第18話 「閃光」のカーラ・メイヤー


 


 イブは「何か」を終えて、俺を見つめ赤面する。初めてみた『予言者』に見惚れてしまっていた俺の頭には、疑問符が無数に漂っている。


「……アダムに怪我はないって!!」


「……え?」


「助けてあげてくれますか……?」


 状況を飲み込めない俺を尻目にイブは赤い頬とうるうるの瞳で俺を見つめる。


 おそらく、『予言者』を使って、神と交信を行ったのだろうというのはわかる。まさか、俺に怪我があるか? ないか? を確認するためだけに『神代』スキルを使ったのだろうか……?


 そうだとしたら贅沢極まりないが、俺の身の安否を1番に考えてくれるのは気分が良い。なぜ、赤くなっているか?は分からないが、どうせ乳だけ女神がイブをからかったのだろうと判断する。


(それは俺の『楽しみ』だぞ?)


 と心の中で神にすら嫉妬する。だが、アースドラゴン討伐などめんどくさい事この上ない。俺はタダでは動かない男だ。エドワード達の「お守り」が終わったのだから、「無償の働き」は二度としない。それ相応の褒賞が欲しい。


(何かいい事……)


 と思案し、俺はアースドラゴン討伐の対価にぴったりの褒賞を見つけ、悪い笑みを浮かべる。


「イブ、そこの銀髪の護衛を助けてやったら、さっきの『俺以外のお』の続きを、俺の目を見て言ってくれるか?」


「えっ? ……えぇ!! ……う、うん……わかった!!」


 もう既に顔を赤くしているイブに満足する。




「…………其方ら……何者なのだ……?」


 すっかり存在を忘れていた、銀髪女は微かに震えながら声を上げた。ボロボロの鎧は高価な代物に見えるが、これだけ破損したら、もう使い物にならないだろう。


 衣服が破れており、その間から白い肌が露わになっており、銀髪女の性格はさておき、なかなかの眼福だ。



「あっ。怪しい者ではないです」


 イブも忘れていたようで、俺が「ククッ」と笑うと少し口を尖らせて、こちらを一瞥する。


「……其方は天使様なのか……?」


 銀髪女はイブを見つめながら呟く。おそらく先程のスキル使用の時に、光の粒子を集めていたイブを見ての発言だろう。フードでまともに顔を確認できないのだから、その発言にも納得できるが、紺碧の瞳は既に崇拝を滲ませており、俺は苦笑した。



「ち、違います。……に、人間です!!」


 確かに「予言の巫女です」と言うわけには行かないだろうが、人間って……とまた笑みが溢れてしまう。


 しどろもどろのイブを見ながら、俺は俺の成すべきことをしよう!と、「絶対感知」の範囲を広げ、アースドラゴンの位置を把握する。


 アースドラゴンは現存の八つの竜種の一種であり、確か、地震を起こしたり、重力を操るはずだ。


(何が苦手だったかな……?)


 と思考するが、すぐに面倒になって辞めた。行けばわかるし、俺が行けば、結局はなんとかなる!と思考を手放し、まだ銀髪女と話しているイブに声をかける。


「イブ、じゃあ行ってくるから」


 俺の声にイブは振り向き、


「えっ……待って! わ、私も行く!!」


 と焦ったように声をあげた。


「……わ、私も連れて行ってくれぬだろうか!?」


 銀髪女も慌てて声を張り上げる。瞬間移動でちょちょいと向かって、適当に討伐しようと思っていたが、銀髪女が居たら瞬間移動できないんじゃね?と現状を理解する。


 それに昨日、盗賊を追い払ったときに、イブが「かっこいい」と言っていたのを思い出し、またかっこいい俺を見せるチャンスである状況に気づき、面倒だが馬で向かう事にした。


 銀髪女の馬はかなり疲弊しているように見える。本人も傷だらけだし、アースドラゴンと「ちゃんと」戦闘していたのだろうと思いながら、エドワード達と変わらない戦闘力がある事を察する。


「お前、そのボロボロの馬で付いて来れるのか?」


 俺が声をかけると、銀髪女は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。容姿が整っているだけに、かなり様になっているが、俺は銀髪女の豊満な胸に視線を向けた。


「あ、あの、よかったら、この馬に一緒に乗っていきますか?」


 イブは自分が乗っていた馬に手を置き、銀髪女に聞く。


「よ、よろしいのですか? 出会ったばかりの私を……?」


「大丈夫! 護衛の方が心配なだけでしょう?」


「……ありがとうございます……。お言葉に甘えさせて貰います……」


 俺は一連の流れを見ながら、イブのお人好しに苦笑する。まぁ、18年間も国の民を救ってきたのだから、人助けが板についているのだろう……と思ったが、(流石にすぐに信じすぎでは?)と少し呆れてしまう。


「イブは俺の馬に乗れ。お前が1人でその馬に乗ればいい。俺は出会って、名前も名乗らないヤツは信用できない」


 俺の言葉に銀髪女はハッとして、イブはアワアワと頬を染めた。


「申し訳ありません。私はここから東に進んだ街、『チアノ』を治めているサドム・メイヤーの娘、カーラ・メイヤーと申します」


「チアノ……? サドム様? ……『閃光』の伯爵令嬢……?」


 イブは驚いたように、首を傾げる。


(伯爵令嬢……?)


 有名な女なのかもしれないが、俺は全く知らない。国の噂など一つも届かない魔王領にいたのだからそれも仕方ない。それよりも「伯爵令嬢」と言う言葉に引っかかってしまう。


「『閃光』の『伯爵令嬢』……?」


「うん! 光の速度で相手を翻弄する『閃光』ってスキルで戦う伯爵令嬢がいるって王宮で2年前くらいに騒ぎになったのを覚えてるの!!」


 イブは嬉しそうに「王宮」などと口にした事に俺は少なからず焦ったが、銀髪女は苦い顔をする。


「『速さ』など、あのドラゴンの前では無力だ……。私のおごりが皆を危険な目に合わせてしまった……。いや、そもそもなぜこんな所にアースドラゴンが……?」


 銀髪女はしみじみと懺悔し、疑問を口にする。イブの発言に疑問を持たれていないようでふぅ〜と息を吐き、イブに小声で「王宮とか言ったらバレるだろ?」と伝えながら、(貴族か……)と嫌悪感を抱いた。


―――


 俺は貴族に対していいイメージが一つもない。


 まぁ俺の傲慢な態度も悪いのはわかっているが、たまたまその家に生まれただけで、当たり前のように偉そうにしていた貴族達が昔から気に入らなかった。


 幼い頃に俺の故郷のフィラリアの貴族の息子が俺の幼馴染のカレンをイジメていたので殴り飛ばし、父親に盛大に怒られたのを未だに覚えている。


 後日、貴族の屋敷で無理矢理謝罪させられ、父親に地面に押しつけられた時の屈辱は忘れられる物ではない。


 普通なら「極刑」なはずだが、たまたま訪れていたアレクサンダー国王の、


「勇敢な子供は国の宝だ!」


 の鶴の一声でお咎めなしとなったのだが、あの時味わった辛酸を忘れてやるつもりはない……。


 悔し涙を流しながら、無力な自分を呪ったりしたが、俺にはもう力がある……。身分の差を甘んじて受け入れる父のようには決してならない。


(俺は誰にも、下手にでない!!)


 幼いながら自らに課した戒めは、俺の根幹に根付いている。イブと国王に敬語を使うのは命を救われた恩義があるだけだ。他の者に使わないのも、その理由から来ているし、「父のように情けない男になりたくない!」という一心でここまで生きて来たのだ。


―――


 思い出したくもない記憶に苛立ちながら、銀髪女を見据える。貴族とわかった途端に嫌悪感を抱くのは、元が平民だった俺には仕方のない事だ。まぁ今では勇者パーティーの1人だった事で、それなりに重宝されていたが……。


「伯爵令嬢か……通りで偉そうだと思った。俺達は旅人だ。それ以上でも以下でもない。名を名乗るつもりもない。別にお前に信用されなくても、俺は一向に構わないしな……」


 俺のあまりに冷淡な口調に銀髪女はビクッと身体を揺らし、怯えたような表情を浮かべる。


「そもそも、護衛を置き去りにして、自分が生きながらえる事にしか興味のないヤツに名乗る名前なんか持ち合わしてないしな」


 銀髪女は苦い顔をし俯き、イブは心配そうに俺の手を握った。驚いた俺がイブの方を見ると、いつものように真っ赤な表情ではなく、全てを包み込むような慈愛に満ちた笑顔だった。


 自分が銀髪女に八つ当たりしているだけな事に気づき、ふぅ〜っと息を吐き落ち着きを取り戻す。


「ご、護衛達を救って頂けるなら、なんでも良いです……。救って頂ければ、私に出来る事ならばなんでも用意しよう……」


「いや、別にいらない。お前のために助けるわけじゃない」


「…………」


「それに、褒賞はこの人に貰うからな」


 俺はそう言ってイブの頭に手を乗せた。イブは心底安心したように笑顔を作り、いつものように顔を真っ赤にした。


 我ながら、大人気なかった……。と苦笑しながら、俺は回復薬を創造し、銀髪女に投げる。


「それで回復しておけ」


 銀髪女はキョトンとして、


「あ、ありがとうございます……」


 と小さく呟いた。(よし。これで八つ当たりの件はチャラだ!)と俺はイブを抱き上げ、馬に乗せる。


「わ、わぁーー!! ア、アダム!」


 と驚いたイブに「ふふっ」と笑いながら、俺も馬に乗る。呆然としながら、ほんのりと頬を染めている銀髪女に、


「置いて行くぞ?」


 と声をかけると、ハッとしたように、慌ててイブの馬に跨った。


「助力を感謝致します!!」


 銀髪女……いや、カーラは回復薬を飲み、大きな声で叫んだ。俺は「ふっ」と鼻で笑い、「貴族」というだけで、差別していたのは俺も同じか……。と少し反省した。

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