第15話 ドキドキの起床 (イブ視点)


side イブ・アダムス



 穏やかな日差しが頬を撫で、心地よい拘束感に目を覚ました。寝ぼけ眼を薄く開くと、アダムの色っぽい首元が見えた私は、


(なにこれ!!?? また『夢』!!!?)


 と絶叫した。アダムの腕枕……。もう片方の腕は私の腰をしっかりと引き寄せている。密着具合に顔を沸騰させながらも、私の頭のすぐ上でスヤスヤと眠るアダムを眺める。


(綺麗な顔……)


 形の良い口元。サラサラの赤髪。

 至近距離だからこそわかるアダムの寝息。

 眠っているからこその私の凝視。


 私の他にもアダムをこうやって眺めた人はいたんだろうか?と考えると泣きたくなってしまう。私はそっとアダムの胸に手を当て、トクントクンと規則的に脈打つ鼓動を感じていた。


(ちゃ、ちゃんと寝てるよね?)


 と確認し、次は胸に耳を当てる。自分の鼓膜にアダムの鼓動が響く。


(このまま溶け込んで、アダムの一部になってしまいたい……。そうすればアダムとずっと一緒にいられる)


 そんな事を考えてしまう私は、もうすっかり、「アダム中毒者」だ。



 昨日の宴会は楽しかった。私の知らない、楽しそうなアダムの姿を、たくさん見る事ができたし、冒険者の人には「君はアダムの妻なの?」などと、素敵すぎる勘違いに嬉しすぎて泣いてしまいそうになった。


 まぁ相手からすれば顔を隠した女が、ただ悶絶しているようにしか見えなかっただろうけど……。


 アルムの街の人達はみんな温かく、みんながアダムの事が好きなのが伝わって来て、私はこの街が大好きになってしまった。


「アダムはくそ生意気だよ! でも…」


「ちょっと顔がいいからって! でも…」


「年上に敬意ってもんがないんだよな! でも…」


 などと、皆は一様にアダムへの愚痴や悪態を吐いていたが、みんなが『でも』と続ける。


「『でも』、俺達(私達)がいま生きてるのはアダムのおかげだからな!!」


 みんながそう言って、晴れやかで少し照れたような笑顔で呟いていたのだ。詳しく聞くと、3年前に「何か」があったらしい……。


 詳細はヨルさんに他言を禁じられているらしく教えて貰えなかったが、私自身、思い当たる事があり、「アレ」はアダムのおかげだったんだ!と嬉しくなってしまった。


 私の好きな人に好意的な人達。その人達を私が好きになるのは必然で、益々アダムの虜になってしまう夜だった。


「アダム……」


 起こさないよう細心の注意を払い、アダムの名を呼びながら赤髪に触れる。きっとこうゆう気持ちを「愛おしい」と呼ぶのだろう。


 少し冷たい髪を撫でながら、そんな事を考えた。アダムは一度ギュッと目を瞑り、私を強く抱きしめる。甘い香りに目眩を感じていると、アダムは私の両足の間に足を割り込ませ、アダムの造ってくれたワンピースが巻くしあがる。


(え、えっ!? ちょっ、ちょっと!! 恥ずかしい!!)


 声を出せず、私がモゾモゾとしていると、アダムの足が私の太ももの辺りにまで上がってきて、絡みついてくる。(これ以上、上に来たら……)とアダムの足太ももを自分の太ももでぐっと挟み込む。


 ホッと息を吐いたのは一瞬で、アダムの足は私の力ではどうする事もできず、一番上まで来てしまった。あまりの恥ずかしさに抜け出そうと試みるが、腰に回っている腕がそれを許さず、全身が熱く火照ってくるのを感じる。


 何だか自分の身体が自分の身体ではないような、初めての感覚に恐怖が襲ってくる。


(……変な気分……)


 それを振り払うように、私も全身でアダムを抱きしめる。


(あぁ。私、こんなに幸せでいいのかしら……)


 私は全身で拘束されながら、心の中で呟く。アダムの顔はすぐ近くにあり、キスをしてしまいたい衝動に駆られてしまうが、(もし目を覚ましてしまったら)と自分の煩悩を掻き消す。


 アダムの腕の中があまりに幸福で、変な気分も手伝って私の思考は緩みきっている。アダムの体温を感じながら、自分の内側からゾクゾクするものを堪えるのに必死だ。


 想像以上に逞しい腕。こちらから抱きしめる事で感じる引き締まった身体……。もうおかしくなってしまいそうだ。


(いっそのこと目を覚まして私の全てを奪ってくれたらいいのに……)


 と妄想するが、私の知識ではここから先の妄想ができない。だって初めてなのだから仕方がない……。聞いた話では、痛かったりするらしいが、アダムから与えられる痛みなら何の苦でもない。


(むしろそれでこそ、アダムをより感じられると言うことだ!!)


 あまりに不埒な妄想から我に帰る。急速に込み上げる全身の熱に困惑しながらも、(あと少しだけ……)とアダムをギュッと抱きしめると、アダムは更に強い力で私を抱きしめた。


 息苦しさに目の前がチカチカする……。


 自分の胸がアダムに押しつけられる。


(私の生命が終わるのはアダムの腕の中がいい……)


 と心の中で呟きながら、息苦しさすら愛おしく思った。あまりの力強さに息も絶え絶えになりながら、


「はぁ、はぁっ」


 と自分の呼吸音を抑えられず、(このままでは本当に死んでしまう……)と瞳が潤う。それも悪くないと思ったが、あの「夢」で見た子供達の顔が浮かんでくる。


(アダムの赤髪に私の瞳。あの美しく、おそらくこの世界で一番可愛い生物を見るまでは死ねない!)


 と正気に戻り、これから毎朝、こうして目覚められる事を期待しながら、私は「夢の時間」に自ら終止符を打つ。




「ア、アダム……起きて?」


 少し緩まった腕の力と、下に降りていく足を寂しく思いながら、私は酸素と同時にアダムの香りをこれでもか!と体内に取り込んだ。薄く開いた目の中から漆黒の瞳が私の胸を射抜き、今の状況を再確認させられた私は、途端に恥ずかしくなり頬を染めた。

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