第16話 二日目始動


 


「ア、アダム……起きて?」


 イブの声が聞こえ、目を覚ますがひどい頭痛に顔を顰め、もう一度寝よう……と、ふわふわと柔らかい抱き枕をギュッと抱きしめる。


「ア、アダム!?」


 イブの声に「ん?」と違和感を感じて目を開けると、視界の下の方に綺麗な黒髪がある事に気づいた。


「あれ?」


 俺は小さく呟きながら視線を下に向けると、俺にしっかりと抱きしめられている、真っ赤な顔のイブが淡褐色の瞳をうるうると滲ませていた。


「ご、ごめん!」


「い、いいよ。おはよう」


「……おはよう」


 イブの全身の柔らかさの余韻を感じながら、俺は昨日の記憶を手繰り寄せる。確か、浴びるほど酒を飲んで、腕相撲大会になった所までは覚えている。


 負けるのが嫌だったので、バレない程度に身体強化や重力を操作して、ヨルと最後に戦ったんだ。


 無駄にヨルが脱ぎ出して、筋肉隆々の身体で威圧して来たから、何かムカついて少し本気を出して、一蹴してやったんだ……それから、また酒を飲んで……。


(ダメだ。頭痛い……)



「私、昨日の事あんまり覚えてないんだけど……大丈夫だった?」


 まだ赤くなっているイブが不安そうに呟く。アリステラやハンナの事を言っていたのは憶えているが、特に何かをしたわけではない。それよりも、抱きしめていたイブの香りがまだ鼻に残っていて、悶々としてしまう。


「……いや、大丈夫だったぞ?」


「そっか! よかったーー!! みんなでアダムの事話してたのは覚えてるんだけど、そこからの記憶がなくて……」


「下で寝ちゃったから、ここに連れて来たんだ」


「えぇ!!?? …………お、重くなかった……?」


「軽すぎて心配になった」


「う、嘘だー?」


「この旅ではしっかり飯食べなよ?」


「……う、うん」


 イブはまた顔を仄かに染める。(今日も可愛いな……)と2人で迎える朝に感動しながら、支度をするため、しばらく別行動をとることになった。



 ギルド受付に行くと、まだ転がっている冒険者達が目についた。出発の前にヨルに挨拶でもしようとギルド長室に入る。


「おぅ、アダム。昨日は楽しかったな」


「あぁ。そろそろ出るよ」


「もう少しゆっくりしてけばいいじゃねぇか?」


「毎日、あんなに酒飲んでたら死んじまうだろ……」


「ガッハハ!! 違いねぇ!!」


「世話になったな」


「アダム。これ持ってけ!」


 ヨルは何かの紙の筒を投げる。「ん?」と思いながら紙を開くと、アクアまでの地図だった。ご丁寧に名産品や道順まで書いてある。まるでアクアに向かう専用の地図のようだ。


「……作ったのか?」


「お前には3年前に世話になってるしな。まぁ『巫女様』と仲良くやれよ?」


 俺は思わず絶句する。ヨルがイブに気付いていた事はなんとなくわかっていたが、3年前の事までバレているとは思わなかった。


「知ってたのか?」


「それは『どっちの』話だ?」


「3年前だ」


「ガハハハ!! 街の連中はみんな知ってるさ!! お前が魔人を倒してくれた事を……。まぁ俺の権限で、他言しないように言ってあるから心配するな!! 何かバレちゃいけねぇ事があるんだろ?」


「ふっ。お前はバカなのか、切れ者なのかわからねぇな……。巫女様の件を知ったてるのはお前だけがいい。街の連中を信用してないわけじゃないが、他言するな」


「はいはい、アダム『様』」


「気持ち悪いから辞めろ。世話になったな」


「ガッハハハ!! あぁ。また近くに来た時は顔を出せよ?」


「……あぁ。じゃあな」



 俺はギルド長室から出て、苦笑を浮かべる。3年前に「やらかした」のは武具や屋台の「創造」だけでは無いのだ。


 アルムの街から東に100キロ程離れた場所に、魔族を封印している祠があり、3年前に封印が解けかけていた。


 エドワード達の「お守り」をしている時、不穏な雰囲気を感じた俺は「トイレ」と言い、その魔族を屠っていたのだった。


 100キロも離れているし、バレないだろうと15歳の俺は普通に「削除」したのだが、まさかバレているとは思わなかった。ヨルや街の連中がなぜ知っているのか、俺にはわからないが、俺の事を気遣って、色々と手を回してくれたヨルに感謝する。



 先程の寝室に戻ると、少し髪の濡れたイブがベッドに座っていた。何だか色っぽくて、18歳男子には刺激が強い。


「……ヨルに挨拶も済ませた。この地図も作ってくれたみたいだ」


「すごいっ!! 2つの道があるんだね!! ヨルさん、顔は怖いけど、とっってもいい人だよね?」


 イブはキラッキラの笑顔だ。昨日、ヨルとは話し込んでいないはずなのだが、何でこんなにヨルの評価が上がってるんだ?と疑問を抱く。


「……昨日、ヨルと話したのか?」


「えっ? あっ、えぇーーと……、頼りになるって街の人達が話してたから……?」


「……イブ? 何か聞いたのか?」


 イブは明らかに挙動不審で、ただそれだけの事だとは思えず、俺はイブに問い詰める。綺麗な瞳を泳がせながら、言い淀んでいるイブは可愛いが、俺の知らない所で色々と話しが進んでいるのが気に食わない。


「イブ??」


「……アダムには内緒に!って言われてたんだけど、この街の人達はみんなアダムの事好きなんだよ? 3年前にこの街を救ったでしょ? ヨルさんがアダムを守るために色々してたって聞いて……アダムを守ってくれて、いい人だな……って……」


「……何で内緒なんだ? 素直に好きって言ってくれたらいいのに……」


「みんな照れ屋さんばっかなんだよ。本当にいい人ばかりで、本当に楽しかった! あんな宴会、初めてだったよ!」


 イブは楽しそうに頬を緩ませている。まぁ色々と面倒な街に変わりはないが、イブが気に入ってくれたようで悪い気はしない。俺は「ふっ」と笑い、昨日の馬鹿騒ぎを思い出していると、イブは小さく笑ってから口を開いた。


「……『アレ』はアダムだったんだね?」


「『アレ』??」


「魔人の消失だよ? 王都では私の『予言』が外れたって大騒ぎだったんだけど、アダムのおかげで、犠牲になる命が無くなったって事だよね?? みんなが無事なら『予言』なんて外れた方がいいよ!」


 イブはなぜか誇らしそうに満足気な笑みを浮かべながら呟いた。きっと権力なんか必要なくて、イブにとってはみんなの命が救われればなんでもいいって事なんだろうが、どこか腑に落ちない。


「『予言』が外れた……?」


「ん? ……うん」


「……『神』が間違えたのか……?」


「あれ? ……そうだよ、ね……?……あっ。今思えば……神様、ちょっと面白がってたかも……。『ふふっ。南東の魔族の祠……封印が…解けちゃうよ?』って……」


 イブは苦い顔をして淡褐色の瞳で俺を見つめる。あの乳だけ女神め……。俺には『スキルをバラすな!』って言ってたくせに、俺のスキルをバラそうとして、面白がってたって事か……。


 そこで、なぜヨルや街の人間達にバレていたのかを察し、苦笑してしまう。おそらく、イブの『予言』にて封印の祠に向かい、魔族が消失していることが明るみになったのだろうと推察した。


「それより、『予言』が外れてイブは大丈夫だったのか?」


「ん? 戦闘した形跡があったから、誰かがやっつけたんだろうって事になったから大丈夫! それより、かなり強い魔人だったみたいだけど、アダムは大丈夫だったの……?」


 確かに、俺に勝てないと悟って、半狂乱になった魔人が魔力球をそこら中に放っていた。イブに迷惑をかけていない事をホッとしながら、(あの乳だけ女神め……)と神に悪態を吐いた。


「大丈夫。当然、無傷だったぞ?」


 と俺が言うと、イブは徐々に顔を染める。とろんとしたイブの瞳とまだ濡れている髪がやけに色っぽくて、普通に照れてしまう。


「イ、イブ??」


「え? あっ。ごめん! アダムは…か、かっこいいよね?」


「え? あ、あぁ。まあな」


 しどろもどろな俺をイブは楽しそうに、頬を染めて笑った。なんだかしてやられた感があるが、こんな美女に「かっこいい」と言われて喜ばない男はいないだろう。


 やられっぱなしは俺の辞書にはない。何かとっかかりを見つけようと、何気ない会話を切り出す。


「朝食はどうする?」


「うぅーん……みんなでわいわい食べるのも楽しかったけど、朝は昨日みたいに……2人で……ゆっくり食べたい……かな?」


(……み、見事なカウンターだ……)


「お、仰せのままに、巫女様」


「か、からかわないでよ!!」


 少し寂しそうにシュンとしたイブの姿にいい事を思いつく。


「イブ、おいで?」


 俺が言うと、イブは顔を真っ赤にして、こちらに歩いてくる。俺はイブの髪を撫で、少し濡れていた髪を乾かしてやった。


 イブは俺が頭に触れると緊張したように固まったが、乾いた髪に目を見開く。


「ちゃんと乾かさないと、風邪ひくぞ?」


「……ア、アダムが待ってると思って……」


(まさかの『反射スキル』か……? イブはカウンター使いなのかもしれない……)


 もうこのままベッドに押し倒してやりたい衝動に駆られる。イブの顔の熱が俺の顔にまで伝染してしまう予感に、慌てて朝食を「創造」し、2人でゆっくりと朝食を食べた。


 昨日のように無言ではなく、「どちらの道からアクアに向かうか?」をヨルの作ってくれた地図を片手に、楽しい雰囲気で笑い合いながらの朝食も悪くないと思った。

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