俺も嫌だしな」


「ふふっ」


 イブは嬉しそうな屈託のない笑みを浮かべて、俺にしがみついている手に力を込めた。馬から落ちないようにしていると言うよりも、抱きついて来ていると言った方が近いだろう。


 自分の脈がいつもより早くなる。イブに顔を見られなくてよかった。どうせ今の俺の顔は真っ赤だ。自分の気持ちを落ち着かせようとカーラにドラゴンの事を聞いておこうと、横に並ぶ。


「ど、どうされました?」


 すっかり萎縮してしまっているカーラに苦笑してしまう。貴族のくせに本当に変な女だ……。プライドの高い貴族というヤツは、自分が蔑まれたら激昂する生き物だと思っていたが、カーラは怒るどころか、シュンとしているのだ。


「……ま、まぁ、さっきは悪かったな。ただの八つ当たりだから気にするな」


 回復薬を創造してやってチャラだと思っていたが、何だか俺がめちゃくちゃ悪い!みたいな感じも何か嫌だ。


 「面倒くさい」のが大嫌いな俺が1番「面倒くさい」と自分で呆れながらも、改善する気が全くないのでもう救いようがない。


 ドラゴンのことでも聞こうと横に来たのに、謝罪するハメになるとは……と思ったが、イブが「ふふっ」と嬉しそうに笑うから、別にいいかと思っているとカーラは口を開く。


「い、いえ。旅人様の言う事はごもっともです……」


 カーラはさらに俯き、馬が地面を踏む音でほとんど聞こえない声を絞り出した。


「カーラは何でこの森に?」


「フォレストウルフが大量発生してると伺って、商人たちがチアノに来づらいとぼやいていたので……」


 カーラはそう言いながら俺の顔を見て、固まる。「ん?」と思っていると、イブが俺にまた「抱きついて」くる。状況を飲み込めない俺は(何か、前にもこんな事あった気がするな……)と過去を振り返ったが、答えは見つからなかった。


「アースドラゴンはどんな感じだった?」


「……………」


「カーラ?」


「……あ、は、はい! 鱗が硬く、剣が通りませんでした。攻撃は単調ですが、避けきれなければ、こうなります……」


 カーラは少し頬を染め、自分の鎧を指さした。一撃で逃げ出してしまったのが恥ずかしいのかな?と思いながら、どうやって討伐しようか思考する。というよりも、他人の目がある中で、どうやって討伐しようか考える。


「地震や重力操作は?」


「……私が戦闘している時にはなかったと思いますが……。申し訳ありません……」


「いや、別に大丈夫だ」


 ドラゴンの情報など、あってもなくても同じな事に気づき、それよりもカーラの話し方に(コイツ、本当に貴族か?)と先程からの違和感が爆発し、疑いの視線を送る。俺は眉間に皺を寄せ、カーラの顔を覗き込むが、なぜかカーラは慌てて顔を隠した。


(怪しい……)


 王宮で騒ぎになったなど、俺は全く知らない。魔王領に入ったばかりで、エドワード達の戦闘力に「魔王討伐など何年かかるんだ……」と絶望していたのしか覚えてない。


「イブ、コイツ本当に貴族か?」


 俺はカーラに聞こえないようにイブに問うが、イブは、俺の腰にある手に力を込めるだけだ。


(ん? 俺、何かしたか……?)


 と首を傾げるが、八つ当たりの件はイブも笑っていたし、済んだ事のはずだ。全く悪いことした覚えはない。まぁアースドラゴンを討伐すれば、機嫌も直るだろうと思い、イブにまた声をかける。


「ドラゴンのとこに着いたら、俺の後ろから離れるなよ?」


 俺がそう言うと、イブは顔をあげ、


「……は、はい」


 とぽーっとしたように呟いた。俺はイブを見ながら、なんとも言えない感情が俺の中に湧き上がってくるのを感じた。淡褐色の瞳をトロンとさせているイブに否応なしに心拍数があがる。


 自分が自分じゃないような感覚に戸惑いながらも、身を任せてみたい衝動に抗えず、いつもよりずっと近くに居るイブに緊張すらしている。


 俺は綺麗に咲いた赤い花に引き寄せられた蝶や蜂のように、ゆっくりと真っ赤に染まったイブの頬に顔を寄せ、唇を添えた。


「……えっ?」


 と呟いたのは俺だ。俺自身、心の中で(なんでほっぺにキスしてんだ!!??)と絶叫している所だ。


 イブは目をパチパチとして、すっかりフリーズしてしまい、(ただでさえ機嫌悪かったのに!!)と少しだけ後悔したが、唇に残るイブの頬の熱が俺の唇に熱を移しており、心が喜んでいるのを感じる。


(そろそろアースドラゴンと対峙すると言うのに…)


 と自分の思いもよらぬ、行動にやれやれ…と呆れ、ふぅーと長い息を吐くと、イブはボンッと顔を真っ赤にして、俺にまた「抱きついて」きた。


 耳まで真っ赤になっているイブを見ながら、


(……えっ……? こ、これは、満更でもなくないか!?)


 と後悔など消え去り、自分の腕の中で懸命に俺を抱きしめてくるイブに、自然に緩む頬を抑える事が出来ず、アースドラゴンなんかもう本当にどうでもいいと思った。

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