第14話 その頃、勇者一行は……②
王宮の一室、横で呑気にすやすやと気持ちよさそうに寝ているアリステラを眺めながら、エドワードは今日を振り返った。
―――
あの「アダムに助けられた」親子が去り、しばしの沈黙を破ったのはアリステラだった。
「ア、アダムさんの他にも『赤髪』の方がいるんですね……。それもサイクロプスの大群を一蹴してしまうような」
「そ、そうだね。アダムが『黒い球』? そんなの出してる所見たことないしねっ!!」
ハンナもアリステラの意見に賛同する。
「……何か理由があったんじゃないのか……?」
ブルックは聞き取れないほど小さな声で呟く。それに反応したのはアリステラだ。
「勇者パーティーの中で戦闘しない理由ってなんです? そんな理由などありませんよ!」
「……そうだな」
「何ですか? ブルック! その顔は!!?? 私達が悪いって言うんですか?」
「いや、別に……」
「あなただってずっと見てきたでしょう? 何もせず、後ろから私達が戦っているのを退屈そうに眺めていたのを!!」
「……あぁ」
「仲が良かったのは知っていますが、事実を捻じ曲げられては、困ります!」
「悪いな……。ずっと一緒にいたヤツが呆気なく居なくなって、変な感じがしてるだけだ。気にしないでくれ」
「明日までに、そのしんみりした顔を何とかして下さい。あなたの実力の低下はパーティー内の防御力を半減させますので……」
「わかってるよ。悪りぃ……。俺、先に戻るわ。ガルフさんによろしく言っといてくれ」
「さっきの親子と言い、ブルックといい、あの赤髪のせいで……何でこんな事にならないといけないのよ!!」
アリステラは金色の頭を抱え、紫色の瞳に薄っすらと涙を浮かべている。ハンナはさっと歩み寄りアリステラに「大丈夫?」と心配そうにしているが、ブルックは振り返る事なく、来た道を帰って行く。
エドワードは長身なはずのブルックの後姿が、やけに小さく見えた。先程の親子の話しの真偽を確かめる術などない。もし仮に真実だとして、
(じゃあ、なぜ俺たちと一緒に戦わなかった?)
と思考を進めてみるが、アダムの呆れ果てた退屈そうな笑みが、目の前に映し出されるだけだった。
アリステラはかなりヒステリックになっているが、間違いは言っていない。俺たちにとっての「事実」は一つだけだ。「アダムは後方で何もせず眠そうにしていただけ」だ。
その事実を捻じ曲げられてしまっては困る。
(去ったくせに、未だメンバーを振り回すか……)
エドワードはアダムに苛立ちを募らせ、理由のわからない不安感も、取り返しのつかないことをしてしまったのでは?という焦燥感も、パーティーメンバーの雰囲気が最悪なのも、全て『アイツ』のせいだ!と苦い顔をする。
「くそっ!! アダムめ……」
エドワードは心の中から声が漏れ出た事にすら、気づいていない。
「エ、エド??」
ハンナの心配そうな声にハッとして、ここが王都のど真ん中である事に気づき、苦笑する。
アリステラはしゃがみ込んでいるし、ハンナは背中をさすっている。
「ハンナ、アリスを連れて帰ってやってくれ。俺は明日からに備え、ガルフさんのとこに行ってくる」
「……わかった。ブルックも心配だし、先に戻っとくよ」
エドワード本人も、これから武具屋に行き、これからの冒険に備える気分ではないが、(俺は勇者だ……。皆の指針にならなければ!)と一歩を踏み出した。
「エド……。エドはどう思ってるの?」
ハンナは真剣な表情でエドワードを呼び止める。
「どう? って?」
「アダムの事……。さっきの話しも……」
「……ハンナはどう思ってる?」
「………………」
「俺は気にしていない。俺がいて、ハンナがいて、アリスがいて、ブルックがいる。今までと同じだろ? もう、『アイツ』はいないし、探すような真似もしない。俺達で魔王ルシフェルを討つんだ!!」
「……そうだよね!! 大丈夫! 魔術は任せてよ!」
「そうよ。エドは『勇者』だもん。あんなヤツは必要ないのよ……。わ、私も回復とか神聖魔法とか、私にできる事は何でもするよ?」
エドワードの決意にハンナとアリステラは賛同する。
「じゃあ、俺は行ってくるよ。2人はゆっくり休め」
エドワードは2人にそう言って、また歩き始めた。
(そうだ。何も変わらない。このメンバー内のゴタゴタも、どうせ一時的なものだ。明日の戦闘訓練を終えれば、いつも通りの雰囲気に戻る……)
何も不安に思うことはない。むしろ、4人になった事で連携がより強固になるに違いない!とエドワードは武具屋への道を急いだ。
少し古びた木のドアをくぐると、カランッとベルの音がする。この店には粗悪品は置いておらず、全てがドワーフの伝説的鍛冶職人のガルフさんが仕上げた品ばかりで、国を問わず客が訪れる店である。
「おう。ひよっこ勇者。今回はお手柄だったようだな!」
「こんにちは、ガルフさん」
エドワードは工房から真っ黒の顔をしたガルフに挨拶をする。エドワードがガルフに初めて会ったのは3年前であり、色々なS級冒険者を見てきたガルフのことを信頼していたし、「勇者」としての立ち振る舞いを教えてくれた人物だ。エドワードはガルフの事を王都にいる「祖父」のように思っていた。
「四天王だったか?」
「えっ? えぇ。とても…とても強かったですよ……」
「でも勝ったんだろ? やるじゃねぇか!! あの軟弱小僧が強くなったもんだ。どれ、見せてみろ!」
エドワードはいつも通りのガルフに心底安堵しながら、装備している鎧や聖剣エクスカリバーをガルフに見せる。
「ほぉー……。なかなか激しい戦闘だったみてぇだな。……あれ? 他の連中はどうした?」
「王宮で休んでますよ。みんな疲労困憊ですが、また明日から、魔王討伐に向けて頑張りますよ!」
「そうか。何かあったのか? 浮かない顔をしてやがるが?」
「……ええ。ちょっと色々ありまして……」
「色々??」
ガルフはドワーフ特有の長い髭を撫でて、不思議そうにエドワードを見つめる。
「べ、別に大した事はないんですが、仲間が1人離れる事になりましてね……」
「離れた!? あの青い髪の魔導士か?」
「い、いえ。あの『赤髪』の……」
「…………!! 赤髪か…………?」
「……ガルフさん……??」
エドワードは自分の顔が硬直し苦笑を崩せなくなっている自分に気づき、ガルフの考え込むような顔を見つめている。
(なんでみんなして不安を煽るんだ!? あのアダムだぞ!!?? あの親子はともかく、アダムが戦闘してない事なんか知らないだろ!!??)
心の中で叫んだ声はエドワードの声になる事はないし、表情にすら影響を与えなかった。ただ硬直した苦笑でガルフを見つめる事しか出来なかった。
「……あ、あぁ。あの生意気な赤髪の坊主か……。そうか……。あの坊主がパーティーを抜けたのか……」
「えぇ。……パーティーの士気を保つためにも、アダムがいない方がいいと判断したんです」
「……!! 辞めさせたのか!!??」
「……ガ、ガルフさん?」
「……とりあえず、装備は置いて行け。3日くらいでメンテナンスしといてやる」
「…………はい。明日から戦闘訓練なので、エクスカリバーは持って帰りますが……」
「……そうか。ま、まぁ時間があるときにでも、また持ってこい。年頃のガキが集まってんだ……。そうゆう事もあるわな!!??」
エドワードは今までのガルフとはどこか違う、心底自分を気遣っている言葉と笑顔にさらに不安を煽られる。
「腕はいいが、相手の気持ちを考えない頑固者」
「職人気質で他人にはあまり興味のない人」
「天下一品の品を作るが、人間的には…………」
周囲のガルフに対する考えは、こんな感じだ。皆が「勇者だ!」と自分を持て囃してくれている事を億劫に感じていた時には、
「お前が『勇者』?? ハハッ!! これは傑作だぜ!! こんな自信がなさそうな『勇者』なんて、みんな求めてねぇーんだよ! ガッハハッ!!」
と心から馬鹿にされたのを覚えている。その言葉に「勇者」としての在り方を学んだのだ。こちらの気持ちなど顧みず、思ったままに口にする。
エドワードの知っているガルフはそんな男だった。間違っても、相手を気遣った言葉など言うはずがないのだ。
(…………くっ、……アダム……!!)
エドワードはここにメンバーのみんながいない事を心底よかったと思いながらも、歯を食いしばり、拳を握り、精一杯の強がりをみせた。
「はい!! また明日にでも顔出しますよ!! 鎧のメンテ、頼みましたよ!?」
なけなしの笑顔は自分でも上手く作れたようだ。ガルフは苦笑しつつも少しホッとしていたようだった。
―――
横で眠っているアリステラの髪をそっと撫でる。随分と幸せそうな顔をしているが、どんな夢を見ているのだろうか……?
今日は本当に疲れた。精神的な疲労が図りしれない。ガルフさんの件はみんなには伝えなかった。いらぬ心配は無い方がいい。
エドワードは自分もゆっくり眠りにつき、明日の戦闘訓練に備えよう!と横になるが、隣から聞こえた言葉に耳を疑い、さらに闇に突き落とされることになる。
「……アダム……」
眠っているはずのアリステラの声に、もう何がなんだかわからなくなってしまう。いつも、アダムに食ってかかっているアリステラが愛おしそうに……、心から慕っているように呟いた寝言が信じられない。
気のせいだ……と自分に言い聞かせるが、鼓膜に張り付いて消えてはくれない。
フラつく足でベッドから窓に向かう。
(……お前は……どこまで俺をコケにする……??)
エドワードは王都の夜に浮かぶ、ダルそうに笑っているアダムに憎悪を募らせた。
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