第13話 アルムの夜
俺の来訪にざわつく屋台通りから裏路地に入り、辺りに人がいなくなったことを確認し、イブに声をかける。
「イブ、大丈夫か?」
「うん……。アダム、手……」
イブは頬を染め、下に視線を移している。つられて下に視線を移すと、繋いだままになっている手が目に入る。
「あぁ。ごめん」
「……いや、全然いいけど。何で逃げたの?」
「前この街に来た時、ちょっとな……」
「大丈夫?」
「うん。それよりこれ! 騙されたと思って食ってみ? 味は保証する」
「うっ、うん」
俺はそう言って見た目がまだマシな普通なタレのサーペントの串焼きを手渡す。
「良い匂いだし、これなら食べれそう!!」
「どうぞ?」
「い、頂きます!」
「俺もいただきます」
俺は残っている塩のほうを齧る。一口齧ると、引き締まった身の中の肉汁が溢れる。カリッと焦がした塩の風味と少し淡白なサーペントの味が絶妙にマッチしている。(久しぶりに食ったけど、やっぱ美味いな)と思いながらイブを見る。
イブはおそらく、串焼きなど食べたことがないのだろう。ぎこちなく齧った口元にはタレが少し付いている。
「アダム! なにこれ! 美味しい!!」
苦い顔から咀嚼する度に晴れやかな表情になって行くイブは口元のタレなど気にしていないようで、本当に美味しそうにサーペントを食べている。
俺は自分で持っているサーペントの皮の模様がはっきりとわかる塩串焼きを見て、悪い笑みを浮かべる。
「なぁ、イブ。塩も食ってみるか?」
「うん! ……ん? やっぱりこっちのタレで大丈夫!」
「塩の風味が肉の味を底上げしてるんだけどなぁ〜? タレだけでいいなら、俺が全部食べよ〜!」
「あっ、いや、待って! やっぱり食べる!」
「ふふっ。見た目が無理なら、目をつぶって食べてみな?」
「……も、もう! わかってるなら、初めからそう言ってよ!!」
イブは顔を染めてグッと目をつぶって塩串焼きを食べる。
「うぅーーん。魔物美味しいねー……」
よほど感動したのか瞳を潤ませながら串焼きを頬張るイブの嬉しそうな顔に満足していると、「絶対感知」に反応がでる。
(バカか!? 何人で探してんだ?)
メインストリートから複数の裏路地にローラー作戦を決行しているようだ。人が多すぎて、やっぱりバカばっかりの街だ!と悪態を吐く。
イブが食べ終わったのを確認し、口元のタレを手で拭い、逃げようとしたが、ぽーっとしているイブの顔に釘付けになってしまう。
「アダムだ!! いたぞーーー!!!!」
しばらく固まってしまっていると、後ろから叫び声が聞こえ、(これはヤバいな……)と焦る。確かこの街での俺のスキルは「錬金」になっているはずだ。瞬間移動や飛行などは使えない。
スキルの複数所持は滅多にいないため、とにかく目立つ。俺が『森羅万象』を持っている事を周囲の人間に悟られないために、普段は街中でスキルを使わないのだが、この街では「やらかして」しまっているのだから仕方がない。
「イブ、捕まったら面倒だけど、大丈夫か?」
「……? アダムも一緒なら平気」
妖艶に微笑みながらのイブの発言に悶絶しながら、諦める。
「アダム! 捕まえたぞー!? 今夜『も』寝かせないからなぁーー!!」
冒険者風の男は嬉しそうに俺の肩を掴む。俺は深いため息を吐きながらお縄についた。
連れられて来たのは冒険者ギルド兼、酒場。以前この街を訪れた時に初めて酒を飲み、酔っ払ってしまった俺は冒険者全員の食事や飲み代を支払ってやっていたのだ。
それだけならまだいいが、壊れた防具や武器を全員分、造り直してやったり、屋台の破損したところなども直して回ったりと、この街でスキルを乱用してしまっていたのだ。
酒は飲んでも呑まれるな!これは本当にいい言葉だ。勇者パーティー参加にあたって、装備を揃えるために貰ったお金はここで全部使ってしまっていたし、スキルの乱用はしないと決めていたはずなのに、早速使ってしまった苦い記憶があるのが、このアルムだ。
まぁ俺に装備は必要ないし、初めての酒で思考がぶっ飛んでいたのだから仕方ないだろ? 翌日、感謝されまくる俺に、エドワード達は怪訝な表情をしていて、必死に誤魔化したのを今でも覚えている。
「イブ。俺から離れるなよ?」
「うん」
イブは俺のコートの裾を少し握って付いてくる。また俺のせいでイブを巻き込んでしまった……。
「待ってたぜ、アダム!! みんなーー!! 今日は宴だーーー!! 任せろ! 俺の奢りだーー!!」
アルムのギルドマスター「ヨル」の言葉に冒険者達から歓声が上がる。キョロキョロとするイブの顔を隠すための布をこっそりと「創造」し手渡す。
「これ付けときな?」
「わ、わかった……」
たくさんの人達の熱気に緊張しているイブはとても可愛い。とっとと済ませて、宿屋に向かおうと決意する。
「アダム。お前に直して貰った剣、あれから一つも刃こぼれしない! ありがとな!!」だとか、「この盾見てみろよ? 破損の一つもないぜ?」などと、前に訪れた時に直してやった、というより造ってやった奴らがひっきりなしに俺の所に来ては感謝を述べる。
それもそのはず、「錬金」したわけではなく、ゼロから「創造」してやったのだ。どれもが武具屋で買おうとすれば金貨数千枚はくだらないものばかりである。この辺りの魔物では傷一つ、つけられるはずはないのだ。
噂を聞きつけた、屋台組もギルドに押し寄せ、盛大なお祭りになってしまった。イブに「ごめんな?」と謝ると、「ううん。楽しい!!」と喜んでくれていたのが、不幸中の幸いだ。
「どころで、アダム。『金ピカ鎧』達はどうした? そこの顔を隠した嬢ちゃんは?」
ギルドマスターのヨルが話しかけて来た。「金ピカ鎧」とはエドワードの事だ。訪れたのは3年前で、エドワード達はその辺の冒険者達よりも弱かった。「装備だけのへっぽこ勇者」と言うのが、ここの冒険者達の見解なのだ。
流石に今ではエドワード達の方が強いと思うが、呼び名は3年前の名残りであるのだろう。
「あぁ。ちょっとゴタゴタして、今は一緒にいないんだ」
「あれ? この間、魔王の四天王を討伐したんだろ?」
「あぁ」
「金ピカ鎧も強くなったもんだなー!! アダムが居なくても平気なのか?」
「まぁある程度は強くなったし、大丈夫なんじゃないか? 知らんけど……」
「ガハハハッ!! アダムを手放すなんて、バカな野郎だ! で、その嬢ちゃんは?」
ヨルはイブを覗き込もうとする。ギルドマスターという肩書きを持っているので、イブの顔を知っている可能性は充分ある。
(流石にここでバレたら面倒だ……)
「ヨル。それより変わりないか? この街は」
「ん? あぁ。相変わらず、バカばっかりだ! この街を巣立って行くやつもいるが、変わらず酒ばっかり飲んで楽しくやってるよ!!」
「そうか……。とりあえずアクアに向かおうと思ってる。何かあれば一報くれ。今日の飯代に一度くらい顔を立ててやってもいいぞ?」
「ガハハハ! 相変わらず生意気なヤロウだな。 アクアか……。良いところだ! 俺も一度行ったことあるんだが、街中に水路があってな。かなり綺麗なとこだったぞ!」
「あぁ、噂ではよく聞いているから実際に行ってみようと思ってな」
「『お守り』が終わったからか?」
「ふっ、どうだろうな……」
「ガハハハハハ!!」
と笑いながら他の場所に行く背を見送った。相変わらず、豪快に笑うヤツだ。ヨルはおそらく俺のスキルが「錬金」だとは思っていない。バカそうに見えてなかなか頭が切れる曲者だ。
初めて会った時もエドワードではなく、1番に俺の名前を聞いて来たし、「おめぇ、本当はめちゃくちゃ強ぇだろ?」と探りを入れて来たのは後にも先にもコイツ1人だ。まぁまとめると俺はコイツを嫌いじゃない。
「アダム〜……」
イブが俺の肩にちょこんと頭を乗せてくる。何やら他の冒険者や屋台組連中と話をしていたようだが、明らかに様子がおかしい。
「イブ、どうした?」
「……アダムは好きな人とかいるの?」
隠された顔の中から潤んだ瞳で俺を見上げ、イブは少し拗ねているように俺に問いかける。絶対に何かがおかしい。
「なっ! いや、え?」
「居るんだーー!! ……聖女様? 胸も大きかったし、綺麗だもんね!!」
「はっ? アリステラ? ありえないだろ。イブ、大丈夫か?」
「あっ。魔導士様だー!! ちっちゃくて可愛らしいもんね! 青い髪も綺麗だし……」
「ハンナの事か? イ、イブ?」
「…………やだ」
「……え?」
イブの言葉に目眩がする。感情の起伏が激しく、明らかに正気だとは思えない……。適度に酒の入った頭の中で「やだ」がぐるぐると回っている。
(何が『嫌』なんだ!!??)
と心の中で絶叫しながらイブを見ると、俺にもたれて眠ってしまっているようだった。悶々としたものが俺の中で渦巻いては行き場をなくし、蓄積されていく。
「なぁ、何があったんだ?」
俺はイブと話していた屋台組の女性に声をかける。
「あぁ。その子、アダムの連れなんだってね? みんなでアダムの事話してただけよ?」
「な、なに話してたんだ?」
「あらぁー。気になるの? アダム『様』もまだまだお子ちゃまねぇ〜」
「う、うるさい! で? なんだって?」
「どうしたんだよ? アダム!」
また冒険者のバカに絡まれる。
「それが、女の子1人口説けないんですって!」
屋台の女性が答える。
「お、おい……」
「おーーい! みんなーー!! 天下のアダム様は意中の女1人口説けない、腰抜けなんだってよーー!!」
バカは大声で叫び、ギルドは下品な笑い声に包まれる。
「おい、お前。その剣貸してみろ」
「また『錬金』してくれんのか?」
「バカか? 元の粗悪品に戻してやるんだよ」
「もーーしわけありません!! アダム様!!!!」
すぐさま土下座するバカを周囲のアホ共がまた笑う。バカバカしいが、俺も一緒に笑っているバカの1人だ。
イブが起きてしまうかもしれないと思ったが、かなり深く眠っているようだ。イブの席をチラリと見ると、酒瓶がいくつか転がっていた。
(どうせ、明日には覚えてないんだろうな……)
と思いながら、何が「いや」だったんだろう?と考えたが、支離滅裂な会話だった事を思い返して、深い意味はないと判断する。
イブを抱き上げると、想像していた以上に軽く、(ちゃんとご飯食べてるのか?)と驚きながらも、こうして誰かを抱き上げた経験がなく、恥ずかしくなってくる。
全体的に華奢だが、どこに触れても柔らかく、程よい酒の力も相まって、もうこのままどうにかなってしまいそうになりながらも、なけなしの理性を総動員させ煩悩と戦わせた。
ヨルに断り、寝室にイブを寝かして、万が一バカ共がこの部屋に入る事のないように結界を張る。先程渡した布を外し、すやすやと眠るイブの頭を撫でる。
今日、一日で距離は目の眩む速度で近くなった。何だか俺とイブ、2人で居るのが当たり前なような……。俺自身経験した事のない感情のオンパレードに少し疲れた。
「おやすみ、イブ」
そう呟いて頬を撫でる。くすぐったそうに一度顔を顰めてから、すぐに微笑むイブ。俺は「ふふっ」と笑いながら、(冷静に考えたら、何してんだ? 俺!)とイブから離れる。
「アダムはどこ行ったーーー!!!!??」
「あれ? さっきまでそこに!」
「また逃げたのか!!!?」
下品な笑い声が響いている酒場から俺を呼ぶ声に苦笑し、(ここまで追ってこられたら面倒だ。結界を張っていても、ドアからイブの寝顔を見られるかもしれない!)と思い、仕方なく酒場へと足を運んだ。
(あの寝顔は俺だけの特権だ。これから先も……)
そんな事を心の中で呟きながら、程よいアルコールに酔いしれ、俺たちの1日目は終わりを告げた。
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