第12話 中央都市「アルム」

 


 俺は荒野の夕焼けに感動するイブに感動しながら、(これは間に合わない……)と苦い顔をした。街道から向かっていたとすれば、そろそろアルムの街を囲む外壁が見えて来ても良い頃なのだが、アルムの姿は見えない。


 うっとりと夕焼けを見ているイブに声をかける。


「イブ、一回、街道に帰ろうか?」


「えっ? うん! ……アダム。凄い綺麗だよ?」


「………あぁ」


「私、知ってるようで全然知らなかったんだなー。この世界のこと。この国のこと。王都から出る時は、いつも『どこか』の心配ばかりしてたから、こんなにゆっくり景色を楽しめて、幸せ……」


「そうか……。でも、俺だってイブに救われた1人だ。その『どこか』の心配のおかげで、この国の民がどれだけ救われているかもちゃんと忘れるなよ?」


「うん! 別に後悔はしてないから大丈夫! 今はこうしてアダムと居られるからいいの!」


「……えっ?」


「……あっ、いや、ゆっくり旅できてって事!! 別に変な意味じゃないよ!!」


「……そうか。もう日も落ちそうだし、少し馬を走らせるぞ?」


「うん。わかった!」


 街道に向かいながら、先程のイブの言葉を咀嚼する。俺はスキルを手にして3年間を無駄にして、ブーブー文句を言っているのに対して、生まれながらに「神代スキル」を持つイブは、18年間、身を粉にしてこの国中、いや、世界中を救って来たのだ。


 青春がどうの、こうの、言っている自分が情けない。イブの「孤独」を思えば、「もう周りなんか気にせず、自分のために生きろ」と言いたくなってしまう。


 だけど、きっとイブはこれからも助けてしまうのだろう。この旅がイブにとって息抜きになっているなら、俺はそれを助けてやりたい。イブに救われた1人として少しでも恩を返してやりたい。


 イブがアクアに何の用事、というか、この旅の目的は全くわからないが、俺にできる事があればできる限りの事をしてあげようと強く思った。


(俺が『誰か』のために動くか……)


 なまじ、自分で何でもできてしまう俺にとって、その気持ちは希薄だが、「イブのため」なら、それも悪くない。



 街道に戻ると先を急ぐ商人の馬車や、荒野に魔物を狩りに行っていたであろう、ボロボロの冒険者の姿が目に入った。やはり人目を引くイブに少しだけ苛立ちながらも、人の群れに逆らわないようにアルムを目指す。


 日が荒野に消える頃やっとアルムの姿を視界に捉えた。


「アダム! あれがアルムなの?」


「ああ。何とか間に合ってよかったな」


 最悪、荒野で一晩明かす可能性も考えていたが、間に合ったようで安堵する。知れば知るほど、イブに対する気持ちは募っていくだけに、2人きりの夜など過ごせるものではない。おそらく、1発で嫌われるような事をしてしまうだろう。


「アダ、ム……、ア、アルムはどんなご飯が美味しいの?」


 なぜか真っ赤になっているイブに「ん?」と首を傾げながら、その質問に答える。


「確か、荒野のサーペントの肉が有名だな」


「サーペント?」


「大きい蛇の魔物だよ」


「……魔物を食べるの?」


 イブは少し怯えた表情になる。確かに王都に魔物を食べる習慣はない。「予言の巫女様」は魔物など食べたことがないのだろうが、都市によっては魔物は食材として利用している所が多い。


「もしかして初めてなのか?」


 初めてなのは見てわかるが、さらにいじめたくなってしまい、少しバカにした感じで話しかけた。


「……い、いや、は、初めてじゃないよ?」


「ふっ……じゃあ何食べたんだ?」


「え、えっとー……うー…し。そう! 牛の魔物!」


「ふぅ〜ん……ミノタウロスかな……?」


「そう! ミノタウロス!」


「イ、イブ。嘘だな……。ミ、ミノタウロスを食ったヤツなんか聞いたことないぞ?」 


「えっ……!? アダムの意地悪ー!!」


 後半は笑いを我慢できず、プルプルと震えてしまった。イブは少し拗ねたように口を尖らせる。今日、一日色んな話をして、なかなか距離が縮まったように感じる。


 実際にサーペントを食べるイブも見ものだなと期待に胸を膨らませながら、アルムの門に到着する。門番が一人一人、身分確認をしているようだ。


 これはなかなかまずい。「予言の巫女」が来ている何てことになったら街中パニックになり、食事どころではなくなるだろう。俺は偽装冒険者カードが身分証になるから全く問題はないが……。


「イブ。身分証、あるか?」


 周りに聞こえないようにイブの耳元で確かめると、甘い香りが鼻腔を擽る。俺の脳内は違う方向に舵を切ろうとするが、現状の問題を反芻し、何とか収める。


「な、ない……。いつもは馬車から降りないから……」


「……そうか」


 真っ赤になるイブに悶絶しながら、思案する。最悪俺の身バレを覚悟すればイブ一人をアルムに入れる事はわけないが、それは避けたい。


 厄介な事になるのが目に見えている。俺はこの街で一回「やらかして」しまっている。


 俺がアルムにいる事が伝われば、イブとゆっくり食事することなど到底できない。かと言ってイブがこの街にいる事がわかれば、タダでは済まない……。イブの分の偽装カードを作るか?いや、ゆっくりカードの内容を確認している時間はない……。


 どうすべきか考えるが、答えは見つからず、考えるのが億劫になってくる。俺が生まれながらに持っているスキルを使うしかないようだ……。


「フードをとって、身分証を出して下さい」


 門番の声と同時に俺が生まれながらに持つスキル「開き直り」を発動する。俺は思考を放棄して、なるようになると行き当たりばったりに行動する事が多々ある。


「アダム・エバーソンだ。彼女は俺の連れだ。お忍びだから内密にな?」


 俺はそう言いながらフードからこっそりと「赤髪」を曝け出す。「えっ? ああ……」と固まってしまった門番に苦笑する。この世界でもなかなか珍しい「赤髪」は勇者パーティーに入れられたことで国中に知れ渡っている。俺自身の身分証にぴったりだ。


 面倒な事になったとしても、その時考えればいい。それに腹も減っている。俺に注目が集まれば、まさか「予言の巫女」がこの街にいるとは誰も思わないだろう。


「入っていいか?」


「ア、アダム様! どうぞ!」


「ありがとう。イブ、行くよ?」


 イブはコクンッと頷きトコトコと俺の後ろにやって来る。馬小屋に馬を繋ぎ、相変わらず、汗臭い気がする街の空気を吸った。実際に汗臭いわけではないのだが、俺にとってこの街がそんなイメージなだけだ。


「アダム。大丈夫?」


「大丈夫! まぁ何かあってもちゃんと守ってやるから」


「……あ、ありがとう……」


「んじゃ、蛇の魔物を食べに行こうか?」


「ゔっ、うん」


 アルムの街は夜でも活気づいている。むしろ、夜の方が活気づいている。酒好きの冒険者はこぞって、この街を拠点にする事が多い。飲食店が多く、屋台なども無数に建ち並んでいるため、酒に困る事がないのが、この街の特徴の一つだ。


 夜になると呼び込みの声が止まず、昼よりも夜のほうが騒がしい街だ。「あれ以来」足を踏み入れていないが、まぁなんとかなるだろう。


「わぁーー! 夜なのに明るいね!」


「夜通し酒を飲み明かすヤツらばっかりだからな」


「凄い! 食べ物のいい匂いがするね?」


「店に入ろうと思ってたけど、屋台を回る方がいいか?」


「うぅーん……そうだね。外で食べる方が楽しそう!」


「んじゃ、あそこから行こうか?」


 終始、ニコニコしているイブにサーペントの串焼きをしている店を指さした。きっと俺の顔は悪い顔をしているだろう。イブの反応が楽しみだ。イブはまだ気づいていないようで「何かなぁ〜?」と無邪気にはしゃいでいる。



「いらっしゃい! どれにする?」


 屋台のおばちゃんは愛想の良い顔で俺たちを迎える。そのおばちゃんの後ろには、荒野のサーペントの大きな頭が置かれていて、(これはちょうどいい!)とイブの反応に期待をした。


「イブ、どれにする?」


 と言いながら視線を向けると、目を点にして唇を噛み締めるイブの姿が目に入った。堪えきれず笑い出した俺をイブは潤んだ淡褐色の瞳で睨んでくる。


「おばちゃん、塩とタレを一つずつ!」


「はいよ〜!」


 おばちゃんは元気に返事をして、用意してくれる。お金を渡し、串焼きを受け取ったときにおばちゃんは目を見開く。


(ヤバい!)


 と思った時にはもう遅い。


「アダムが来たよーーー!!!!」


 まだ一軒目だと言うのに早々に俺がいるとバレてしまった。


「イブ、逃げるぞ! おいで!」


「えっ!? う、うん……」


 俺はイブの手を取りアルムの街を走る。捕まれば厄介な事になる事、間違いなし! 絶対に捕まってやらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る